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【祓魔師】イルミンスールの祭典

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【祓魔師】イルミンスールの祭典

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第14章 イルミンスールの祭典 Story7

 ようやく外が明るくなった時刻、身支度を終えた和輝が祓魔師たちを揺り起こす。
「起きろ、朝だ」
「む…。今…何時?」
 布団に転がりながら、眠たそうな目で美羽が見上げる。
「8時だな」
「分かった起きるよ。―…ふぁあ〜」
「疲れは十分とれたか?」
「余裕でねって言いたいけど、まだちょっとね」
 遠征の疲れが残っているらしく、背伸びをしてストレッチする。
「アニス、リオン…起きろ」
「むにゃ?…おやすみ」
「いや、起きてくれ」
 顔まで隠しているかけ布団をめくり、起きるように言う。
「やはり疲れが…」
「寝かせておいてやりたいが、布団は片付けさせてもらわぬとな。…むっ」
 ぱっと布団をはごうとしたものの、アニスが必死にしがみついている。
「いたしかたない。…ふぅ、これでよしとしよう」
「まったくもってよくはないな」
 布団にへばりついたままのアニスを、リオンによって無理やり背負わされる。
「アニスさん、まだ寝ているんですか?本当に、和輝さんのことが大好きなんですね」
「あ…あぁ、まぁ…」
 ほのぼのとした空気を打ち消そうと、ベアトリーチェから目を逸らす。
「場が和むのであれば、しばらくそのままでいたらどうだ?」
「リオン、それだと緊張感がなくなるだろうが」
 これからテスカトリポカの同一化の儀式を行うというのに、背負ったままでは緊張がほぐれすぎるだろうとかぶりを振る。
「頼むから起きてくれ、アニス」
「むぅー…?…おはよう、和輝」
「リオンと別室で着替えてきてくれるか?…皆、少しだけ待ってもらいたい」
 ようやく目を覚ましたアニスを背中から下ろすと、身支度を済ませた祓魔師たちが教室へと戻ってきた。
「エリシアさんから朝食をもらってきましたので、後ろのテーブルに並べておきますね」
「ありがとう、アイブリンガー」
「お茶の準備もおっけーよ!」
 美羽が紙コップに大きなボトルのお茶を注ぎ、仲間たちを手招きする。
「おまたせ、和輝っ」
 支度を済ませたアニスはさっそく和輝の後ろへはりつく。
 髪の毛はリオンに手早く整えてもらい、早く教室へ戻れた。
「駅舎の弁当か?」
「えぇ、冷蔵庫にあったので温めなおしたんですけどね。次の日はたぶん…、もっと簡単なものになるかと」
「俺たちはのんびり食事している暇はないからな。それでいい…」
 アニスやリオンの栄養を考えると、インスタント類ばかり口にさせたくはないが、今は仕方ないかと小さく息をついた。



 朝食を済ませた彼らはテスカトリポカの同一化の儀式を始めるべく、訓練場で休んでいるグラキエスたちと合流する。
「皆、待っているぞ」
 黒のテスカトリポカを抱えた彼の姿が、扉の傍で待機している樹の視界に入る。
「すっかり休んでしまったが、何か変わりはなかったか?」
「今の所、不審な気配はない」
 表向きの祭典の開催までは、まだ時間があった。
 侵入してくるならばおそらく一般客に紛れてやってくるはず。
 だが、予想通りそうなるとは限らない。
 警戒を怠るわけにはいかず、樹と章は昨日からずっと扉の前で待機していた。
「―…仮眠しなくて平気か?」
「まったくといったら嘘になるな」
 表情なく答えた樹は、もはや笑顔を見せる力すら温存したいところだった。
「すまないな、ありがとう…」
 グラキエスは簡単に礼だけ言うと教室へ入っていく。
「後は校長だけか?」
「…今来たようだな」
 和輝が扉へ目をやるとエリザベートが駆け込んできた。
「ふぅ、皆さんもう集まってたのですねぇ。和輝さん、合意は得られましたかぁ?」
「あぁ、リスクについても説明済みだ」
「どうもですぅ♪…皆さん〜、大まかなことは分かっていると思っていいんですねぇ?」
 エリザベートはそれぞれの顔を見て、リスク等を理解しているか確認する。
「まずは黒のテスカトリポカに与える血の結晶を作るのと、体から魂を離脱させるところからですぅ〜」
「校長…あの、…私の血が一番いよいのですよね?」
 一度決心したことではあったものの、大量の血となると恐ろしさのあまり躊躇いがちに言う。
「この中ですとベアトリーチェさんですねぇ。輸血用の道具を使って、度々抜くのは時間かかるのでいたしません〜。それでもよいですかぁ?」
「は、はい」
「分かりました……。訓練場へ参りましょうかぁ」
 覚悟の声を耳にしたエリザベートは、彼らと共に教室を出た。
 地下訓練場に着くと“魔法陣を描きたい人はいますぅ?”と希望者を募る。
「はーい、アタシやりたい♪」
 封魔術のほうに興味があったヴェルディーはセシリアの付き合いでここにいるため、ずっと要求が満たされないでいた。
 せめて目新しいものに手をつけられるならと真っ先に挙手した。
「私が描いてもいいんですけど、こういう場面に触れる機会は滅多にないでしょうからねぇ」
 そう頻繁に行ってよいものでもなく、シャベルを魔法陣のイラストを渡して苦笑いをした。
「魔方陣とは違うのね?」
 いつもの四角形とは異なる形に小首を傾げた。
「えぇ、演算は必要ありませんからぁ〜」
「へー…。まぁやってみるわ♪」
 ようやく興味を惹くものに出会い、自分の満足のために受け取ったシャベルで魔法陣の溝を掘る。
「ここにお嬢ちゃんの血を流すの?」
「そうなんですが、その前に〜。結晶を作らないといけません〜」
 先行順序としてエリザベートがベアトリーチェを手招きする。
「手の平を切って、器にありったけ入れてくださぁ〜い」
 ベアトリーチェにナイフを渡し大きなボウルを抱える。
「魔性の無理やり本質を変えようとするなら、同等の対価が必要なんですぅ。よーく、覚えておいてください〜」
「―……では、いきます。……ぅっ!」
 小型のナイフで手の平に切れ目を入れ、ぎゅっと手を握り血を絞り落とす。
 ボタボタとキレイな赤色の雫が零れ落ちボウルを染める。
 人格を残したいと言い出したのは自分なのに、と申し訳なさそうな顔をするセシリアに対して“気にしないでください”というふうに小さく笑みを向ける。
「こんな方法があるなら、なぜエリドゥで言わなかったの?」
「教えちゃうと皆さんが無茶をすると思ったからですよぉ、ヴェルディー」
「ふぅーん…」
 彼としては自らの身を捧げてまで助けてやることに興味はなく、儀式としての様子を見たいがためだけに眺めていた。
 ボウルに半分くらい血がたまったところで、エリザベートは“ひとまず十分ですよぉ”と言った。
 ずっと俯いているセシリアを呼び、これを凝縮する手伝いをさせる。
「失敗は許されないので慎重にお願いしますねぇ」
「分かってるわ」
 せっかくくれたベアトリーチェの血を無駄にはできない。
 セシリアは真剣な面持ちでボウルに手をかけた。
「アークソウルの気を使うので、私が唱える通りに復唱してくださぁ〜い」
「えぇ…」
 小さく頷いたセシリアはペンダントをぎゅっと握った。

 “成熟たる清き主の泉をもって、業の生の誕生を永遠に鎮めるものとなりえるか、審議の言葉を述べよう。
  災を招く者は、活物として子羊を喰らわず、子羊と福音の歌を分かち合うことを、絶対の条約とする。
  また…招かざる子羊は災と一体となり、共に生を分かつ。
  この一体は、大地を汚す業をもたらすとなりえるか。
  否、子羊との条約の元、いかなる時も杯を交わす御霊であれ。
  これにより…全ての鍵は満たされ、成熟たる主の泉は鍵となり、災を鎮めるものとする。”

 ベアトリーチェの血に対する災厄の魂を鎮める鍵の言葉を終えた瞬間、アークソウルが赤銅色に輝き始めた。
 器の血は大地の力を受け、小さく凝縮されていき赤々としたルビーのような塊りとなった。
「まるで心臓みたい…」
 チカチカと輝き続けるそれを、まじまじと見つめる。
「トラトラウキの心臓は与えられませんからぁ、それが生贄となる変わりみたいなものですぅ。魂を分離させて、破壊衝動の半分を緩和させることができると思いますぅ」
 エリザベートはベアトリーチェの清らかな血ならば、問題なく儀式を進行させられるだろうと告げた。
「太壱さん、彼女を回復してあげてください〜」
「おっ、…そ……そうだな」
 何が何やら分からず、呆然と見ているだけしかできなかった太壱は、急に声をかけられ小さく声を上げた。
「なくなったもんは戻らないからな、しばらくじっとしてたほうがいいぜ」
「ありがとうございます…」
 覚悟はしていたものの、思いのほかきつく土の上に座り込んだままだった。