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一会→十会 —鍛錬の儀—

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一会→十会 —鍛錬の儀—

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【潜むものたち・2】

(この霧は……自然現象ですか。流石、妖怪の住まう山だけはありますね)
 白く濁る視界に、富永 佐那(とみなが・さな)はしかし、落ち着いていた。こういう時に焦って動揺することこそが、最も危険を招くと知っていたからである。
「佐那さん!」
 すぐにエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)が追い付いてきた。佐那は自身をスヴェトラーナとエレナ・ソフィアの中間に置き、双方を見張っていた。
「霧でスヴェトラーナさんの注意を逸らされましたが……大方の予想は付きます。妖怪の仕業で先頭組が分断されていることも」
「佐那さん、では私達は先頭組に合流を図りますか?」
 エレナの言葉に、佐那がそうね、と頷いた。……だが移動しようとした彼女らの足元を掴む妖怪が迫っていた。
「出番みたいだよ。遊んであげて?」
 しかし、この妖怪へはソフィアが対策を講じていた。自身の傍に影に潜む者たちを忍ばせておいたため、妖怪はそちらを標的とした。傍から見ると漆黒の犬や猫がじゃれ合っているようにしか見えない。
「この機に仕掛けてくるのはまあ、予想するまでもないわね。次はどの妖怪が出てくるのかしら――」
 佐那が呟いた直後、視界に炎が出現した。もちろんただの炎ではなく、狐火と呼ばれるそれは爆ぜるようにして強烈な光を見舞った――!
「ここは私が!」
 エレナが進み出、光を葉っぱで作った即席のシールドで防ぐと同時に、狐火をその葉っぱで包み込んでしまう。ポム、と可愛げな音がして炎が消え、エレナはふぅ、と息を吐いた。
「油断は禁物よ、エレナ。今度は大勢でやってきたわね」
 佐那の忠告にエレナ、ソフィアが振り向けば、無数の金玉が降り注ぎつつあった。一発一発はそれほどの威力でもないが、次々と当たれば相応にダメージを受けるだろう。
「触れると金運がアップする……ねぇ。これ以上アップしようものなら世界を牛耳れるかしら」
 冗談を口にしながら、表情は興味が無いといった様子で佐那は地面を蹴り、軽やかな動きで躍動する金玉を蹴り飛ばした。着地の隙を狙うように飛び交う金玉を避けながら、自身の格闘センスと彼女の動きを補う装備でもって迎撃を続ける。
「落ち着くまではここで待った方がいいですね」
「うん、ジナマーマなら大丈夫」
 ソフィアが投擲したフラフープのような装備が、エレナとソフィアを囲うようにして、飛んでくる金玉を弾き飛ばす。その弾かれた金玉は諦めずに飛び上がろうとして、佐那の振り抜かれた脚に蹴り飛ばされ動きを止めた。そんな光景をしばらく続けていると、やがて金玉の襲撃も収まり、ようやく辺りに静寂が訪れた。
「さあ、行きましょう」
 佐那の言葉にエレナとソフィアがそれぞれはい、と答えて、一行は他の者達と合流を図るべく移動を開始した。


「まずい!」
 平太たちを遠くから見守っていた麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)は、次第に視界が白くなっていくのに気付き、駆け出した。
 後方にいた飛鳥 馬宿馬口 魔穂香に追いついた頃には、すっかり前が見えなくなっていた。
 その時、上空の強風に煽られて、ブラックダイヤモンドドラゴンに乗っていた十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が真っ逆さまに落ちてきた。
「大丈夫か!?」
 由紀也が声をかける。ああ、と宵一は頷いた。
「これは妖怪か、それとも『君臨する者』の仕業か?」
「これだけでは分かりかねるな。……それよりも気がかりなのは、君と同じように乗り物に乗っていた者たちの行方だ」
と馬宿。
「先に行ったが、どうかな、同じようにやられてるかもしれないな」
 宵一は見上げながら答える。とたん、上空から何かが落ちてきた。宵一のように人ではない。無数の、小さな塊だ。
「絶零斬!!」
 和泉 暮流(いずみ・くれる)が剣を振るった。が、凍りついた塊は塊でしかなく、瀬田 沙耶(せた・さや)の頭部を直撃する。
「何をしているんですの!? 暮流!」
「い、いや、ちょっとした間違いです……」
 紗那は暮流を怒鳴りつけたが、かく言う彼女も、この塊への対処法を持たなかった。羽を出せば攻撃される範囲が広がるし、狙い撃ちするには的が小さすぎる。
「俺に任せろ!」
 宵一が皆の前に飛び出し、両手を大きく広げた。プロボークで全ての攻撃を一身に受ける。
「今の内に……行け!!」
「分かった!」
 馬宿と魔穂香、由紀也たちは駆け出した。とにかく山頂へ向けて。――なるほど、スキルを使うなというのは、こういうことかと馬宿は思った。



 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は、スヴェトラーナが先頭と聞いて嫌な予感しかしなかった。アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)と共に、ひたすら後を追った。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はスカーに跨り、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は、飛空艇でサポートすることにした。木々に阻まれ、ロアからはグラキエスらの姿は全く見えなかったが、端末ビーコンを頼りについていく。
「何だ……?」
 気が付けば、眼下の木々は真っ白な霧に覆われている。この山に時折、霧が出るという情報はあったが、これほどとは思わなかった。エンドの身が心配だ――何とか連絡を、と思った瞬間、強風が襲い掛かってきた。
「しまっ――!!」
 後方からドラゴンの鳴き声が聞こえたが、ロアも飛空艇が引っ繰り返りそうだ。どうにかこうにか体勢を整えたが、その時には自分の位置も、グラキエスたちがどこを歩いているかも分からなくなっていた。携帯ビーコンの調子も、今一つよくない。
「何てことだ……」
 ロアは青ざめ、仲間たちがグラキエスを守ってくれることを祈った。


 周囲を霧に包まれたウルディカが真っ先に考えたのは、スヴェトラーナに追いつかねばならない、ということだった。自然、歩みが速まる。
「ウルディカ?」
 グラキエスの声が耳に届いたが、それより何より、急がねばならない。グラキエスとアウレウスは、慌ててウルディカを追う。
 周囲の景色どころか足元すら危うく、何度か転びそうになったが、その度に手を突いて素早く立ち上がった。そうして十分ほど走った後、突然、
「きゃっ!!」
 どしんっ、と音と叫び声がして誰かが倒れた。そこでようやく、ウルディカは立ち止まった。
「ウルディカ!」
 スカーに跨ったグラキエスはけろりとしているが、アウレウスは汗だくだ。そしてウルディカも、
「何だ――?」
 膝ががくがくと揺れ始めた。ウルディカは両手で抑え込もうとするが、震えは止まらず、遂に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
 結和がウルディカに手を伸ばした。ぶつかったのは、どうやら彼女であったらしい。鼻が赤くなっている。
「これは――『いそがし』ですね、きっと……」
「いそがし?」
 一緒に引き返してきたスヴェトラーナが怪訝な顔をする。
「この山にいる妖怪です。憑りつかれると、物凄いスピードで動けるようになるらしいです……けど、離れると一気に疲れるそうです……」
 ウルディカは呆気に取られた。確かについ先程までは何ともなかったのに、今はまるで、一昼夜フルマラソンを走り切ったかのような疲労感だ。結和はウルディカの足を擦りながら、しばらくは歩けないだろうと言った。
「すまない…………」
 まんまと騙されてしまった事や、スヴェトラーナの前で醜態を晒してしまった事から目を反らしてそう言うウルディカに、スヴェトラーナはなんでもないと微笑んで首を横に振り、周囲を見てから嘆息した。
「どの道、みんなを待たないといけませんしね」
「ああ。しかしこの視界の悪さで、果たしてアッシュたちと合流できるのだろうか」
 グラキエスは心配げな声音でスヴェトラーナに答えるのだった。