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【2章】心溶かして


「え、俺がですか?」
 森から戻って来たカイは、自警団の詰所前で鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)とパートナーの常闇 夜月(とこやみ・よづき)に出会い、あることを持ちかけられたのだった。
「そう、カイさんにはリトさん、ハーヴィ族長の護衛とともに自警団の団長も務めてもらえたらな、と思うんです」
「でも……お二人は確か、構想段階から自警団の設立に関わってましたよね? パッとしない俺なんかより、ずっと適任なのでは」
 貴仁の言葉に、カイは複雑な表情を浮かべている。団長という責任ある身分など自分に務まるとは思えない。それは謙遜というよりも、自身のなさから来ている本心であった。
 しかし夜月は首を横に振って、いつも通りの無表情のまま口を開く。
「私は自警団の創立者ですが、あくまで団長は村の者から選出されるのが好ましいと考えています」
「村の者……」
 厳密に言えばカイは集落の人間ではない。それでも夜月のその言葉は、何故だかとても嬉しく感じられた。フラワーリングを自分の居場所と言っていいのだという、妙な安心感が込み上げてくる。
「……そうですね。今まで皆さんに頼ってばかりだったし、そろそろ俺も真面目に頑張らないといけませんよね」
「では……」
「はい。団長、やらせてもらうつもりです。ただ、族長の決定次第ではどうなるか分からないので、返事はちょっとだけ待って下さい」
 分かりました、と頷くと、夜月は自警団員の妖精を連れて集落の見廻りに出かける。パトロールも立派な自警団の仕事なのだ――だが、夜月の後ろの妖精たちは周囲で行われている雪祭りの様子にそわそわしっ放しだ。そのためか否か、夜月は後で雪像を作ることにしたらしく、それを聞いたお供の妖精たちがにわかに活気づく。
 その様子を眺めながら、カイは拗ねてしまったリトのことを思い出していた。もう少し自分の配慮が足りていたら、今頃あの子も雪祭りを楽しんでいただろうか。果てのないような悲しみを乗り越えてようやく手に入れた自由。それなのに祭の間さえ気分を害したままというのは、あまりにも不憫な気がする。
 カイは一つ大きな溜息を吐くと、貴仁と別れて歩き出した。子どもの隠れ場所なんて、そうそう意外であるはずはないのだ。


「欲しい人にはどんどん配るわよー。皆、食べにきてねっ!」
「いらっしゃいませー」
「お汁粉はいかがですか? 温まりますよ♪」
 そんな声が、広場の片隅から聞こえてくる。
 理沙とノアが中心となって作ったお汁粉を、姫乃がにこやかに手渡していく。こども園の休憩所とは別に、こちらも結構な賑わいを見せていた。
「あら、思ったよりも人数が多いのですね……もっと作らないと足りないかしら?」
 困ったように言いながらも、ノアの顔には微笑が浮かべられていた。嬉しい悲鳴、というやつなのだろう。
 お汁粉の匂いに誘われてやって来た妖精たちが洋服にも興味を示すと、アルミナも嬉しそうに接客を始めるのだった。
 そんな人だかりから少し離れた所で、夏 華苺(しゃ・ふぁーめい)はきょろきょろと周りを見回していた。そしてようやく、探し人を見つける。
「あ……!」
 その一瞬で顔を輝かせた華苺は、雛菊の妖精に向かってトテトテと走り出す。
 ほとんど同時に気がついた雛菊も、大きく手を振りながらこちらへ駆け寄って来る。そしてすぐ飛びつくように抱きつかれて、華苺は目をパチクリさせた。
 少し気恥ずかしいような気もしたが、それでもやはり嬉しい気持ちの方が勝っている。二人は顔を見合わせると、互いににこりと笑い返した。
「私、少しなら文字も読めるようになったんですよ! 書くのはまだ苦手だけど……でもでも、いつか華苺ちゃんとも一緒にお勉強したいなって――あ! それから、前に華苺ちゃんが教えてくれた歌、よく皆と歌ってるんです!」
 雛菊は華苺に再開できた嬉しさから、早口でそれから、それから、と続けた。
 しかし楽しそうな二人の傍らで、サーラ・ヴォルテール(さーら・ゔぉるてーる)は少し浮かない顔をしている。
「一面雪景色か……」
 華苺が嬉しそうにしているのを見ると心が温まるものの、周囲の雪に目を転じると、炎熱を司るヴォルテールとしてはどうしても憂鬱になってしまうのだ。
「私は何をしようかな」
 華苺たちは雪だるまや雪うさぎを作って遊んでいた。一緒にやろうと言われたものの、せっかく出来た同種族同士の友達との仲を邪魔しては悪いような気もして、サーラは少し及び腰になる。
一方、パートナーの芦原 郁乃(あはら・いくの)はといえば、先程から氷像作りに励んでいた。
 華苺が無事に友達と会えたことに安堵しつつ、郁乃はガリガリと硬い氷を削っていく。せっかくだから皆が乗ったり出来るようなものがいいという考えから、彼女が作成中の氷像は概ね公園によく設置されている遊具程度の大きさであった。全面はかなり勾配のあるスロープ、その後ろには人一人が昇り降り出来る程度の幅で設けられた階段。そう、それはまさしく氷で作られた滑り台だった。
「そいや最後に氷を炙る工程があるんだよなー……サーラにお願いしようかな?」
ほとんど完成形に近づいて来た滑り台を見て、郁乃は呟く。少し元気がなさそうだったのが心配だが、仕上げはサーラに任せるのが一番良いと思った。
「サーラ、ちょっと来てー!」
 郁乃が手招きすると、サーラだけでなく彼女の傍にいた華苺と雛菊もやって来る。何となくだが、華苺もサーラの様子を心配しているのではないかと、郁乃は思った。
「サーラには大事な仕上げをお願いしたいんだよ。削った氷の残りとか降り積もった雪とか溶かしてもらうとね、氷の輝きが本物になるの。ね、お願いできるよね♪」
 その言葉は、サーラには意外なものだったらしい。彼女は一瞬だけ意表をつかれた様な顔をして、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。そして先程までの暗さはどこへやら、晴れやかな表情で郁乃の指示通り仕上げの工程を務めあげる。事実、自分にしか出来ない役目があるというのは光栄だし、とても嬉しいことだとサーラは感じていたのだ。
 熱を加えられた氷は透き通るほどに美しく、陽の光を浴びてきらきらと輝いている。それを見た華苺たちは飛び上がって喜んだし、郁乃は周囲の妖精たちを捉まえては「サーラがきれいに作ってくれたんだよ」とふれ回った。
 それがサーラには照れくさかったが、同時に大きな喜びも感じていた。
「うん、いい仕事したわ」


 広場を彩っていたのは、郁乃たちの氷像だけではない。
セレンは出来あがったかまくらの強度を確認すると、雪だるまの作成に取り掛かった。おじいちゃんおばあちゃん、お父さんお母さん、子供……と六体分の雪だるまだ。
 彼女が造る雪像は「かまくらとその中でまったり過ごす雪だるまの家族」。かまくらと言っても家族全員が入れるスペースが必要なので、それなりに大きな作品となっていた。
 かまくらの中にコタツを設えると、そこで皆がまったりと過ごしている風に見えるよう、適当に雪だるまを配置していく。それは普段の破天荒なセレンからは考えられない、ほのぼのというか、何ともメルヘンチックな雪像であった。
 セレアナはその意外性を不思議に思いながらも、仕上げなどを手伝っていく。そして「大雑把・いい加減・気分屋」な人物が造りあげたとは思えない心温まる雪像が、しっかりとここに完成した。
 その出来栄えに関心しつつセレアナがふと隣を見ると、普段能天気なセレンの表情はどこか憂いを帯びたものに変わっている。
その様子を見て、セレアナは「そうか……」と思った。セレンは売られたのか捨てられたのか、今に至るも身元不明で14歳以前の記憶がない。ただ物心がついた時には売春組織で夜毎、時には昼も夜もなく陵辱される日々を過ごしていたのだ。だからこの家族の雪像を作ったのは、もしかしたら……とセレアナは考える。
 しかし、特に言葉を掛けようとは思わなかった。その代わりにただ、セレアナは寄り添うように恋人の傍らで同じものを見、同じように時を過ごしていく。