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妖精の学び舎

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集落を取り囲む木々の梢が、その掘立小屋もとい『悪の戦闘員養成所』に似つかわしい影を与えている。
給食を楽しんだ妖精たちの一部は、この小屋の中で午後の授業を受けることにした。ハデスは彼らの前に立つと、早速前口上を述べ始める。
「ククク、さあ、妖精諸君よ! 将来のオリュンポスを背負って立つ人材へと育ち、広い世界に飛び立つのだ!」
 そう演説を締めくくったハデスだったが、妖精たちは話の趣旨が上手く飲み込めていないらしい。しかしそんなこともあろうかと、ハデスは周到に用意をしていた。
「今回は特別講師を呼んである! 刹那先生! 特別講義を頼んだぞ!」
ハデスに紹介された辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、ゆっくりと妖精たちの前に姿を現した。
「辿楼院刹那じゃ。この度、ドクター校長に呼ばれて今日一日特別講師を務める事になった、よろしく頼む」
 自己紹介を終えた刹那は、まず「悪」の素晴らしさについて説き始めた。悪になればどんないい事があるとか、楽しいスリルが待っているとか、そういった事に関する講義であった。
「よし、ではそろそろ外にでようかのう」
 話を適当な所で終わらせると、刹那は妖精たちを連れて小屋の外へ出ることにする。そこでハデスに依頼された【悪はかっこいい戦闘ができる】という擬戦闘を行うつもりだ。
「刹那師匠、訓練、どうぞよろしくお願いします!」
「うむ」
デスストーカーの言葉に頷いた刹那は、予め呼び出しておいた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が丁度こちらに向かって来ているのに気付く。良いタイミングだ。
「よいか、彼が紫月 唯斗。見ての通り忍者じゃ」
 刹那は極めて簡潔に唯斗の紹介を済ませると、油断なく左右に視線を走らせる。無駄な建物や木もないし、ここなら十分に体を動かせるだろう。
「おーい、せっちゃーん。とりあえず来たけど何用よ? まさか仕事の邪魔した恨みとかそんな感じ? なんて、そんな柄じゃねーよな……ってぁああああ!?」
 瞬間、刹那は飛び出した。朗らかに手を振る唯斗目がけて、左右に揺れつつ真正面から突っ込み、まずは一太刀浴びせようと試みる。
「あ、あぶねぇ!? いきなり攻撃とか熱烈歓迎過ぎやしませんかと! ちょ、ちょっとどーいう事か説明ぷりーず!?」
何も知らない唯斗の狼狽など、刹那は意に介さない。さっと後ろに退きながら暗器を投げつけることで、唯斗に反撃の余地すら与えなかった。
「げ、おいおいおいおい結構ガチなんですけど本当に報復とかですかぁ!? っとぉ! こっちも真面目にやんねーとヤベェなおい?」
 幼い外見に似合わず、刹那は鋭い殺気を放っている。その様子に覚悟を決めた唯斗は、
「ええい! よく分からんがやるってんなら相手になるっつーの!」
 と叫んでアトラスの拳気を両手に纏った。その表情は、先程とは別人のように引き締まっている。
 飛翔術を駆使して飛び回る刹那を追って、唯斗が接近戦を仕掛けようとする。
その拳が鼻先に届くよりも前に、刹那は後方に飛び退って投擲を繰り返した。しかし彼女が投げた暗器は全て、唯斗の霊気剣によって打ち落される。
ならば、と刹那が剣舞を繰り出すと、唯斗は一旦下がって拳にエネルギーを集中し始めた。しかし、
「とりあえず、こんな所で良いじゃろう」
 そう言うと、刹那は唐突に動きを止めて着地する。一方、零距離で爆炎掌を食らわすため彼女に飛びかかろうとしていた唯斗は、勢い余って転げそうになった。
「え? え???」
「これにて模擬戦終了じゃ。協力に感謝するぞ、紫月」
 刀を収めた刹那に礼を言われても、唯斗は未だ事情を飲み込めていない。
「え? これ演習なの? しかも妖精の授業? 悪の?」
 見回せば、確かに無邪気な顔をした妖精たちが辺りに集っている。それだけではない。小屋の前で満足げに笑っているハデスとデスストーカーの姿までもがそこにはあった。
「よいか、妖精諸君。悪になればこのような戦闘も行えるのじゃ。さあ、恰好良い戦いのできる悪になりたいか?」
「つまり、悪っていうのは護身術の一種なんだね!」
 完全に誤って伝わったようだが、妖精たちは先程の戦闘に関してしきりに感心している。
「もういいや……寝よう」
 ハデスが主犯であることに気付いた途端、一気に疲労感を覚えた唯斗は、近くの木陰で昼寝をすることにした。
「ちょっとそこ、何やってんのよ」
 ふいに、未来のオリュンポス戦闘員候補である妖精たちを眺めていたハデスに、声が投げかけられた。見ると、いぶかしむ様な顔を浮かべたルカルカ・ルー(るかるか・るー)がそこにいる。
「フハハハハ! 今日ここに『悪の戦闘員養成所』を開校したのだ!」
「却下」
ルカルカは、ハデスに二の句を継がせる前に言う。
「悪の学校なんて作ったら、正義の味方が来ちゃうじゃない。そんなキャパ、ないって」
端から論外だと言わんばかりに、ルカルカは笑った。
「それに、族長が少女だよ? 少女を巻き込むと世間からボコられちゃうわよ、ハデスが。少女の人望舐めんなし」
「え、いや……」
「てなわけで撤去しまーす」
 ルカルカの合図で現れた総勢三十人の特戦隊とチョコレート仮面が、あっという間に掘立小屋を解体し始める。
「ちょっ……」
「諦めなさいって。これから柵を作るのに木材が必要なのよ。そうだ。バイト代出すから、訓練として手伝ってよ」
 そんなことを言っている間に怒涛のごとく解体された小屋は、もはや見る影もなく、元の丸太の山に戻っていた。