天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

八月の金星(前)

リアクション公開中!

八月の金星(前)

リアクション


【二 その男は、来なかった】
 ブリーフィングルームでの説明が終わった後で、捜索協力要員たるコントラクター達には僅かばかりの休息が与えられた。
 大型飛空船での洋上移動は思いのほか、疲労が溜まっている。
 更に加えて、これからもっと肉体と精神をこき使わねばならないのだ。今のうちに体を休めておかなければ、いざという時に能力をフルに発揮出来なくなるだろう。
「いやー、でもかっけぇ〜なぁ〜。これが海軍の巡洋艦ってやつか〜」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、楽しそうにデッキのそこかしこを走り回っている。
 子供のようにはしゃぐクマラを、エースは苦笑交じりに眺めていたが、その傍らで、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がブリーフィングルームで配布された海図と潮流データを見比べながら、珍しく真剣な面持ちで何度も小さく唸っている。
「やっぱり、素人目には難しいかな?」
「そうだね……訓練を受けた航海士や水兵でも、この程度の手がかりでバッキンガムの居場所を推測するのは不可能だといっていたぐらいだからね。私の頭脳で調べられるものなら……と思っていたけど、流石にこれは、お手上げかな」
 メシエの幾分困った様子を受けて、エースも流石に不安げな色を隠せなかった。
 別段、これはエースやメシエだけの問題という訳でもない。
 今回の捜索に協力しているコントラクターの大半は、海上・海中捜索の素人ばかりなのである。幾ら頭脳に優れたコントラクターといえども、専門知識も経験も無しに、海の男達(或いは女達)と互角に張り合おうというのが、土台無理な話であった。
 寧ろ、ブロワーズ提督の言葉の端々から察せられるに、コントラクター達に寄せられている期待は、もっと別のところにあるようだった。
「捜索そのものに関しては、僕達は全くあてにされていない、というところだろうね」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)のこのひと言が、全てであった。
 唯一例外が居るとすれば、元々海軍士官であるローザマリアぐらいであろう。
 彼女は早々にブロワーズ提督の傍らに立ち位置を許されており、今後の捜索活動の一切に於いて、ブロワーズ提督の手となり足となる役割を担っているようであった。
 翻って、他のコントラクター達はどうかというと、捜索活動そのものに対しては、これといった指示も出ていない。
 いうなれば、海軍の捜索のプロ達の邪魔さえしなければ、何をしていても良いというような風潮だった。
「ところで、さっきブリーフィングルームでエースが提案したD何とかというのは、手配が進められそうな雰囲気だったかな」
 メシエが訊くと、エースは別の意味での苦笑を漏らして小さく頷いた。
「DSRV(ディープ・サブマリン・レスキュー・ビークル)だね。日本語でいえば、深海救助艇というものだそうだけど、どうやら別の港から、このDSRVを搭載した専門の災害救難艦が出航される運びになりそうだったよ」
 エースがいうDSRVの歴史は、意外と古い。
 このパラミタに於いても、シャンバラ教導団が地球で蓄積されたノウハウを早速とり入れ、早い段階で建造していたのだという。
「まぁ、最悪の事態だけは避けたいところだけど、こればっかりは行ってみないと分からないからね」
「他力本願は好きじゃないですけど……祈るしかないですね」
 エオリアは神妙な面持ちで、エースの言葉に頷くしかない。
 と、そこへクマラが相変わらずの笑顔でひょいっと顔を突っ込んできた。
「何暗い顔してんだ〜? 折角巡洋艦に乗ってんだから、探検行こうよ、探検」
 ただひとり、緊張する訳でもなく、悲観する訳でもなく、純粋に船旅を楽しんでいるクマラに対し、三人は揃って苦笑するしかなかった。


     * * *


 前日のこと。
 ケーランスに程近い、内陸の小さな街。

 その一角に小洒落た喫茶店があるのだが、その店内で、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を魔鎧として纏っている中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)魔王 ベリアル(まおう・べりある)は、何ともいえぬ表情で手持無沙汰そうに暇を持て余していた。
 彼女達は、パラミタでも有数のテロリスト若崎 源次郎(わかざき げんじろう)と接触を取ろうとしていたのだが、ここ数週間程、源次郎は全くといって良い程、完璧に行方をくらましてしまっており、綾瀬でさえも、その動向を知る術が皆無という状況が続いていた。
 綾瀬は、バッキンガムが行方不明となっている今回の事件に、源次郎が絡んでいると読んでいたのだが、肝心の源次郎がまるで姿を見せない為、確認のしようがなかった。
「困ったなー。源ちゃんには、准将の件でも聞きたいことがあったのになー」
「一応、携帯の留守電にメッセージは残しておきましたけど……果たして、来て下さるでしょうか」
 流石の綾瀬も、自信が無かった。
 源次郎という男は、気さくなように見えて案外、冷徹なところがある。
 その冷徹さが、綾瀬達にも向けられる可能性があることは、綾瀬自身、よく分かっているつもりではあったものの、実際こうして放置されてしまうと、少しばかり寂しいものでもあった。
(源次郎様……今、どちらにおいでなのですか?)
 あれ程の技量を持つテロリストである。
 一度地下に潜伏してしまうと、生半な方法では探し出せないかも知れなかった。