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「あの、その歌なんですけど、私にも教えて下さいっ」
そう雛菊の妖精に言われて、華苺は目をぱちくりさせる。例のダルーアン、ダモルトを口ずさんでいた所、唐突に頭を下げられたのだから無理もない。
「え、えっと……」
「私、字が読めないけど、歌はいっぱい覚えたいんです」
助け舟を求めて振り向いた華苺に、サーラは「大丈夫」と頷きを返す。
「ダルーアン、ダモルト……」
 歌い始めた華苺に習って、雛菊の妖精も数度フレーズを繰り返す。すると二人の歌声を聞きつけた妖精たちが集い始めて、ちょっとした合唱会が始まった。
「華苺ちゃんも花妖精ですよね。私と違ってもう学校に通ってるって、すごいなぁ。でもでも、もうすぐ子ども園っていうのも出来るから、私もお勉強教えて貰えるんです!」
 歌い終わると、雛菊の妖精は華苺に向かってにっこりと笑いかける。
「完成したら、華苺ちゃんも一緒に登ってみませんか? ほら、あそこ!」
 オークの樹上を指差して、雛菊は言う。すると、枝の上で作業をしていたネージュが、こちらに気付いて手を振ってくれる。雛菊と共に、華苺も少しはにかみながら手を振り返した。
 その時、周囲の妖精たちがざわめき立つ。何でも、今から貴仁とローズの青空教室が開講されるらしい。皆一様に興味津津といった顔をしている。
 一緒に行こう、と花妖精たちに手を引かれて、華苺とサーラも授業を見学しに行くことになった。
「まぁ、怪我しないように頑張っていきましょう」
貴仁による護身術の授業は、相手の急所の場所や体の動かし方を重点的に教えるものだった。普段の温和な貴仁を知っている者には少し意外とも思えるスパルタ気味の演習で、雛菊たち年少の妖精は主にローズの講義へと流れた。
「では授業を始めますよー」
専門分野が医学なだけあって、ローズの授業は大変ためになるものだった。妖精たちに教えられたのは簡単な応急手当の方法だったが、戦闘能力を持たない者でも集団に貢献できるよう、皆真剣になって学んだ。
「はい、じゃあ今日の授業はここまで。……やっぱりチャイムの鐘作って貰おう。あれがないと学校って感じがしないし」
 ローズの授業終了の一言で、妖精たちの緊張した面持ちが一気にほどける。
「この後は、お待ちかねの給食だよ! シンの料理はほんとに美味しいから楽しみにしててね」
「給食だって!」
妖精たちが歓声を上げる。その弾けるような黄色い悲鳴を聞きながら、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は少し離れた場所で優雅にお茶を楽しんでいた。
授業を受けるために集っていた妖精たちが、少しずつバラけ出しては談笑を楽しんでいる。その間も、建築途中の校舎からは材木を切ったり打ったりする音が絶え間なく聞こえていて、契約者たちはそれぞれ自分の仕事に打ち込んでいるようだった。そんな様子を綾瀬は目隠し越しに「観」ながら、再び紅茶を口に含む。
「それに致しましても、契約者と言う存在は本当に便利な道具ですわね……道から外れた依頼でも無い限り、この様に協力する事を惜しんだりはしない。そうは思いません? ねぇ、ドレス」
 漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)――綾瀬にドレスと呼ばれたその魔鎧は、絹よりも滑らかな漆黒で彼女の身を包んでいた。ドレスは答えなかったが、かといって綾瀬の言葉を否定するつもりもない。
「むしろ、楽しんで居るくらいですものね……まぁ、中には予想の斜め上を突き進む方々も居りますが……本当に観ていて飽きませんわ。――あら、あなた方もいかがです?」
 紅茶の香り、それにその供として持参したクッキーが興味を引いたのだろう。近づいてきた妖精たちに、綾瀬はティーポットを差し出した。
「クッキーだ! 見たことない形のクッキーもあるー!」
「妖精さんたちも普段クッキーを召し上がるの?」
「お茶会の時はね! ジャムがいっぱい出来るから、ジャムを乗せたクッキーを焼いたりもするんだよ」
 その時、綾瀬と歓談している妖精たちの傍に不穏な影が現れた。
「お茶会、そして給食の時に重要なのはクッキーではない! それは……プリンだ!!」
魔王 ベリアル(まおう・べりある)はそう声高に宣言すると、何処からともなく極上プリンを取り出して掲げる。
「良いか! プリンの良さは、先ずこの『見た目』だ!! 卵色の土台に茶色のカラメルソースがトロリとかかり、何とも魅力的ではないか! そしてこの『ぷるんぷるん』とした柔らかさ! 何と言っても一番大事なのは『口に入れた時』だ! プリンを一度でも口にしてしまえば、もう最後……もう、逆らえない!!」
 何事かと周囲に群がって来た妖精たちの前で、ベリアルはなおもプリンの素晴らしさについて力説する。
「さぁ、妖精達よ、プリンを食べるのだ! そして共に進もう・・・『プリン道』をっ!!」
「プリン道……?」
「プリン道―!」
 妖精たちは事情がよく飲み込めないまま、ベリアルの力強いプリン推しに飲み込まれていく。
「学校の給食には何としてもプリンを入れなくてはならないんだ! プリン無しの学校給食なんて考えられない!! いや、むしろプリンこそが主食なのだ!!!」
 どういう訳か圧倒的なベリアルの言葉に気押されて、妖精たちの中にもプリンコールが巻き起こり始める。
「おいおい、菓子ばっかじゃ栄養が偏っちまうじゃねーか」
謎のプリンコールに呆れながら、シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)はスープカップに温かな液体を注いでいく。
「昼の飯ってのは夕方までの体力を補給するために食うもんだ。軽すぎず重すぎず、バランスが大事なんだよ」
 シンが用意したのは野菜や卵の入ったサンドイッチ。それに豆とベーコンのスープだった。ほどよい程度に温められたスープからは、食欲をそそる香りが漂ってくる。
「あとで学校建設の奴にも差し入れを持って行ってやるとして……おーい、てめえら! 給食の時間だぞ!」
 給食を受け取りに来た華苺と雛菊たちは、シンの料理を見て感嘆の声を上げた。
「わあ、こんなに美味しそうなサンドイッチ初めて! スープもすごく良い匂い!」
「べ、別に気合い入れて作ってないぞ……! 勘違いすんなよ! 昨晩の残りもんを詰めてきただけだからな」
 照れ隠しから語気を強めるシンを見て、綾瀬はくすりと笑みを漏らす。
「あら、とても残りものには見えませんわ」
「うるせーな! あっ! そうだてめえら、好き嫌いすんなよ。アレルギーでもない限り、飲み物と一緒に流し込めば食べられるもんだ」
慌てて話題をそらしたシンの様子に、綾瀬はドレスも微笑を浮かべたような気がした。