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一会→十会 —鍛錬の儀—

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【潜むものたち・3】


 孤立化したことに気付いたとき、まず平太がパニックに襲われた。
「どどどど、どうしましょう!?」
「落ち着きなさい」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は平太の後頭部に手刀を叩き込んだ。――もちろん、力を抜いて。
 それでもダメージは大きかったようで、平太は頭を抱えて蹲った。
「何のためにあたしたちがいると思ってるの?」
「私たちが周りを固めるわ」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、『絶望の旋律』を抜いた。「敵が来たら、その隙に――とか言っている内に来たようね」
 ずしん、ずしんと地響きを立てながら霧の中から現れたのは巨大な熊だった。セレンフィリティたちを見下ろしながら、じろり、と睨めつける。
「……見つけたぞ」
 腹の底から響くような声だ。喋るんだ、とアッシュは驚いた。
「……貴様だ」
 鬼熊はその毛むくじゃらの手を伸ばした。――と、平太がそれを弾き返す。
「汚い手を向けるんじゃない」
「武蔵!?」
 セレアナは唖然とした。いつの間に入れ替わったのだろう?
「なに、つい先程、そこな小娘が頭を殴ったろう?」
「確かに殴ったけど……」
 かなり力を抜いたはずだ。それで気絶でもしたのだろうか?
「弱い……弱すぎる……」
 セレンフィリティは嘆息した。
「過日の恨み、晴らさでおくべきか!!」
 鬼熊は振り上げた腕を、叩きつけた。平太(武蔵)はひらりと避けるが、今までいたその場所の土と木が吹き飛ぶ。
「……なんか、すごい恨まれてるみたいだけど」
 アッシュが非難の目を向ける。
「武蔵! 何やったの!?」
「なに、小僧が気絶したときに、ちょいと遊んでやっただけよ!」
 あっはっはと笑う平太(武蔵)に悪気は全くなさそうだ。
 鬼熊には戦術も考えも全くないようで、とにかく馬鹿力で周囲を壊しまくっている。
「このままじゃ先に進めないぞ!」
 アッシュの叫びに、平太(武蔵)がにやりと嗤う。
「道を塞ぐ者があれば、蹴散らすのみ!!」
「バカ言ってないで先に行きなさい!」
 セレアナが銃を構える。今の自分にどれほどの「絶望」があるか分からないが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
「ほら、先行って!」
 セレンフィリティが、平太(武蔵)のケツを蹴飛ばす。
「そりゃないだろう!? せっかくの機会をむざむざ逃せるか!!」
「その通りです!」
 同意を示したのはポチの助のみだった。ニケとジブリールが平太(武蔵)を羽交い絞めにし、ダリルとベルクが彼の足を持つと、四人でその場を駆け出した。
「ちょ――!?」
「ほらアッシュも!」
 ルカルカに促され、何が何だか分からないまま、アッシュも走り出す。
 鬼熊が追おうとするが、セレンフィリティ、セレアナ、フレンディスがさせじと回り込んだ。何とか殺さず、気絶するに留めようと彼女たちは考え、セレンフィリティが『希望の旋律』を抜いた。
 平太(武蔵)の怒鳴り声が遠くなる中、セレンフィリティは致命傷を与えないよう、鬼熊に斬りかかった。

(むぅ、巨大な熊が行く手を阻んでいる!)
 コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の視界に、巨大な熊、鬼熊とその異形を無力化しようと奮闘する契約者が映った。
「あちゃー、見事にとおせんぼだね。一匹で三人も足止めさせてるってなかなかね」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)の指摘通り、妖怪はこの鬼熊一人ではないはずで、その状況で三人もこの場に留まるのは非常にまずい。
「通せんぼをしているとはいえ、力づくで排除するのもな……。
 む、ならばこの方法はどうだろうか」
 そう口にしたコアが、鬼熊を囲むように円を地面に描く。何をするつもりなのかと首を傾げるラブの前で、コアは円をまたぐ際に大きく踏み込み、地面を揺らしながら腰を低く落として鬼熊を見据えた。契約者と鬼熊の注意が、コアへ向く。
「鬼熊よ、私の挑戦、受けてくれるか!」
 放つ声、そして立ち昇らせる闘気は、鬼熊の興味を確かに惹いた。
「……面白い。いいだろう」
 先程まで自分に向かってきた契約者を完全に無視し、コアのみに意識を注ぐ鬼熊。彼をここで打ち倒すべきか契約者が悩んでいると、ちょんちょん、とラブが彼らの肩をつっついて道の向こうを指しながら言った。
「ほらほら、今なら道思いっきり空いてるから、先行きなさいって」
 確かに、今ならここを抜け出し、アッシュと平太に合流が可能だ。契約者たちは頷くと、鬼熊から離脱するように駆け出した。
(普段パワー系力技しか出来ないハーティオンにしちゃ、いいんじゃない?
 あたしも行司の真似事して、付き合ってあげる♪)
 契約者が十分距離を取ったのを確認して、ラブが鬼熊とコアの間に移動し、声を挙げた。
「さあ、どっちも見合って!」
 その声を合図として、鬼熊も腰を低く、コアを睨みつける。
「蒼空戦士ハーティオン! 発気揚揚(ハッケヨイ)!!」
 両手を拳に、地面に付け、神経をその一瞬に研ぎ澄ませる。
「のこったー!」
 ラブの声で、まずコアが猛然と突撃する。遅れる形になった鬼熊だが、コアの突撃をその巨体でがっしりと受け止めると、腰を掴んで地面から引き剥がそうとする。
「ぐ、ぐおおぉぉぉ!!」
 持ち上げられまいとコアはさらに気合を入れ、胸のハートクリスタルも強く光を放つ。そのまま両者微動だにしない時間がしばらく続いた。
「のこったのこったー! どっちが勝っても……あー、コアが負けたらあたしも巻き込まれそうだからやっぱりコアが勝ってほしいなのこったのこったー!」
 本音を漏らしつつ行司を務めるラブの見守る中、鬼熊とコアの根比べが続く。
「ぬぅぅ……! 勇者は……屈さぬ!」
 コアの立っていた地面が陥没し始め、それと同時に今まで攻勢に出ていた鬼熊の身体が、コアによって持ち上げられつつあった。
「な、なん、だと――」
 焦りを滲ませた声を漏らす鬼熊、そして――。

「とおおおぉぉりゃああああぁぁぁ!!」

 上体を逸らしながら、コアが鬼熊を上空へ投げ飛ばした。空中で半回転した鬼熊は頭から地面に叩きつけられる。
「ぐふっ……み、見事……」
 コアへの賞賛を漏らし、鬼熊ががくり、と意識を無くす。
「勝者、コアー! ……ふぅ、思わず見入っちゃったわ。お疲れさま、コア」
「ありがとう、ラブ。これは私一人の勝利ではない、皆の勝利だ。
 さあ、先を急ごう…………むぅ」
 労いの言葉をかけられたコアが先へ歩こうとして、今自分が思い切り地面にめり込んでいる事に気付く。
「……すまないが、引っ張ってもらえるか」
「はいはーい……って、無理に決まってんでしょ!? どーすんのよコア、これじゃ頂上まで行けないじゃない!」
「そ、それは困るぞ! ぐ、ぐぬぬぬぬ……」

 ――その後四苦八苦しつつ、なんとか地面から抜け出す事に成功したコアであった。