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春はまだ先

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 寒いのが苦手なのに、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に冬のルーナサズ観光に誘われてご機嫌だった。
「トオルとシキも誘って、皆で遊びに行こう!」
 現地では、イルヴリーヒとも予定を合わせて、数日間の滞在の間に、タルテュの墓参りにも訪れた。
「皆に友チョコ作って来たよ!」
 ヘルは、思いっきりハート型のチョコを、イルヴリーヒにも渡す。
「お兄さん達にも渡してね」
「友チョコ?」
「そう、これは日本のお菓子会社の怖ろしい陰謀でね」
 問いかけたイルヴリーヒに、ヘルはにやりと笑った。
「友チョコ贈らないと呪いが……」
「俺の知ってる友チョコと違う」
 トオルが笑いながら否定する。
「何だよー、何も知らない人達に新しい風習を根付かせようと思ったのにー」
 まあいいや、とヘルはトオルにもチョコを渡した。
「ま、皆でお菓子を楽しめる日だし、トオルにも授けて進ぜよう」
「ははっ」
 トオルはわざとらしく一礼して、両手でチョコを受け取る。
「シキも……食べられるよね?」
「苦手なものはない。ありがとう」
 礼を言って、磯城(シキ)も受け取る。成程とイルヴリーヒも頷いた。
「ありがとう。兄にも渡しておく」
 ヘルはにっこりと笑いながら、タルテュの墓前にいる呼雪をちらりと見、イルヴリーヒ達をそっと促した。

 きっと、これが最後の墓参りになるのだろう――そう考えながら、呼雪は、冬の厳しい環境の中でも、植えた薔薇がしっかりと根付いていることに安堵する。
 色々なことがあったな、と思い出す。
 タルテュを死なせてしまった後悔、数奇な前世の記憶、トオルやシキとの交流……。
 最後に、雪景色が綺麗に見える場所に行きたい。そう、思って。

 皆には話しておこうと思って。呼雪は秘密にしておきたがってたけど。
 そう切り出したヘルに、イルヴリーヒは何かを察したようだった。
「呼雪のことか? 手紙には、この後故郷に帰るとあったが」
「え、そうなのか?」
 とりあえず遊びに誘われたトオルは、初めて聞いて驚いたが、ヘルは頷く。
「呼雪……今、病気で」
「え!?」
「あ、でもね、契約の力があるから命に関わることはないと思う……けど、暫く無理はさせられないから、呼雪の故郷の北海道で、暫く過ごすつもり」
 ぎょっとするトオルに、ヘルは慌ててそう言った。
「でも、そういうわけだから、暫く会えなくなるから、挨拶に、って」
 はは、とヘルは笑顔を見せる。
 じっ、とヘルを見つめていたトオルは、黙ってヘルに抱きついて、すぐに離れた。
「何か身長的に足りない。シキ、代わり」
 トオルに言われ、少し苦笑して、シキがヘルを抱きしめる。
「……」
 ぽん、と背中を叩かれて、うー、と唸って、ヘルはシキにハグを返した。
「……呼雪には、自分の思うままに生きて欲しいって思ってた。
 僕は、どこまでも一緒について行く、って」
「ああ」
「……でも、同じくらい、無理はしないで欲しいって思ってた」
 望むままに生きる為に、己の命を削るような、そんな生き方は、本心を言えば、止めたかった。
「でも、こんな形で、止めて欲しかったわけじゃない……」
 呼雪が、死んだらどうしよう。そんな怖ろしいこと、もしもでも口にできない。
「――ごめん、弱音吐くつもりじゃなかったのになあ」
 シキから離れて、苦笑して謝ると、シキは何も言わずに、ぽんとヘルの背中を叩いた。

 戻って来たトオル達に気付いて呼雪が立ち上がる。
 ヘルの神妙な表情を見て、呼雪は察した。
「伝えてしまったのか……」
「ごめん」
「いや」
「水臭いなあ、コユキ」
 口を尖らすトオルに謝る。
「心配をかけたくなかったんだ」
「北海道っていいとこ?」
「ああ。冬は雪が多い」
「遊びに行くから、その時は案内してくれよな」
 トオルは笑って、彼がよく身に着けていたドッグタグ形のペンダントを外し、呼雪に渡した。


 前の日に降った雪が積もっている。
 シャンバラに帰る日、ヘルは、外で一人、景色を見ている呼雪に、背後からブランケットをかけた。
「あんまり冷やすと身体に悪いよ」
 後ろから、ぎゅっと抱きしめる。
「ああ……」
 もうすぐ、パラミタでの日々が終わる。
 大人達の思惑などどうでもよく、ただ、誰にも邪魔をされずにピアノを弾きたい。
 ただ、ずっとピアノだけに向き合って、語り合っていたい。
 ――パラミタに来た頃は、そう思っていた。
「……なのに、随分遠くまで来てしまったな……」
 背中が暖かい。呼雪は、少し、背後に身体を預ける。
「一緒にいてくれて、ありがとう」
 ヘルは微笑み、呼雪を抱きしめる手に、少し、力を込めた。
「何、言ってんの。ずっと一緒だよ」




―――――――――――――――――――――――――――――― 冒険の日々の終わり