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【2章】僕らの青空教室


「ダルーアン、ダモルト」
 そう夏 華苺(しゃ・ふぁーめい)が口ずさむ歌を聞きながら、芦原 郁乃(あはら・いくの)サーラ・ヴォルテール(さーら・ゔぉるてーる)は森への道を歩んでいた。
 少し引っ込み思案な所がある華苺も、自分と同じ花妖精たちが暮らす集落を訪ねるのが楽しみであるらしい。自然と踊るような足取りになっている華苺を見て、郁乃とサーラの顔からは思わず笑みがこぼれてしまう。郁乃が歌の内容について尋ねると、華苺は「月曜日、火曜日」というフレーズを繰り返しているのだと答えた。
「ところでサーラ、どうして付いて来たの?」
「どうしてって、決まってるでしょ。華苺が心配だからよ」
 沈着冷静、いつでも真面目なサーラが華苺のこととなるとどうにも放っておけないらしい。そんな様子が郁乃には少し可笑しかった。
 三人が到着した時、集落の入口付近には一台のトラックが停められていた。そのすぐ傍では葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が、木材片手に建築作業を進めている最中だった。
「これで仮の資材置き場、完成であります」
「じゃあ早速トラックから資材を運び込むわよ」
 他の皆の作業が進めやすいようにと資材置き場を建てた二人は、吹雪が乗って来たトラックの荷台から建築資材や道具類を運び出す仕事に移った。
「全部運んだら、次はこれを使って倉庫を作るであります」
 そう言いながら丸太を運ぶ吹雪に気付いて、郁乃は声をかける。
「あ、ちょっとちょっと。私も穀物庫とかあれば良いかなって思ってた所だから、倉庫作りなら手伝うよ」
「そう? じゃあこれ運んでくれる?」
「まっかせて!」
 そう言うと、郁乃はコルセアから受け取った木板を何枚かまとめて脇に抱え、資材置き場に運んで行った。
 その背中を見ながらサーラは軽く溜息を吐く。華苺の力になりたいと思って集落まで付いてきたは良いものの、ヴォルテールの自分が森で出来ることなんて力仕事位だ。大人しく郁乃の手伝いをしよう、と思ったサーラだったが、くいくいと袖が引かれるのに気づく。振り向くと、自分を見上げている華苺の瞳と目が合った。
「え? 郁乃さんに他の妖精と交流してきてって言われたから、一緒にきて欲しいって……しょうがないわねぇ」
 思わず満面の笑みで応えてしまいそうになったが、ぐっと堪える。そんなサーラに対して華苺は、
「本当に、いつもいつも私を助けてくれて、サーラさんありがとう」
と無垢な笑顔を向けた。それはもう、庇護欲をかき立てられる眩しい笑顔であった。


「紙の量、これだけで足りると良いんじゃが」
ハーヴィは言いながら、腕に抱えた樹皮紙の束をテーブルに置いた。茶会用として屋外に設置されたその机の場所からは、今まさに校舎の建設が進められているのが見える。
「へぇ、漉いて作った紙じゃないんだね」
天音が何気なく手にとったそれを陽にかざすと、薄く伸ばされた樹皮の紙は光を透過させて輝いた。
「集落にあるもので教科書を作りたい、とのことじゃったのでな。普通の紙が良ければそれも用意するが……お前さんたちが書いてくれるんじゃろう?」
「そのつもりだよ。生徒数もあまり多くないみたいだし、手書きで作ることになるね」
聞く所によると、集落に暮らす妖精たちの識字率はさほど高くないらしく、まずは簡単な読み書きの手習いから始める必要がありそうだった。族長ハーヴィの他、比較的年齢の高い妖精の中には難しい単語を解する者もいるが、それはほんの一部らしい。ただし大抵の場合文字を持たない民族が口頭での伝承を得意としているのと同様に、詩歌に秀でた者は多いという。
「とりあえず思いつく教科といえば、『語学』、『家庭科』、『保健体育』、それに『算数』とかかな。妖精たちは数字に強いの?」
「収穫の時に必要なもんで、数は数えられるぞ。難しい計算は苦手じゃがな」
 この集落内では貨幣が流通していない。そのため算数で扱う内容は、農業など生活に必要とされる分野に関連したものが中心となりそうだ。
「おや、教科書作りですか」
たまたま通りがかった鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が足を止めて、テーブルの傍にやって来る。
「校舎という入れ物だけがあっても、学校は成り立ちませんものね。じゃあ俺は、教科書では学べない技術を妖精さんたちに伝授することにしましょうか」
「おお、良いのう。何を教えてくれるんじゃ?」
「護身術を。俺を含めて、今回集まってる方とかがいつまでも集落に居るわけじゃないでしょうしね。やる気のある方に護身術を覚えて貰って、その方たちが他の妖精さんに身を護る術を教えられるようになったら、非常事態にも対処出来るんじゃないでしょうか。まあ、本当は自警団とかを組織した方が良いのかもしれませんが」
集落に名前を付けて外部の人間を招き入れるようになったら、必ずしも善人ばかりがやって来るとは限らない。その際、皆が一定以上の身を守る技術を持っていた方が大きな事件になりにくいのではないか、と貴仁は考えた。
「そういうことなら、私は保健体育の授業でも開こうかな」
貴仁たちの会話を聞いていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、そう言って天を仰ぐ。朝晩は冷え込む季節になってきたとはいえ、陽光の差し込むこの時間はまだ暖かい。
「青空教室になっちゃうけど、天気も良いしそれも気持ち良いと思うよ。少し性急でも、『学校』や『授業』っていうものを事前に知って貰うのも大切だよね」
いざ学校が出来てそこが遊び場になってしまったら、ね? と続けて、ローズは顔に苦い笑みを浮かべた。