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そして、物語は終焉を迎える

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そして、物語は終焉を迎える

リアクション

 二つの大きな事件があった。
 小型飛行艇レース爆破テロ事件、そして、劇場爆破テロ予告事件。
 多くの契約者の活躍により、被害は最小限で済んだ。
 しかし、テロの首謀者は皆が殺害され、事件の全貌や、事件の裏にどのような組織がいるかなどは、一切明らかになっていない。

 この、二つの事件――いや、それだけではない。
 多くの事件の裏に、ひとりの女が存在した。
 テロのメンバーの殺害し、圧倒的な力を見せ付け、未だに逃げ続けている、ひとりの女。


 アーシャル・ハンターズ。


 彼女はツァンダ周辺に潜伏しているとわかり、二件のテロに関連したメンバーたちが、再び集まった。
 あと少し。あと少しで、彼女を追い詰められる。捕まえられる。集まったメンバーたちも、険しい顔立ちをしていた。


「ヘイリーから。この地点に洞窟があるそうよ。かなり大きな」
 リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)からの連絡を受け、広げた周囲の地図を一点を指差す。
「森の中に潜伏している可能性は低いですね。いるとしたら、この中でしょうか」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が地図を見て言う。
 ツァンダの東、悠々と広がる森の中で、大規模な捜索が進められている。その結果、ある程度の場所を絞れた。
 そして、その場所に洞窟がある、ということは――
「ビンゴだろうな」
 武神 雅(たけがみ・みやび)は少しだけ笑みを浮かべて言う。
「洞窟って言っても、どれほどの大きさなんだ?」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が尋ねると、
「さながらダンジョンってところだよ」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)が答える。
「網の目状に広がった長い道と、凶悪なモンスター。ゲームで言う、隠しダンジョンってとこかな」
 続けて口にし、隣に立つ遠野 歌菜(とおの・かな)に視線を向ける。
「覚えてるよな? モンスターの夫婦がいて、お宝があってって」
「あ、やっぱりここってあの洞窟!?」
 歌菜が驚きの表情を浮かべた。メンバーの中にも数人、この場所を知っている人がいたようだ。同じように、驚いている。
「範囲はこの一帯、大体ここからここまでってとこかな。かなり広い。それと、最深部に、かなり広い空間がある」
 羽純が地図を指差し言う。
「つまり、彼女は――アーシャル・ハンターズは、その場所にいるということでしょうか」
 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が声を上げる。羽純は静かに頷いた。
「ついに追い詰めた、ってとこだな」
「はい。今度は逃がすわけには参りません」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が続けて言う。
「それにしても、さ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が口を開き、皆の視線がルカルカへと向く。
「彼女の目的、本当になんなんだろうね」
 その言葉で、場は沈黙した。
「そうですね……」
 ゆかりが静かに呟く。
「改めて、というのも変ですが、彼女のことについて、少し考察しましょう」
 ゆかりはそう言って、一度、皆の顔を見回した。皆は真剣な表情で、ゆかりの顔を見る。
 皆は思い出していた。レース場を襲った事件、そして、劇場で起きた事件。
 その二つの事件を、思い返していた。




1、終焉の奥へ




「こちら、水原ゆかりです。皆さん、聞こえますか?」
 洞窟の中で、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は通信機に向かって声をかける。『聞こえまーす』という多くの声が響き、ゆかりは安心したように息を吐いた。
 ちなみに通信機を用意したのは前回、前々回ともに通信機を用意してくれた龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)だ。通信機だけでなく、懐中電灯などの明かりも彼女が配り歩いていた。
「本当に、お金は大丈夫なのかな……」
 とマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)も心配しているが、通信機からは『大丈夫ですよー』という灯の声が聞こえてきている。


 メンバーは三チームに分かれた。
 洞窟にはいくつもの入り口があり、一箇所から入るのではなく、複数に分けて、逃げ道を塞ごうという考えからだ。
 かといって、戦力を削るわけにも行かない。ぎりぎりの人数配置ではある。二体存在した甲冑の騎士、『蜃気楼』との戦いのためには、分散しすぎるわけにも行かなかった。
「前通った道だよな、確かここ」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)は指先で洞窟をなぞりながら言う。
「それにしても……おっと」
 地面が揺れ始め、羽純は遠野 歌菜(とおの・かな)の体に手を回して支える。歌菜はふらつきながらも羽純の体に捕まって、「ありがと」と小さく口にした。
「なんなのかしら、さっきから、地震みたいなのが」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)は立ち上がって言った。
「前はこんなことなかったんだけどな……はぐれたときに落盤があったら生き埋めだ。歌菜、離れるなよ」
 羽純の言葉に歌菜は頷いた。
「生き埋めにはなりたくないもんね。さすがに洞窟の中じゃあ、生活できないなあ」
 歌菜はそう言って、仮に閉じ込められたときのことをシミュレーションする。



「完全に埋まっちまったな……」
「そうだね……」
 羽純は崩れた岩を叩くが、びくともしない。しばらくはこの場所にいるほかないようだ。
「このまま助けがこなかったら、俺たち、ずっとこの場所にいることになるのかな」
「そうかもね……」
 羽純の言葉に、歌菜は大きく息を吐く。が、羽純はそれほど困った表情を浮かべていない。
「仕方ないな」
 突然、羽純が顔を寄せてきた。
 息がかかるくらいの距離で、羽純はまっすぐに、歌菜を見つめる。
「ここを俺たちの楽園にしよう。俺たちはこの場所で、アダムとイブになるんだ」



「やだ、恥ずかしいわよぅ、アダム……」
「……誰のことだ?」
 赤くなって背中をばしばしと叩いてくる歌菜に羽純は訝しげに声を上げた。
「そういえば、歌菜さんたちは、前にここを訪れたことがあったそうですね」
 さゆみが聞くと、
「私たちもね。迷い込んだ子供たちの救出してたから、奥までは行かなかったけど」
 それに対して答えたのはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だ。
「吹雪もでしょ? お宝狙いで入り込んでいって、がっかりしたのよね」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)も続けて言う。「そうだったでありますねえ」と、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が息を吐いて答える。
「お宝と聞いてわくわくしていたんでありますが、そのモンスター夫婦の生まれたばかりの赤ちゃんだったんでありますよ。正直、がっかりしたであります」
「懐かしいな……元気かな、飛影さん、美影さん」
 歌菜も言う。
 モンスター夫婦……飛影(ひえい)と美影(みかげ)は出産のためにこの洞窟の奥で静養していたらしいが、なぜかそれが「お宝を守る夫婦」という噂になって広まり、宝を狙って訪れたものも少なくなかった。
 歌菜たちが訪れたときはすでに落ち着いていたし、噂によって訪れる者や、彼らがいることでぴりぴりしていた洞窟内のモンスターのことも配慮し、彼らは洞窟を去って行った。
「素敵な話ですね。夫婦にとってのお宝、ふふ」
 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は微笑みながら言う。
「フィリシーも、そろそろお宝が欲しいのかな?」
 マリエッタがにひひ、と笑いながら言う。「もう、からかわないでください!」とフィリシアは赤い顔で答えた。
「ですが、その、夫婦が待ち受けていたという玉座、そこに、彼女が――アーシャル・マクレーンがいるという可能性は、高いでしょう」
 さゆみは冷静に言う。
「玉座……そんな立派なものがあるの?」
 マリエッタが尋ねる。
「玉座と言っても、ただの岩で出来た椅子みたいなものでありますよ。自分で作ったものだと思われます」
 吹雪が答える。
「前に来たときは、つよーいモンスターと戦う目的が達せられなかったからね。今回は確実にいるのよね……『蜃気楼』が」
 セレンはにやりと笑みを浮かべて言う。
「セレアナ、やるわよ。この格好が伊達じゃないことを証明してやるんだから」
「格好は関係ないでしょう……」
 セレアナが息を吐いて答えた。
「ゆかりさん、彼女は――アーシャル・ハンターズは、どうなるんですか?」
 玲央那はゆかりと並ぶようにしてそう尋ねる。
「どうって……まあ、確保するのは当然よね。これ以上の凶行を、重ねさせるわけには行かない」
 ゆかりは答える。
「それに……やっぱり真相も知りたい。彼女が起こした数々の事件、そこまでして、彼女が本当にやろうとしたことは一体なんなのか」
「それは……私も、同じ気持ちだわ」
 玲央那は少し沈んだような表情で言った。
「………………」
 そんな玲央那を、ゆかりは静かに見つめる。玲央那は、彼女の行為が100%の悪意に満ちたものだとは考えられない、ひとつの考えを持っていた。ゆかりもそのことをわかっているのか、軽く玲央那の肩を叩く。目が合うと、ゆかりは静かに笑みを浮かべた。玲央那も軽く笑みを返す。
「どちらにせよ、彼女の話を聞くべき。それはわかっています。決着をつけるためにも、進みましょう」
「……ええ」
 そして、二人して頷いた。
「モンスターが、その夫婦がいることでぴりぴりしていた、と言ったな」
 最前線を歩いていた、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が立ち止まって声を上げた。
「あんなふうにか?」
 ジェイコブが掲げたライトが、洞窟の先を照らす。
「さっそく来ましたね」
 ゆかりが険しい表情で言う。
 洞窟内に生息しているものなのか、クモやサソリのような大型の昆虫のようなタイプや、ゴブリンタイプの二足歩行タイプ。さまざまなモンスターが、こちらに向かってのそのそと歩いてくる。
「ずんぶんと、冷たい表情をしているでありますね」
 そのモンスターの異様な雰囲気を、吹雪は見事に一言で表現する。
「この感じ……カイザーとかと一緒か?」
 羽純が少し前に出て口にする。
「操られてるってこと!?」
 マリエッタが身構えながら言う。
「面倒ね……体力は温存しておきたいところなのに」
 セレンも言う。少しずつ迫ってくる怪物たちの前に、二人の人物が――ジェイコブとフィリシアが前に出た。
「ここは、オレたちに任せてくれないか?」
「ジェイコブ!?」
 セレアナが叫ぶ。
「奥へ進まなければ意味がない。しかも、出来るだけ万全の状態でな。消耗するのは少ないほうがいい」
「数が多いでありますよ、さすがに二人では……」
 吹雪も前に出ようとするが、フィリシアがそれを制した。
「ジェイコブの言うとおりですわ。わたくしたちで道を切り開く。みなさんは突破してください」
「フィリシア……」
 ゆかりは少しの間を置いて表情を変え、小さく頷く。満足したように、フィリシアは優しく笑みを返した。
「後ろは任せる、フィリシア」
「ええ」
「はあああぁぁぁぁ……でやああぁぁぁぁ!」
 ジェイコブは【軽身功】、そして、【神速】を使い、モンスターの群れの中へと走ってゆく。ゴブリンの振るった棍棒を避けつつ蹴りで弾き飛ばし、覆いかぶさってきたコウモリを掴んで振り回し、近づいてきたクモへと投げ飛ばす。
「いけっ! みんな!」
 そして叫んだ。ジェイコブの開けたわずかな道を、羽純を先頭に皆が駆ける。
「奥で待っているでありますよっ!」
「わかってますよ」
 しんがりの吹雪と軽く拳をぶつけ、ジェイコブは再び、モンスターの群れへと走ってゆく。
 サソリの尾を引きちぎり、もう一体のゴブリンへと投げつけ、飛んできたクモに【鳳凰の拳】をぶつける。二発目の攻撃を受けたクモが遠くまで吹き飛んだ。
 ちょうどそのとき、後ろにいたもう一体のサソリが、尾を使ってジェイコブの背に傷をつけた。ジェイコブの表情が歪む。
「【グレーターヒール】!」
 怯んだジェイコブを再度攻撃しようとするサソリを【ブーストソード】で切り刻み、ジェイコブを回復させる。ジェイコブは地面を一回転して立ち上がる。
 そんなジェイコブの目の前にいたのは、最初に蹴り飛ばしたはずのゴブリンだった。考えず、思い切り拳を振り回す。
 ゴブリンは大きく後ろに跳ねて避ける。さらに、すぐさま今度は前へと飛び、ジェイコブへ攻撃を仕掛ける。ジェイコブは屈んで避け、少しだけ距離を取った。
「あなた、あのゴブリン……」
「ああ」
 ゴブリンの体は、半分が削れ落ちている。
 カイザーたちと同じだ。アンデッド化している。
「ふ……死人にしては、なかなかセンスがいいじゃないか」
 少しだけ荒い息で、ジェイコブは呟いた。
「だが、この世でそのセンスを活かせなかったんだ……お前は所詮、死人ということだ!」
 ジェイコブは駆けた。その後ろを、フィリシアが続く。
 暗く、そして静かな洞窟内に、二人の声、そして打撃音が、洞窟の奥まで響いた。