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寝苦しい夏の快眠法

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寝苦しい夏の快眠法
寝苦しい夏の快眠法 寝苦しい夏の快眠法

リアクション

 心無しか暗い空の下に広がる廃墟のような町。

「ここはどこだ……俺は部屋で休んでいたはずだが」
 見知らぬ場所に立つグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は首を傾げていた。なぜならつい先程まで夏場の暑さにやられて体を休めていたはずが気付いたらこの有様。
「……とりあえず、歩いてみるか」
 グラキエスはひとまず町を見て回る事にした。現在地の情報が何か手に入るかもしれないからだ。

 しばらく歩き回った後。
「……廃墟のように見えたが、所々に稼働している機械がある……」
 完全に死んだ町かと思いきや微かではあるが、そうではなかった事が明らかとなった。
「……しかし、一体どういう事だ……何かによってここに来たのは明らかだが……」
 判明したのは町にいる事、何かによってここに連れて来られた事くらいでそれ以外の事は全く分からない。
「……さて」
 これから見知らぬ場所でどうしたものかと考えていた時、安心を与える聞き知った声が背後からした。

「……ここか……間違い無く俺の夢だな」
 ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)は広がる世界を知った様子で見ていた。蝕まれ希望の欠片も感じられない世界。
「……まさか夢とはいえ、再びここに戻る事になるとはな」
 ウルディカが救わなければならない自身が生まれた未来世界。
「……ともかく捜すか……いるかどうかは分からぬが」
 いつまでものんびりと景色を眺める事はせず今一番の目的を果たすために動き出した。自分の夢に捜し人が入り込んでいるかどうかは分からぬが。

 しばらく捜索をした後。
「……あれは……俺の夢に迷い込んでいたのか」
 ウルディカは、散策の結果立ち止まり考え込んでいるグラキエスを発見した。
 そんなグラキエスの姿を見て
「余計な事に考えが及ぶ前にさっさと連れ出さなければ」
 ウルディカはこの町の景色が自分の未来世界、グラキエスが災厄となり蝕まれた世界だとグラキエスが知ったら傷付くかもしれないと思った。
 そして
「エンドロア」
 声をかけながら近寄り、無事に再会を果たした。

 二人再会後。
「……ウルディカ、あなたもここに来ていたのか」
 グラキエスはウルディカを明らかに安堵の様子で迎えた。見知らぬ場所なので尚更である。
「あぁ、お前の枕に妙な札が挟まっていて何事かと追って来たがどうやら正解だったようだな。ここは……俺の夢だ。特に何の意味もないただの景色だ」
 ウルディカはグラキエスを一刻も早く連れ出したいという思いを隠していつもと変わらぬ口調で状況説明を始めた。
「……札に、夢……もしかしてあの双子また夢札を作ったのか。しかし、俺は使った覚えがないのだが」
 札と夢という単語からグラキエスは以前使用した双子が作製した夢札に考えが至った。前回どんな夢を見たのかは忘れたが夢札を使用した事実は覚えているので。
「それは、お前の隣で寝いていた悪魔が知っているはずだ。大方奴が夢に誘ったんだろうが、奴を捜すぞ」
 こちらに来る前に見掛けた事を話すやいなやグラキエスのために一刻も早くここを離れたいウルディカはこれ以上グラキエスが余計な物を見たり考えたりしないよう腕を引っ張って急かした。
「……待てウルディカ、そう急がなくとも……何かあるのか?」
 何も知らぬグラキエスは唯々ウルディカの急かしぶりが気になるばかり。
「いや、何も……」
 何も無いと答えここを離れようとした時、ウルディカは何か後ろ髪引かれるものを感じて背後を振り返った。
 その先、離れた場所にぽつんと人影が佇んでいた。
「……(あれは……間違い無い……彼女だ。なぜ、いや問うのは愚かだな。ここは俺の夢。いてもおかしくはない)」
 ウルディカには何者か分かっていた。最初のパートナーであった女性だと。自分が殺めてしまった人だと。
「ウルディカ、どうした?」
 様子がおかしいウルディカを心配するグラキエス。
 その問いは人影を瞳にとららえたウルディカの耳には届いていなかった。
「……未練がましくてすまん。お前の願いは必ず叶える」
 ぽつりと彼女につぶやいた。願いとは形見のイヤリングと共に託された“幸せになって”というもの。忘れてはいない。
 しかし、今優先するべきは
「ここから出るぞ」
 グラキエスを自分の夢から出す事。
 ウルディカは前を向き、グラキエスを連れてこの場を離れた。もう二度目は振り向かなかった。

 燦々と降り注ぐ夏の日差しの下に建つ趣のある東屋。

「……困りましたね。あちこち捜しても見つからないという事は誰かが余計な事をしたのかもしれませんが……」
 エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は軽く息を吐いた。ここに来て隣にいるだろうと思っていた者の姿が見えず、先程散々周辺を捜しても状況は変わらなかったため何か邪魔が入ったのではという考えに至った。そのためひとまず捜索はやめて今はテーブルに設置されているティーセットに冷温様々の食べ物飲み物を用意した。時間の観念がいい加減な夢の中なので飲食物の味が落ちる事が無いのはありがたい。
「……苦痛を感じるこの季節を少しでも寛いで頂こうと思いましたがこれでは……」
 エルデネストは待ち人が現れない限り何の役にも立たない御馳走に目を落としてまた溜息を吐いた。テーブルに用意された飲食物は自分が楽しむ物ではなくたった一人のための物。
「……もう一度、捜してみましょう」
 エルデネストは再び捜索に出た。

 しばらくして
「エルデネスト」
 背後からここに来てからずっと捜していた人物の声がするなりエルデネストは勢いよく振り返り
「グラキエス様、お捜ししましたよ……誰かが余計な事をしたせいではぐれてしまったようですね」
 嬉しそうにグラキエスを迎えた。ただし、隣のウルディカを見るやイラッっとした様子を見せたり。
「……エルデネスト、あなたが夢札を使ったと……それにこの真夏の景色は……」
 夏の日差しに眩しそうに眼を細めながらグラキエスが疑問を口にするとエルデネストはすぐさま笑みを湛えグラキエスに向き直り
「えぇ、せめて夢の中では夏を苦痛なく寛いでいただこうかと、この場をご用意しました。そちらの男が何を想像して邪魔をしたのかわかりませんが」
 グラキエスに無断で夢札を使用した理由を明かし、ちらりと忌々しそうにウルディカを見やった。行動原理はグラキエスのため以外エルデネストには無い。
「……確かにこんなにも日差しが強いのに少しも暑くないな。体に何の苦痛も無い……ありがとう、思わぬ贈り物だ」
 グラキエスは現実と違い健康体である事や本来毒となる夏の日差しの下で元気である事に気付くなり、サプライズを贈ってくれたエルデネストに笑顔で礼を言った。
「いえ、お喜び頂けて光栄です……この先には東屋がありますのでそちらでゆるりとお過ごし下さい。すぐにご案内致しますね」
 エルデネストは心底喜び、わずかに口元を緩めるなりさらなるサプライズの場へと案内した。グラキエスをもっと喜ばせるために。
「それは楽しみだな」
 グラキエスは好奇心に胸を踊らせながらエルデネストについて行った。ウルディカも続いた。

 趣のある東屋。

「……(何だこの料理の量は……)」
 一瞬、テーブルに並んだ料理の量に一言口にしようとしたが、
「……(しかし、よく見れば全てエンドロアが食べられない物ばかりだな)」
 全て現実ではグラキエスが口に出来ない物だと知りウルディカはエルデネストの思惑を察知して言葉を慎み席に着いた。
「どうぞ、グラキエス様、お召し上がりになって下さい」
 エルデネストはグラキエスが座る椅子を引きながら料理を勧める。
「……エルデネスト、どれもこれも」
 席に着いたグラキエスは並ぶ料理に驚くと同時に食べられない物ばかりである事に気付き、手が伸びない。
「えぇ、現実では刺激物の強いお菓子や飲み物でグラキエス様がお口にする事は出来ませんが、この夢の中であれば何一つ害はありません。このお菓子はいかがですか?」
 エルデネストは微笑みながらグラキエスにここが夢である事を思い出させつつ適当なお菓子を勧める。これこそがエルデネストの本日の目的であった。
「……夢か……そうだな……ありがとう」
 密かに憧れていた全てを味わえると知るなりグラキエスは勧められたお菓子を受け取り頬張った。
「……美味しい(これはこんなにも美味しい味をしていたのか……まさか食べる事が出来る機会が訪れるとは思いもしなかった……しかも夏の日差しの下で)」
 グラキエスは現実では味わう機会は無いだろう食べ物の味を現実では寛げない状況下で味わい大満足。しっかりと口内に広がった新鮮な味を記憶に刻んだ。
 そこに
「では、この飲み物もいかがですか」
 これまた現実では無理な飲み物を勧めるエルデネスト。
「あぁ、貰おう」
 グラキエスは夢である事もあって迷い無く受け取り飲み干しその味を楽しんだ。
 この後、グラキエスは次々と並ぶ料理や飲み物を楽しみ、エルデネストは甲斐甲斐しく給仕を務めた。
「……(現実ならば止める所だが、ここは夢の中、警告は無用だな)」
 現実では食べ過ぎで腹痛を起こす量を好奇心に任せて食すグラキエスと細々と給仕をするエルデネストをウルディカはのんびりと喉を潤しながら見守っていた。

 一方。
「……これもなかなか(そう言えば、最初に見たウルディカの夢……あれは恐らくウルディカがいた世界だろうな……俺が災厄となる世界)」
 グラキエスはお菓子を食べながらふとウルディカの夢を思い出し僅かに表情を変えた。ウルディカが来た世界の事は本人の口からは断片的にしか聞いた事はないが、ウルディカの夢の光景と本人の様子から察する事は出来る。
「いかがしましたか、グラキエス様?」
 グラキエスの機微に敏感なエルデネストが真っ先に気付き、声をかけた。
「いや、何でも無い(俺は違う未来を選ぶ……エルデネストが、ウルディカが、皆がいる。きっと大丈夫だ。この先何があっても……)」
 グラキエスは笑み、何でも無いと言いつつも胸中では二人やここにはいないが自分を支え助けてくれる人の事を思い浮かべ未来への希望を抱いた。この先如何に大変な事が待っている未来だとしても。
 この後、目覚めが訪れるまで存分に夏を過ごした。