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夏最後の一日

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夏最後の一日

リアクション

 朝、ヴァイシャリー、空京方面の飛空艇発着場。

 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は共に楽しい夏休みを過ごしたリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)の見送りに来ていた。
「夏休みももう終わりかー教師になりゃ学生並に遊べるぜ! って思ったんだけど……百合園はそんな甘くなかった……」
 シリウスは肩を竦めながら別れ際の雑談を楽しんでいた。
「シリウス、やっぱりそういうことを……」
 リーブラは明らかになったシリウスの進路理由にちょっとジト目を向ける。
 それを見るやいなや
「そんな目で見るなよ。今回はみんなで過ごせて良かったじゃねぇか」
 余計な発言をしたと知りシリウスは火の粉を払おうと別の話題を上げた。
 ミルザムがその話題に乗り
「そうですね。公務でこっちに来てついでに極短い夏休暇を取ったら丁度二人も夏休みで……まさか一緒に過ごせるとは思いませんでした」
 しみじみと夏休みの思い出を振り返った。
「えぇ、わたくしもこうして三人で過ごせるとは思いませんでしたわ」
 リーブラも同じく振り返っていた。就職先がシャンバラ宮殿の侍女のため普段はシリウスと別離中であるが、夏の最後に休みがとれたためヴァイシャリーに来て二人と過ごしたのだ。
「あぁ、そうだ。空京行の飛空艇はまだ時間はあるし、最後に食事していこうぜ? 高級な店ってわけにはいかねぇけど(今度はそういう店もいいだろうけど、今日はいかんせん時間が無いからな)」
 まだまだ名残惜しいシリウスは時間を確認するなり二人を食事に誘った。
 当然
「えぇ、賛成です。高級じゃなくともゆっくりと三人でお喋りが出来るのなら」
「そうですわね。わたくしもまだ三人でお話したいですわ」
 ミルザムとリーブラの答えは決まっていた。
「そうか。じゃ行こうぜ。今度は高級な店でもいいかもだけど」
 三人は近くの食堂に入った。

 食堂。

 三人は食事よりも会話の方を楽しんでいた。
「でも本当にあっという間でしたわね。泳ぎにいったりミルザム様とステージに出たり、随分と遊んだ気がするのに……楽しい時間は早く過ぎますわね」
 リーブラは食事をしながら短いながらも楽しかった夏休みを脳裏に甦らせた。
「だよな。ミルザムと遊ぼうと誘いの連絡したらこっちに来てるって聞いた時は驚いたぜ」
 シリウスはミルザムに連絡した時の事を思い出した。根を詰めているのではと思って連絡したらまさかこちらに来ているという返答が来るとは予想外で驚いた事を。
「ふふ、丁度、あの時は公務が終わった後でシリウスさん達に連絡しようと思っていましたので余計に驚きましたよ」
 ミルザムもシリウスからの連絡を受けた時の事を思い出していた。
 そして、
「リーブラは空京、ミルザムは地球……で、オレは百合園の教壇、ミルザムは前からだけど……オレらの方も昔に比べて気軽に遊んで騒げる時間、減ってきちゃったな」
 シリウスは少し手を止めて軽く溜息を吐いた。
「……そうですわねぇ。いつまでも同じ場所にとどまっておく事は出来ないと分かっていても寂しいですわね」
 リーブラはしみじみと思い返した。今年の夏休暇だけではなく人生を。今はシリウスと離れているが少し前までは相棒として活動していたのだ。
 ここに
「でもだからこそこうして会えるととても楽しいんですよね」
 ミルザムが笑みを浮かべツッコミを入れた。
「あぁ、そうだな。まぁ、ばたばたと終わちまったけど今生の別れじゃねぇしな。また半年か、来年には会えるしな。それに会う事は無理でも話そうと思えば連絡は会う事よりは気安く取り合えるし」
 とシリウスはカラカラと笑いながら言った。どんなに笑っても今生の別れではないと頭で分かっていても別れを惜しむ気持ちは消えない。
「ふふ、そうですね」
「そう、今生の別れではありませんものね」
 ミルザムとリーブラも笑うが、シリウス同様気持ちは同じ。仲が良いからこそ寂しさはすぐには消えない。

 ちらりと時間を見てシリウスは気付く。もうそろそろ別れが迫ってきている事を。
「けど、いつかまたこうやって気兼ねなく集まって、歌とか踊りとかやりたいよな」
 だからこそシリウスは明るい顔で言った。
 他の二人も気付いた。時間がそろそろ迫っていると。
「そうですね。その時は出来れば今回よりももっと休みを取って……なかなか取れないでしょうけど」
 ミルザムは溜息を洩らしながら望み薄でも口にせずにはいられないようであった。
「それまで待つさ、ずっとな。けどいつかまたこうやってのは絶対だ」
 シリウスはニヤリとしてしつつ二人の記憶に約束が残るようにしっかりとした口調であった。
「わたくしもミルザム様とシリウスのコンサート、楽しみにしてますわ」
 リーブラは自分の事はあえて触れなかった。なぜならシリウスとずっと一緒がもう難しいのはわかりきっているから。
 この会話を区切りに
「時間だ。店を出るか」
 シリウスは立ち上がった。
「そうですわね。本当に時間が経つのは早いですわ」
「本当に……」
 続いてリーブラもミルザムも立ち上がる。
 とうとう来て欲しくない時間がやって来た。

 別れの時。
「……無理せず元気でな、二人とも。また会おうぜ」
 シリウスは去る二人に別れの言葉を送った。二人が元気であるを願うと共に再会を込めて。
「えぇ、また会いましょう」
「わたくしもまた来ます。1年に1度くらいは会えるんですから、嘆くほどじゃありませんわ」
 ミルザムとリーブラの気持ちも同じであった。別れは惜しみがたいが皆生きているのだからまた会えるのだと。
 そして、二人は笑顔でそれぞれの場所へと戻って行った。

 二人を見送った後。
 しばし佇んでから
「……よし! オレもいくか」
 シリウスは気合いを入れ、別れを惜しむ表情から凛とした物に変え
「待ってろよ、新学期!」
 自分の戻るべき場所へと一歩を踏み出した。