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あわいに住まうもの

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あわいに住まうもの

リアクション

 プロローグ

 空に穿たれた穴。紫色の雲は光を遮り、周囲を薄暗闇に落とす。雲そのものが淡く輝き、夢の世界に落とされたような樹海の一角、巨大な陣を描かれた村に契約者達は立っていた。
「でも、どうやってあの中に……?」
 集まった彼らの元、エイラ・スールがぽつりとつぶやく。アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が頷いて答えた。
「あれはいわば出口。あちらからこちらに出てくるための穴じゃ。あそこから突入することもできるが、無駄に手間を食うことになる。全員が飛べる高さでもないしの。ならばこちらから入口を空けてやればよいのじゃ――それを使ってな」
 アーデルハイトがエイラの持つ双刀を見やる。皆の視線がそこに集中した。リィ・スールがそれを心配げに見、エイラが少し笑って、二本の刀を抜き放った。冷たい輝きを宿していたはずの刃金は、雲と同じように発光し、きちきちと奇妙な鍔鳴りを繰り返していた。
「良く見、その刀を門へ向けて振るうがよい。あれと対を為すものを作り出すつもりで、じゃ。あちらから見ればこちらは書割の世界。裏側から引っ掻いてやれば容易く破ける、仮初めの平穏じゃ。その刀は裏と表を分かつ刃。故に、裏と表を分かつ境界を切り裂くことが出来るじゃ」
「書割の世界……」
 エイラが呟く。胸の結晶が淡い緑の輝きを放つと、かた、と音を立てて呪具の震えが止まる。ふっと瞳から輝きが失われ、エイラが跳躍する。ちょう、とばかりに奔る剣閃が空を裂き、切れ目に合わせてべらり、と何かが剥がれた。村に描かれた陣が輝きを増し、剥がれ落ちた空と共鳴する。
「入口、じゃ。入る以外に使うことは出来ん。ここから先はお主らのみで往くがよい。帰り道は預かったのじゃ」
 アーデルハイトが一歩引く。輝く陣の中でめいめいがアーデルハイトや、見送りに出ていた村の者らを見る。しかし、やがて全員が空に開いた入口を見た。その瞬間を見計らったかのように、契約者達は輝く粒子になって溶け、入口に吸い込まれていった。
 切り裂かれたのが冗談だったかのように入口は閉じる。依然として雲を吐き出し続ける出口はそのままに、アーデルハイトと村の者がその場に残された。
「……よろしかったのですか? アーデルハイト様。こちらもまた、戦場になるという事を伝えずにおいて」
「良いのじゃ。何が出てこようと、こちらは支え切れる。あの出口の大きさでは、まだ、それほど力あるものは出てこれぬのじゃ。その程度の相手なら、問題あるまい?」
「いや、そう言われてしまえば、是非もありませんな」
 アーデルハイトの後ろに控えていた老爺が笑う。樫の木の杖を持ったその老人は、背後に壮年の戦士や、若年の弓使いを多数控えさせていた。皆、契約者達が向かうのを待って、己の武器を取り出していた。
「私達に出来ることは、出口を守り切ること、そして、あ奴らを後顧の憂いなく送り出すことじゃ。先ずは寄生種の獣ども、次いで石が降ってこよう。石が降れば、それによって浸食を受けた変異種が大地にて生まれる。覚悟は良いな?」
「勿論にございます。それが、我らの役目なれば」
 奇妙な咆哮が空から響き渡る。ずるり、と空に穿たれた穴から竜の首が生えてくる。以前相手にした折は泥の竜。しかし、薄紫に輝く核を備えたそれは、確かな血肉を備えた幻想種だった。
「……あれが雑魚、でございますか」
「怖気づいたか? 体が大きく、硬く、力が強い。それだけじゃ。能力を持たぬ木偶程度、あ奴らが相手にするまでもないわ。門の内側には、人の形を保った、奴らがいるのじゃ。出てくる前に勝負が決まることを祈るのじゃな」
 にやり、とアーデルハイトが笑う。そしてすう、と息を吸った。
「鬨の声を上げるのじゃ!」
 おお、と空から降ってくる咆哮を押し返すように、大地から人間の叫びが放たれる。竜の全身が解き放たれたのは、それと同時だった。