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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 午前、海京の浜辺。

「今日はわらわを誘ってくれて感謝するのじゃ」
 安徳 天皇(あんとく・てんのう)は誘ってくれた仲の良い友人である神崎 優(かんざき・ゆう)に礼を言った。
「あぁ、俺達も夏最後の今日を共に過ごしたいと思っていたんだ」
 優は何でない事のように言った。
「……そうか。ところでおぬしが抱き抱えておる赤子は……」
 安徳天皇は優との会話を終えるなり神崎 零(かんざき・れい)が抱っこをする小さな女の子が気になる模様。面影からだいたいの予想は出来るが。
「この子は私と優の娘の紫苑よ」
 零が娘を安徳天皇に紹介し、
「紫苑、彼女は友人の安徳天皇だ」
 優は僅かに口元をゆるめながら紫苑に自分の仲良しの友達である安徳天皇を紹介した。
「よろしくじゃ」
 安徳天皇はそっと手を差し伸べると
「♪♪」
 神崎 紫苑(かんざき・しおん)は可愛らしい笑顔を浮かべ小さな手で安徳天皇の手を握った。
 自分の手を握る小さな手を見やり
「小さい手じゃな」
 安徳天皇は思わず言葉を洩らした。
 それを見て
「そうね」
 零は微笑ましさから思わず笑みを洩らした。娘に握られている安徳天皇の手も十分小さいのに紫苑の手が小さいと言うものだから。
 零が安徳天皇の相手をしている間
「♪♪」
 紫苑は何か好奇心を刺激する物を見つけたのかふらりとヴァルキリーの翼を羽ばたかせ母親の腕からするりと抜けて飛んで行こうとする。
「駄目よ、紫苑。遊ぶのは水着に着替えてから」
 零は慌てて紫苑が飛んで行かないようにしっかり抱き抱えた。
「……」
 紫苑は好奇心を満たせないと知り少しだけ不満そうな顔で自分の心を揺さぶった物がある方向をにらんでいた。そんなご機嫌斜めな表情も可愛らしい。
「随分、お転婆さんじゃな」
「あぁ、好奇心旺盛で興味のある物を見つけると飛んで行こうとするんだ」
 安徳天皇は元気な紫苑の様子に笑うと優は軽く溜息を吐きながら言った。
 この後、遊びたくてうずうずしている紫苑のために水着に着替える事にした。ちなみに水着など海水浴に必要な道具は全て優達が用意している。

 水着に着替えた後、四人はビーチボールで遊んだ。
「ほら、紫苑」
 零が紫苑に合わせてぽぉんとユルユルのボールを投げると
「♪♪♪♪」
 紫苑は嬉しそうにボールをキャッチ。
「紫苑、上手、上手」
 零は手をパチパチ叩いて娘を褒める。すっかり母親の顔である。
 嬉しそうに褒めてくれる母親に顔を向けてから
「♪♪」
 紫苑は視線をくるりと移動させて、その先にいる安徳天皇にボールを投げた。まだまだ小さな子供が投げるボールなのでかなりゆるくて取りやすい。
「上手じゃのぅ」
 キャッチした安徳天皇はにこりと笑み褒める。
「♪♪」
 褒められた紫苑は嬉しそう花が咲いたように笑いボールを欲して両手を上げる。
「しっかり受け取るのじゃ」
 安徳天皇は紫苑の要求通りに優しくボールを投げた。
 その様子に
「……(端から見たら年の離れた姉妹に見えるかもな)」
 優はほっこりし口元がゆるんでいた。紫苑はもちろん安徳天皇が楽しんでいる事が何より嬉しかった。
 しばらくボール遊びをしていたが、
「もうそろそろお昼の用意をするね。出来たら呼ぶからそれまで遊んでいて」
 お弁当の用意のために零が抜けた。

 弁当の用意が出来るまで。
 ボール遊びをやめて
「ほら、紫苑、波だ」
 優は紫苑と押し寄せる波と戯れていた。紫苑が波に攫われないように注意しながら。
「♪♪」
 紫苑は波が自分の足に掛かる度に嬉しそうな声を上げ喜んだり、小さな手で波をばしゃばしゃと叩いたりしていた。
 ふと優は自分の足元に綺麗な貝殻が落ちているのを発見し
「……紫苑、ほら綺麗な貝殻だ」
 紫苑に見せてやる。
「♪♪」
 紫苑はじぃと見た後、手に取り綺麗な貝殻にご満悦。
「この貝殻はどうじゃ」
 安徳天皇がぐるぐると巻いた面白い貝殻を見せてやると
「♪♪」
 これまた紫苑は喜び手に取って巻き貝の中を見たり振ったりと色々試しては楽しんでいた。
 その時、
「お弁当の準備が出来たよ!」
 零が皆を呼ぶ声が降りかかり、
「あぁ、行く」
 代表として優が答え、紫苑を抱き抱え安徳天皇と共に零の元へ。
 そして美味しいお弁当の時間。
「うむ、なかなかじゃ……しかし、今更だが、おぬし達の団らんに加わって良かったのかのぅ……今日は夏最後の日じゃ」
 食事に満足しつつ安徳天皇は神崎家族を見やりながらふと思った事を口にした。夏最後ならば他人を入れず家族だけで過ごしたいのではなかろうかと。随分遊んだ後で今更なのだが。
「だからだ。紫苑には色んなモノを実際に触らせたり教えたり色んな人に会わせたいんだ」
 優は零がごはんの世話をしてる最中の紫苑を見る目はずっと遠くを見ていた。まるで娘が成長した姿が目に浮かんでいるかのように。何もかもが紫苑のため。
「……そうか。幸せじゃな」
 安徳天皇は眩しそうに愛たっぷりに育てられた紫苑を見た。もしかしたら自身の身の上からほんの少しの羨望を抱いているのかもしれない。
 ともかく日差し避けのパラソルの下で弁当が終わるとまた遊ぶのだった。

 昼食後。
 優を除く三人は仲良く砂山を作っていた。優は午前中と弁当の準備の間紫苑の相手をしたためほんの少しだけ休憩を取っている所だ。
「ほら、紫苑、山だよ。すごいねぇ」
 優に代わり零が紫苑の相手をする。
「頂上にこれを立ててみるかのぅ?」
 安徳天皇はそこら辺に転がっていた棒を紫苑に差し出した。
「♪♪」
 紫苑は棒を手に取るなりちょんと砂山の頂上にさした。
「紫苑、上手、上手」
「見事じゃ」
 紫苑と安徳天皇は手を叩いたり笑顔だったりで紫苑を褒めた。
「♪♪」
 褒められた紫苑はニコニコとご満悦だったが、何か発見したのか翼を羽ばたかせてどこかに行ってしまった。
「紫苑、どこに行くの」
 零は急いで紫苑を追いかけた。ここは海なので危険な事が起きたらと心配なのだ。
 その後ろを安徳天皇が追いかけた。

 二人が追いかけ辿り着くと
「……」
 紫苑は浜を歩くカニに興味津々。これが先程の理由なのだ。
 見るだけでは飽きたらず紫苑は小さな手をカニに手を伸ばした。
 途端
「!!!」
 小さな指がハサミに触ろうと伸びた瞬間挟まれてしまい、大泣き。
「あらあら、カニに指を挟まれたのね。ほら大丈夫よ。痛いの痛いの飛んで行けー」
 零が急いでカニを紫苑から引き離してから抱っこして挟まれた指を撫で撫でして馴染みのおまじないをするが、泣き止まない。

 パラソルの下。

「……何かあったみたいだな」
 三人の様子を眺めていた優は異変を感じ、駆けつけた。

 紫苑達の所。

「どうした、何かあったのか?」
 駆けつけるなり優は零に事情を訊ねた。
「カニに指をはさまれちゃって」
 零は事情を簡単に説明。
「そうか。ほら、紫苑、もう大丈夫だ」
 優は紫苑を抱き抱え、挟まれた指を撫で撫でするとあれほど泣いていたのが嘘のように泣き止んだ。
「すぐに泣き止んだようじゃな」
 安徳天皇が少し驚いたように言うと
「はぁ、本当に紫苑ったら」
 零は父親っ子の娘を見るや複雑な心境の溜息を洩らしていた。
 この後、この流れで四人は砂遊びなどをして過ごしてからまた神崎夫妻は交代で娘の面倒を見て色んな物を見せたり触らせたりと娘に世界を楽しませた。

 夏最後の締めはただ一つ。
「ほら、この花火も綺麗だよ」
 零は花火をしながら優に抱き抱えられている紫苑に声をかけた。
「紫苑、綺麗だろう」
 優は紫苑を抱き抱え皆が遊ぶ花火を見せてやった。さすがに紫苑に花火をさせるのも抱き抱えたままするのも危ないので抱っこをしている間は見学。
「♪♪」
 紫苑はじぃと花火を興味津々で見ている。今にも飛んで行き触ろうとしそうで優も気が抜けない。
「夏最後の今日、おかげで楽しい日になった。感謝じゃ」
 安徳天皇は花火をしながら優に礼を言った。
「いや、こちらこそ」
 優は口元の端を僅かに歪めた。

 神崎家と安徳天皇の夏最後の一日はゆるりと終わりを迎えた。