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リアクション
第6章 祓魔師であるがために
求めてはならないものを口にしたにも関わらず、2人の教師はグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)にいつも通りの態度で接してくれていた。
それに対して咎められたわけでなく、嫌悪の目で見られることもない。
いっさい言葉や態度で示してくれることもなかったのだ。
何時その機会がやってくるのか分からないことのほうが恐ろしい。
「校長、ラスコット講師。少しお時間を頂いても構わないでしょうか」
ボコールの尋問の際に切り出した黒魔術の話について、校長と講師に詫びるべくグラルダは彼らを呼び止める。
彼女の声に気づいたエリザベートとラスコットは足を止め、普段と変わらない態度で返事をした。
「先の一件、申し訳ありませんでした」
「え…?」
エリザベートは何のこと言っているのか分からず小首を傾げた。
「うーん、何かあったかな…?」
ラスコットのほうもまったく見当がつかず、いったい何があったのやらと思い校長と顔を見合わせた。
「エリドゥへ出向する前、校長室で会議を行いましたよね」
「はい、そうですけどぉ。まだ、話したかったことでもあったのですかぁ?」
「いえ…。その中で、アタシが口にした…黒魔術の力を求めようとたことです。それも、何を犠牲にしても…と。でも決して、ボコールに感化されたわけではありません」
「―……で、結論は出たのかな?」
「アタシは…祓魔師としては失格です」
ヒトとしての道から外れようとしたのと同時に、祓魔師として守るための力を手放そうとしていた。
グラルダは深々と頭を下げ、謝罪の言葉を続ける。
「もし、他の生徒や祓魔師に示しがつかないというので、あれば免許停止も覚悟しています。ですが、少しだけ猶予をください。アタシには貴方たちの生徒として、まだやれる事が残っています」
手放そうとしたものに、今は必死にしがみつこうとしている。
そのグラルダの姿を眺めていたシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)は、一緒に謝ってやるわけでもなく、いっさい口を開こうとしない。
「(今まで不要と切り捨てていたものを、今になって必死に拾い集めているとは…)」
グラルダという人間をよく知る彼女の目からは、ほんの少しずつではあるが変わりつつあるように見えていた。
普段の思考の使い方としては自分の周囲だけに配られていたのだ。
それが全体の流れを読み、他者とも積極的に関わるようになってきた。
微笑ましく思うよりも、シィシャは口を片手で隠してクスクス笑い観察対象として面白がっていた。
「―…私が最初に免許を渡す時、問いかけた言葉の意味はわかっていますかぁ?」
「はい。この力は傷つき苦しむ者を救い、その元となった者を滅することはない…と」
エリザベートの祓魔師の心得である問いに対し、グラルダはすぐさま答えた。
「その続きも、理解してるよね」
「あくまで滅するのは最終手段であり、それに至るまでは説き伏せ、業の道を歩ませることを止めることです」
今まで学んできた修練の意味も当然理解していた彼女は、ラスコットの言葉にも難なく解答できた。
祓魔師とは被害を受けた相手などを救うだけでなく、害を成した者たちを無用に傷つけてはならない。
共存が不可能だとしても、まだ誰かに害を与えないよう互の領域に対する不可侵への道に、教え導く必要もある。
黒魔術を欲しようとするグラルダは、その思考すらも失いかけていた。
そこに巻き込んでしまうであろう無力な人間の亡骸だってあるかもしれない。
黒魔術を得た代償に今度はグラルダ自身が、全てを壊したい衝動に支配される可能性だってあった。
結果、今まで共に過ごしてきた仲間まで裏切ることになる。
「(言うべきことは、これが全て。見捨てられても、文句なんて言えるわけが…)」
どんな愚かなことに手を出そうとしていたのか後悔してもしきれず、涙が溢れそうになりながらじっと答えを待った。
「ちゃーんと覚えているじゃないですかぁ♪」
「もちろんです。教えに反しようとした罪は罰として、受け止めるつもりです」
やっとかけられた言葉は答えでなかった。
頭を上げることなく、許しをもらえるのか…それとも罰として何か仕置きされるのか、最悪の場合…免許取り消しか答えを待つ。
たが、結果は思いがけないものだった。
「罰…?何のことですかぁー?」
「え……ですが……」
「グラルダさんは、それでもちゃんと教えを守ったじゃないですかぁ♪罰なんてありません〜。今後も、祓魔師としてがんばってくださいよぉ〜」
「これからも期待しているんだから、さっきの言葉を忘れないようにね」
一番欲しくてたまらない答えを得るまで、たった数分の間。
それでもグラルダにとっては何十分も、何時間も長く待っていたような感覚だった。
「ありがとうございます。期待に応えられるように、努力いたします」
「はぁ〜い♪皆さんも、あなたを待っているのですよぉ!そろそろお祭りの準備とかできてるか、見なきゃいけないので行ってきますねぇ〜」
エリザベートは大きく手を振り、ラスコットと一緒に準備の進行を見ようとカフェへ向った。
校長と講師を見送ったグラルダは、2人の姿が見えなくなるまで一歩も動くことができなかった。
ようやく見えなくなるまで離れた瞬間、床に膝をつき耐えていた涙を溢す。
「あぁ、よかった。本当に…よかった…」
「泣くほど嬉しがるとは……」
「―……っ!?」
シィシャに涙を見られたのかと思い、グラルダは袖でごしごしと拭う。
「アタシは、…泣いてなんかいない!」
「そうですか。では、そういうことにしておきましょう」
自分の位置からは見えなかったが、背を向けたままのグラルダが泣いていたのは明らかだった。
その証拠として床に小さな水溜りができていた。
おそらくグラルダは気づいていないのだろう。
まだからかおうと思ったが、これ以上は無用に怒らせるだけかと考え、やめておいた。
「“期待に応える”ですか…」
「アタシは今まで以上に尽力を尽くすつもり」
「言葉に出した以上、違える訳にはいかなくなりましたね」
「当然。突っ立っている暇があったら、アンタも皆を手伝いなさい」
「はい、了解しました。(自分を追い込む方法は相変わらず心得ているようです)」
非凡なグラルダが、どこまで自分を偽って優等生になれるのか。
シィシャにとっては誰よりも愉しみであり、意気込む彼女の姿を観察してはクスクスと微笑んでいた。
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