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第4章 記憶と書名


「おぉぉぉっ」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)は、書庫の入口に仁王立ちして驚嘆の声を上げていた。
 入り口付近の一帯は比較的整頓や分類がなされていて、普通の図書館といった表情をしていた。
 整頓されている者もいないものも含めた蔵書の量は圧倒的なものがあった。
「そこにいると運搬の邪魔だから、こっちに移動しとけよー」
 書庫の奥から出てきた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が声をかける。彼と千返 ナオ(ちがえ・なお)は、クラヴァートから借りた運搬用カートに回収した古い書物を載せて押してきていた。
 作業をする広間には、すでに大量の本が置いてある。
 以前ここに来た時にも、かつみたちは幾らか蔵書を分類・整理していた。その分はすでに、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)が目録を作り始めていた。そこに、運んできた書物をかつみたちは持っていく。
「この辺は、特に嫌がったりとか移動するの渋ったりとかはしてなかった。ざっと見たところあんまり酷い破損もなかったと思う。
 でも、まぁ少し気を付けて見てやってくれ」
「うん、分かってるよ」
 かつみは振り向いて、一緒に来たノーンに、
「まぁこの辺で、修繕済みの本を読んでたら」
 提案すると、ノーンは素直に頷いて、部屋の隅に飛んでいった。
(わーいわーい、読むぞー読むぞー)
 修繕を終え、分類も目録への登録も終わった本が積まれてある。以前かつみたちがここに来た時には、彼らの通路作りに回ってしまって来館できなかったノーンは、目を輝かせてその蔵書を見回す。
 話を聞いて、ずっと本の閲覧に来たくてわくわくしていたのだった。
「おぉ……こんな古い書が……聞いたこともない書が……聞いたことはあるが実存するとは思ってなかった所まで……」
 うっとりとなるノーンだったが、ふと、思い出したように真顔になる。
(……そういえば、あいつが探していた本も、ここに有るかもしれないな……)
「どうした?」
 その変化に気付き、本を運んできたかつみが尋ねた。

 かつてノーンの持ち主だった人物が探していた本があった。それを思い出したのだ。

「……。なんてタイトルだ?」
 かつみに問われて、ノーンが答えると、かつみは頷いた。
「気をつけて見ておくよ」


「……ということだから」
「分かった、私も注意して見ておくよ」
「俺も探す時、気を付けてみます。見付かるといいですね」
 かつみから伝えられてエドゥアルトとナオも頷いて請け合った。
 3人が見つめる先には、広間の壁に凭れ、幸せオーラ全開で分厚い書物を開いて読み耽るノーンの姿。
 広間で作業する他の契約者たちが書物のために歌う幸せの歌と相俟って、この部屋の空気をほんわりとさせる元のひとつと化しているかのようである。
「あ、これ」
 エドゥアルトが、手元の本を見て小さく呟いた。
 それには、かつみが付けた付箋紙がある。中身は、数字と記号しか書いていないのかと思われるような、古代の高等数術の研究書だが、最後の奥付のページがぐちゃぐちゃになっていて、丸と花のような落書きがしてあった。
「あぁ、それ」
 かつみとナオは書庫から本を運び出す方に徹し、汚れや破損はエドゥアルトがまとめて直す、という役割分担だが、もしその破損などを書物がそれを残しておきたいと言えば、エドゥアルト渡す時にに付箋紙で申し送りすることにしていた。
(タイトルが同じ本は複数あるけど、その本だけにしかない持ち主との思い出があるかもしれないもんな)
 ただの破損や汚れや摩耗ではなく、書物にとってそれが、かつてあった持ち主との絆を示すものだったりすることもあるだろう。同じ内容、同じタイトルの本も、手にした人の違いで別々のドラマを刻み込まれる。
 今エドゥアルトが手にしているその本の落書きは、かつての持ち主の幼い子供が描きこんだものだという。いかめしい数術書同様、いかめしい学究肌の博士が持ち主だったが、何も分からぬ幼い息子が無心で書き込んだ落書きを、気付いていながらそのままにするようなところがあったのだと、その書はどこか懐かしげに語ったのだった。
「――なるほど。じゃあ、落書きだけはそのままにしておくよ」
 エドゥアルトは呟いて、本の山からその1冊を除けておく。
「頼むな。他にもそういうのがあったら、付箋つけとくから」
 ノーンも落書きされたページが本体だしな。
 かつみはそう呟いて小さく笑った。
 本も持ち主も、現実の世界からは失われてしまったものかもしれないけど、そのような思い出の形が残っているということを、大切にしたいと思った。

 エドゥアルトは、古びて表紙やページの端の千切れた本たちを並べると、【命のうねり】をかけて活力を与える。
 ノーンはひとり、楽しそうに読書に耽っている。前回はいきおい置いてけぼりにしてしまった格好だし、利用者登録したことでクラヴァートから貰った登録カードを手にしてからずっと、親に遊びに連れて行ってもらう日を待つ子供のように「まだ? まだ?」と楽しみにしていたのだ。念願かなった彼を、まぁ今回は好きにさせてあげようと、かつみは部屋を出るため背を向ける。
(その分俺が働くか)

 かつみとナオは再び地下書庫へと向かった。



 その頃、ソーマは北都に頼まれた通り、地下書庫を、本に詳しそうな蔵書を【博識】も使って探して歩いていた。
「――なるほど、虫に関する本なのに植物の記述も結構詳しいな」
「そりゃ旦那、草と虫は切っても切り離せないから」
 書の何だか軽い口調がひっかかるが、寄る年波でページが黒ずんで痛いというので、
「旦那、って何だよ。……ほらよ」
 【命のうねり】でその虫に関する本を簡単に直してやった。
「やー有難い、助かったよ旦那」
「だから旦那ってやめろっての。それで、庭まで行ってくれるか」
「自力でですかい? おいらぁちょっと自力は無理だな、移動はいつも司書さんに運んでもらうからよ」
「……お前もかよ」
 ソーマははーっと溜息をついた。
 蔵書の魔力には個人差があるらしく、ソーマに頼まれて素直に書庫を離れ庭に向かえる者もいれば、自力での移動はちょっと……という本もある。現にソーマは今、北都の期待に応えられそうではあるがそのように地力移動が難しいという植物関係の本を3冊ほど抱えて、どうしたらいいかと困っている。
「旦那に連れてってもらうわけにはいかねえんですかい?」
「何度言ったらわかんだよ、旦那はやめろ。俺はだな」
 そこに、ソーマにとっては良いタイミングで、カートを押したかつみが通りかかったのだった。

 彼が蔵書修復の作業をしているらしいのは分かったので、「おーい、ちょっと」とソーマはかつみを呼び止め、訳を話してそれらの本を、修復する本を運ぶついでに書庫外まで運んでほしいと頼んだ。
「庭? あぁ、薬草園を造ってるとか言ってたな。そこに持ってけばいいんだな。分かった」
 かつみはあっさり了承して、押していたカートの空き場所に言われた植物関係の本を載せた。
「助かったよ。ありがとな」
「それはいいけど、あんたは戻らないのか?」
 かつみに訊かれて、ソーマは少し視線をずらしながら、
「まだもう少し、薬草関係の本を探すつもりなんでな」
 と答えた。かつみはふうん、そうかと、それ以上別に深く詮索もせず、カートを押して本を探しに離れていった。

「……ふう」
 ソーマは安堵して一息ついた。
 何故自分で連れ帰らないのか。それにはちょっとした事情が……
「ほっほっほ、道に迷いなすったか」
「迷ってねぇよ!」
 安堵したところ降ってきた――文字通り高い場所から「降ってきた」その言葉に、思わずソーマはムキになって言い返す。
 方位磁針に似た不思議なエンブレムを表紙と背表紙につけた古びた書が笑っている。
「書庫の出方が分からぬか、庭への道が分からぬか? 道違えのまじないを授けようか?」
「余計な世話だ。てか、お前何なんだ?}
 手を伸ばして棚から取り出し、癇に障る笑い方をするその書を取り出して中を確認する。
「――『方角結界術論理』?」
「ほっほっほ、まじないは嫌いかの。言っておくが、呪いなんぞとバカにするもんじゃないぞえ。
 わしに記述されたる術は、いかなる場所においても用途のある、重宝される結界と方位の術ぞ」
 方角結界術論理はそう言って笑い、続けた。

「何しろこの図書館においてすら、わしの結界術を求めてきた若いのがおったくらいでの。
 血気盛んな奴らで、何事かぶち上げる気満々じゃったわい」

 楽しげに笑う書を、ソーマは何か引っかかったような目で見た。