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ロウソク一本頂戴な!

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ロウソク一本頂戴な!
ロウソク一本頂戴な! ロウソク一本頂戴な!

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■ 3日目(4) ■



 シャンバラ教導団、官舎。
 今回は特別中の特別と一行は、案内される。

竹に短冊七夕祭り 多いは嫌よ ローソク一本頂戴なー くれなきゃ顔をかっちゃくぞー

「新居とは聞いたが……官舎だな。当然と言えば当然なんだろうが」
 勿論、階級に即した建物ではあるが。
 子供達の歌を聞きながら破名は隣りのキリハに囁いた。
「クロフォードは本当にこの系は苦手ですね。変な顔しないでくださいよ。失礼に当たりますから」
 個人の交流は然程感じないが、いざ中に入ると緊張するらしい。呼ばれた側であるので粗相は駄目ですとキリハは釘をさした。
「元気ねぇ。いたずらされるのは困るわ」
 流石に半開きにはできず、閉められた玄関が開かれると、そこには浴衣姿の美人が二人、出迎えに現れた。
 薄い水色の地に金魚や花などを描いた華やかな色彩が目に楽しいセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、白色の生地に藤の花などを描きこんだ控えめに大人しくも品を乗せ置くことは忘れないセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)、魅せつけることを何よりも体が覚えている二人の着こなしは、見事であった。
「忙しいだろう? イベントに付き合ってくれて、ありがとう。礼を言う」
「クロフォード! 違うわ、もっということがあるじゃない!」
 変わらぬ破名に、二人をぽーっとした顔で見ていたシェリーが声を張る。
 言われて、破名はハッとした。
「ああ、すまない。遅れたが、結婚おめでとう」
「違うわ!!」
 シェリーに「え、違うの」と破名は勿論、セレンフィリティ、セレアナの両者も驚く。
「こういう時は浴衣姿も似合うねっていうのよ!」



 時に、シェリーは過酷な事を言う。美醜もわからない破名に褒めの言葉が浮かぶわけもない。
「あまり楽しい物は置いていないけど、時間の許す限りくつろいでいってね」
 煩くないのに華やかな包装は、セレンフィリティの仕業だろう。作業していたのを見たことがある破名は形が整っているなと眺めては思う。
 開けるのが勿体無いとラッピングを見せ合う女子とは別に、この場で食べなくても中身が知りたい男子は早々にリボンを解いていた。
 出されたお菓子は市販されているのを数種類お楽しみ袋の用に詰められている。
「やっぱりお店のお菓子って物足りなくない?」
 お菓子は手作りするのだと例の如く意気込むセレンフィリティを思い止めたセレアナは、パートナーの不満気な呟きに「そんなことは無いわ。何より、子供相手でも私が嫉妬して雰囲気を壊してしまうほうが嫌よ」と囁く。
「って何やってるの、セレン」
「シェリーが泣くくらい感動してたから、他の子もよろこぶかなーって」
 どこから入手したのか。シェリーが余りのおいしさに感涙した伝説のチョコレートバー(※とても不味い)を手に持つセレンフィリティにセレアナはぎょっとする。
「や、やめてあげて!」
 突然騒ぎ出した二人に子供達の注目が集まった。
 勿論、速攻でチョコレートバーが発見される。
 あとは、ご想像通り、という奴か。
 落ち着いた頃に、用意した笹に、願い事を書いた短冊を括りつけて、再び歌を歌った。
 何人かが口に残る味にまだ涙している。



…※…※…※…




 大荒野、孤児院『系譜』。
「悪い子はいねがー」
 ヒラニプラ郊外にあるルカルカ・ルー(るかるか・るー)の自宅を子供達が襲撃し終わったと思ったら、孤児院に帰宅直後にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と共に襲撃され返された。
 ちなみにその第一声は地球の日本、東北地方のナマハゲが放つ発言だ。七夕となんら関係がない。
 なりきりたいむちゃんセットと耳でたいむちゃんの服着たルカルカとポムクルさん達。
「皆で一緒にお菓子をたべるのだー」
「持ってきたのだー」
「よろしくなのだー」
 家に帰ってからも、七夕の賑やかさは続くようだ。



 用事があるからと応接間に移動した破名に着いてきたダリルは後ろ手に扉を閉めた。
「破名、本当に大丈夫なのか? 俺が診てやろうか?」
「診てどうする? 俺は病人じゃないぞ? 診るだけならセクハラと同じだ」
 気を回したマザーが置いてくれた手紙をテーブルから拾い上げた破名は、差出人を確認する前にテーブルの上に置き戻す。
 悪魔的な表情で笑われて、ダリルは真面目な話をしているんだ、と顔を硬くした。
「笑い事じゃない」
「何度も言わせるな。脳が潰れなければ大抵は平気だ。これでも俺は再生できる類だし、何の為の生体装置だと思っている。自分のメンテナンスくらい自分でできる」
「じゃぁ、脳が潰れたら終わりなんだな? 何度も繰り返し言っているということは、それがいつ起こるか自分でもわからないって事だろ? しかもその確立はかなり高い!」
「……そこま――」
「沈黙が挟んだな」
 ダリルが切り込む。
「俺は破名、お前のメインプログラムの設置再起動(インストール)を手伝ったことがある。内容は覚えていないが、感触は今でも鮮明だ。
 俺はあの負担にいつまでも耐えられるとは、どうしても、思えない」
 気絶からの回復が早くなったと聞いて、逆にダリルは不安を覚えた。一ヶ月二ヶ月は必要とされたのが数日で済むようになったのだ、破名は自分で自分を何とかできるという。その『何とか』は破名のどこを使用して成されるのか。ダリルは回復が早くなったイコール負担が減ったとはどうしても考えられなかった。
「ならば、ダリル。お前は俺を新たに開発できるとでも言うのか?
 確かに設置、再起動、最適化、再起動と短いスパンで内容はガラリと変わった。調整が必要なのも認めよう。精度も馬鹿みたく増して、暴走気味だということも腹立たしいことだが認めよう!」
 破名の目が紫から銀色に変色した。
 ダリルの周囲に銀色の文字が浮かび、主張するように明滅する。
「しかしそれを指摘できて、お前は今見える文字の一文字でも読めるか? 手を挙げて指で触れるか? 権限もない状態で動かして新しい文字列を組み上げられるか?」
 そして、ダリルの視界が真っ白になった。
「それが俺に組み込まれた『楔』の全貌だ。これを診てダリルは何ができる?」
 全貌と言われても、何も見えなかった。
 白く塗りつぶされるほども膨大な文字の重なりに、その陰影すら見えない。
 ダリルの視界に色が戻る。破名の目も元の色に戻っていた。
「あと、ダリル。
 同じ手に二度も引っかかるな」
 片手を口に当てて、笑いを堪える破名にダリルは気づいた。話の展開が、孤児院を改装する時に交わした会話の時と似ている。破名が逃げる時に使う手法だ。
「……からかったな?」
「まぁ、遊びに来てくれたんだ、ゆっくりしていってくれ」
 喉を鳴らして笑いながら破名は必要なものを手に取り別室へと移動した。
「ああ……流石に我慢できなくなったようですね」
「我慢?」
 入れ違いに様子を見に来たキリハ(気になったのだろう、ルカルカも一緒だ)にダリルは顔を向ける。
「今日一日皆さんに気にかけて頂いたのですが、こればっかりは純粋な好意として素直に受け取れないみたいなのですよ」
「どういう意味だ?」
「前に本人から聞いたと思うのですが、自分を『診れる』のは自分か、自分を担当する『研究者』だけです。クロフォード自身は本能からその研究者を求めている事を自覚してます。
 転んで出来た擦り傷に絆創膏を貼ろうというだけの言葉が、あの人の中では『お誘い』として変換されるんですよ。どうしても『期待』してしまうんです。でも、今はそんな期待を持ってはいけないと――どちらにしろ、出来ないでしょう?――だから、律しているみたいで、
 結局は、はぐらかす方向で話題を誤魔化してしまいお礼も言えず、もどかしいみたいです」
 自分の欲に弱い人ですから、とキリハは両肩を竦める。
「俺は相談に乗るぞ?」
「ガイザック。あの人は全く気づいていませんが、どうか憐れまないで下さい」
「キリハ。それは違う。俺は破名を理解しているから……」
「では尚更……ガイザック、そのままでは貴方はあの人にからかわれるだけですよ。
 私は従う者です。そして、あの人は従わせる者です。私と違い、自由意志を許されている。縛られる理由が無いのです。委ねているのはあの人の意思であり望みだというだけです。最初から選択できる立場の人なんです。
 だから、どうか、どうぞ憐れまないで下さい。あの人はまだ自分の役目を終えていない」
「キリハ……」
「破名・クロフォードは悲観しません。悲しむことも、また、怒ることもしません。慰めを求めるような性格でもありません。確かに気丈ではないですが、先に呆れがくるような人です。
 ガイザックが気にかけていただけている、それだけで十分です」
 いつも感謝しています。とキリハは続ける。
「私達はこの世界を……時代を知りません。だから、それを教えてくださるだけで、十分なのですよ」
 理解し寄り添い慰めるというのがダリルの目的なら、それが一番の近道である。
 計画の凍結を宣言し周りに目を向けられる余裕が持つことができた破名は、むしろこれから知ることだろう。
 破名は存続する未来を求める者達の一人でもあったのだから。
「ねぇ、それって?」
 会話に入ってきたルカルカにキリハは少しだけ考える様に視線を落とし、すぐにルカルカと目を合わせた。その真面目な表情は、にこり、ともしない。
「あの人を安心させて下さい」
 少しでも不安を覚えれば実験を再開させるだろう。実際一時期焦って強引に推し進めたこともあった。何も知らないから不安に駆られる。だから、世界を教えて欲しい。
 救いのヒントは、答えを導き出すよりも、単純明快であった。
 平然と契約者を脅すキリハに、からかわれて席をはずさないようにされるのはどうするべきかをダリルは苦笑しつつ考える。
 わかったことは、今この時代で生きて会話ができるという――立場は対等である、ということ。