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リアクション
「一つ、聞きたいことがあるんだ」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はハーヴィの様子を窺いながら、必要以上に追い詰めてしまわないように注意している。
「ああ、俺は第2案に賛成だよ。森の木々達は仲間の帰還を歓迎している。だから一緒に居たいと森の木々も望んでいると思う。それに1つ目や3つ目の案では有事の時に森や村の人達が手助けできなかったり、手遅れになるリスクが高いからね――それはそうと」
どう言うべきか慎重に言葉を選びながら、エースはハーヴィに語りかけていく。
「リトさんが弟の事や実験体にされていることを忘れているのは、今の自分自身を彼女が容認出来ないからだよね。でも弟の存在を忘れていること自体も、彼女の深層的に激しいストレスを生む。だからカイと契約してリトさんを護るのは良いことと思うよ。弟への気 持ちをカイに転嫁させる事で彼女の精神を安定させる事が出来るから」
ソーンに持ち去られた緑の機晶石のことを、エースはまだ諦めてはいなかった。自分自身をありのまま受け入れられるようになるまでは、リトに弟の話をすることは出来ない。それでも手遅れを避けるため、エースは独自にその機晶石を探しだすつもりでいた。だからこそ、ハーヴィにどうしても聞いておきたいことがあるのだ。
「でもリトさんがこのまま弟のことを忘れたら、彼は本当にこの世から失われてしまうかもしれない。だから教えて欲しいんだ。リトさんの弟の名前と人柄を」
その質問はハーヴィには予想外だったのだろう。少し面食らったような顔をしていた。
「……名前はヴィズ。とても優しい男の子だったよ。仲間思いで、自然を何よりも愛していた。押しは弱かったから、大抵リトに言い負かされて押し切られていたけれど。それでも、姉を大切に思っているのが我にも伝わって来ていた」
ハーヴィは微笑んでいたが、同時にその顔には悲しみが滲んでいた。
「あの子は石になっても自分が攫われることで、我とリトを助けてくれたのかのぅ。これで再びリトを危険にさらしたら、我が怒られてしまいそうじゃ。――そうそう、そこのお二人さんも何か意見をくれるのかの?」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)とヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)を見やって、ハーヴィは言う。
「そうですね……率直に申し上げますと、私も案としては2番目の妥協案を推します」
「うむ、やはりそうか……」
「はい。リトさん、又はリトさんとハーヴィさんが去れば集落は安全になるという意見、これはわかります。ですが、それは安易な選択肢とも考えます。ともすればそれが妥協案です。自分達で集落を守る努力をせず、お二人を遠くに行かすことで解決とするんですから」
ローズの言葉には、妙な説得力があった。
「安易な道を選んでは後悔すると思うんですよ、私もそうでしたし。私は精神科医ではありませんが、リトさんが辛い体験をされたことくらいは推測できます。なれば、私達が彼女を守りながらその記憶を乗り越える手助けをした方が良いです」
不安げなハーヴィの瞳から視線を逸らさずに、ローズは言う。
「私は契約者で、医者です。戦う術を持たない方達を守るのは当然ですし、それは私以外の契約者も同じ気持ちではないかと」
ローズはテーブルを囲む面々の顔を見回して、再びハーヴィに視線を注いだ。
「村にいてください、リトさんと一緒にね。私達が集落や集落の子達を守ります。それは迷惑でもなんでもない、言うじゃないですか困ったときはお互い様と」
「お互い様……しかし……」
「あのさ、これは僕の知り合いの話なんだけど」
ヴァンビーノが口を挟む。
「そいつを仮にAとしよう。Aの家庭はもう滅茶苦茶でな、物心ついたときからまともに食べさせても貰えなかったそうだ。だから食べるために色々やった、ここじゃ言うのを憚られる事も」
一瞬だけ、ヴァンビーノは瞳を伏せる。
「一番儲かったのが、雑誌をもとに漫画家の絵とサインを模写して直筆として売って回った事だった。Aは器用だったから偽造色紙を一晩で何枚も作った。それをずらっと並べて売るもんだから、出版社の方にチクりがあったんだ。出版社の奴がきて、Aに言ったそうだ」
「何と?」
「『これだけ描けるのに勿体ない、漫画家目指してみたらどう?』ってね。――でも漫画なんて一本描くだけで結構な出費だ、雑誌に載るとも限らないしな」
ハーヴィは固唾を飲んで話の続きを待っている。
「Aは漫画を描いて、その出版社の雑誌の漫画家になった……マイナー雑誌だがね。簡単な道に行かなかったのさ」
「それは、もしかしてお前さんの……」
「ま、結局は本人の意志だ。ハーヴィ、あんたは本当はどうしたいと思ってる?」
真面目な声色で問いかけられて、ハーヴィはすぐに言うべき言葉を見つけられなかった。
「我は……本当は……でも……」
その時ノック音と共に扉が開かれて、カイが姿を現した。
「皆さんお話の途中にすみません。族長、俺からも提案があります」
立ったまま右手を頭の高さに挙げて、カイは言う。
「単純に多数決で言うとすれば、皆さんからの意見は妥協案が圧倒的多数を占めています。
また族長やリトがここを去ることはナンセンスというのが総意で、多少の差こそあれ二人は出来るだけ近くに居た方が良いという意見が多い」
カイは何やら小さなメモ用紙を見ながら言葉を繋いだ。
「ただ、現段階では集落内に安全性の高い建物がありません。集落の周りが防護柵に囲まれているとはいえ、主要建築物の多くがログハウスかツリーハウスですからね。ですが俺が話を伺ったところによると、地下を活用すればいいという意見が数件ありまして……」
雪祭りに参加している契約者たちの中にも今後の行く末を案じている人たちはいて、カイはその意見をメモ用紙に書き込んでいたのだった。
「既にフラワーリングの地下には通路が存在しているようですし、それを伸ばして目的地まで繋いでしまえばいいと思うんです。なので、集落において今後地下シェルターを作るにしろ地上に頑丈な建物を建てるにしろ、今はとりあえず様子見で森の隠れ家を使いませんか? どのみち俺はあそこに住むので、隠れ家から集落までの地下通路なら、何とか頑張って開通させますから」
妥協に妥協を重ねた感はなきにしもあらず。だが、皆の意見を聞いた上で、ハーヴィはこれが一番収まりが付く案であるような気がした。
リトはカイと共に、しばらくの間森の隠れ家で暮らす。しかしそこから地下道を通ってフラワーリングに来ることは可能。逆もまた然りである。もしも支障が出るようなら、また考え直せばいいのだ。
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