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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 朝、ツァンダ、高円寺宅。

「……あれ、柚の奴、どこに行ったんだ」
 高円寺 海(こうえんじ・かい)は朝食を終えてから姿が見えない妻の高円寺 柚(こうえんじ・ゆず)を捜していた。
 その時、
「海くん!」
 自分を呼ぶ声に海が振り返ると
「どうですか?」
 浴衣姿の柚が笑顔で立っていた。
「……いいんじゃないか。しかし、どうしたんだ?」
 感情を言葉にするのが苦手な海はぶっきらぼうに柚の浴衣姿を褒め、ついでに浴衣姿の理由が気になったり。
「……夏の間あんまりお祭りに行けなかったので浴衣を着る機会が少なくて……だから夏最後の今日は浴衣で過ごそうと思って……」
 柚は浴衣の裾を手に持ち、ほんの少し別れ寂しそうに浴衣を見た。
 そんな柚を見た海は
「……それなら花火でも買って来るか」
 口元に僅かな笑みを浮かべた。少しでも柚が今日を楽しむ事が出来ればとちょっとした提案を。
「はい。では、昼ごはんはお祭りらしく焼きそばにしましょう。リンゴ飴や焼きとうもろこしもかき氷も作って家でお祭り気分を楽しみましょう」
 海の提案に柚は喜んだ。今日は素敵な日になりそうだ。
 海は花火を買いに行き、柚は鉄板は無いのでホットプレートで焼きそばを作った。

 昼食時。
「海くん、焼きそばどうですか?」
 柚は食事の手を止めて焼きそばを食べる海にお味をの感想を求めた。
「……あぁ、美味しい。夜になったら花火だな」
 海は頬張りながら言った。
「はい、やりましょう。それで……海くん、お願いいいですか?」
 柚は頷いてから恐る恐る旦那様におねだり。
「……?」
 海は見当が付かず、小首を傾げる。
 すると
「……その、海くんも浴衣になりませんか」
 柚はそろりとおねだりの内容を明かした。
「……確か今日は祭りだったな」
 海はじっと浴衣姿の柚を見て彼女の先の言を思い出し、浴衣に着替える事にした。

 海が浴衣に着替えた後。
「海くん、格好いいです」
 柚はぱぁと可愛らしい顔に手を叩き浴衣姿の旦那様に惚れ直していた。
「……ありがとうな」
 褒められた海は照れてぎこちない感じながら礼を言った。
「それじゃ、始めましょう。お祭りを」
「あぁ」
 浴衣の高円寺夫婦は仲良くお家でお祭りを始めた。

 お祭り開始後。
「焼き加減はこれくらいでいいですか?」
 柚はただとうもろこしを焼くのではなく屋台の物らしくソースを塗って香ばしく焼いていた。焼かれて立ち上る煙と共に食欲をそそる美味しい匂いが部屋に充満する。
「あぁ、美味しそうな匂いだ。柚、かき氷にフルーツやアイスクリームは載せるか?」
 充満する美味しい匂いで鼻を楽しませながら海はかき氷を作っていた。自宅なので装飾も思いのまま。
「フルーツもアイスクリームも載せます! あとシロップは……」
 柚は即答し、かき氷にかけるシロップもリクエスト。
 そうやって作業をする間も
「……外のお祭りに一緒に行くのも楽しいですが、こうしてお家で海くんと過ごすのも楽しいです……」
「……オレもだ。どこかに出掛けるもいいがのんびりするのもいいな……二人で」
 柚と海はお喋りを楽しんでいた。

 そして、出来上がると二人揃って仲良く食べる。
「……美味しいです。フルーツ盛り沢山にアイスも載って贅沢な気分です♪」
 柚は海がたっぷりと装飾した豪華なかき氷を幸せいっぱいに頬張り
「……この焼きとうもろこしも屋台で食べるよりもうまい」
海は香ばしく焼き上がったとうもろこしを食べた。
 他にはりんこ飴を一緒に作って食べたりもした。
 食べたり飲んだりお喋りをして過ごしいつの間にか時間は朝から夜になっていた。

 夜。
「海くん、祭りの最後は花火です」
 柚は満月の光照らす庭に出ながら海を誘った。
「あぁ。色々種類を揃えてみたら結構な量になったが……」
 そう言って海が購入した大量の花火を持って庭に出た。
 その大量の花火を見て
「確かに二人で遊びきれるかなってぐらいの量ですけど夏最後の思い出なので全部しましょう!」
 呆れる様な事は無くむしろ柚は喜ぶ。夏最後にはぴったりだと。
「そうだな。早速選ぶ楽しむか」
「はい。手持ち花火にねずみ花火、手牡丹……」
 海と柚はごそごそと花火を漁り、どれから楽しむのか選び始めた。
 そして、選びに選んだ結果最初に選んだのは
「綺麗」
 柚は手牡丹。鮮やかな色をした火花を音を立てて吹き出し、見る者を楽しませていた。
「……って、おわっ」
 足元からバチバチと爆ぜる音がして柚は大慌てで避難。
 そこには
「大丈夫か、柚」
 海がチョイスしたねずむ花火が火花を散らしながら勢いよく動き回っていた。
「はい、大丈夫です。ねずみ花火も面白そうですね。私も後でやってみようかな」
 柚はねずみ花火を目で追い
「オレも次は柚がやっているような花火を選ぶかな。カラフルで面白そうだから」
 海は柚の手元の花火を見て興味を持った。
 これにより二本目はそれぞれ口にした物を選んで遊んでから次々と大量の花火に火を点け、美しい夏の風物詩を夫婦で楽しんだ。

 最後の手持ち花火が消え、辺りは夜の静けさを取り戻した。
 途端、
「……花火って終わると切なくなっちゃいますね」
 花火独特の切なさが胸に去来しぎゅっと海の腕を抱き締めた。
「……そうだな」
 海は自分の隣にいる柚に柔らかく頷いた。
「海くん、これからもいろんな思い出作って行こうね」
 柚が笑顔で良い雰囲気になりそうな事を言った瞬間
「あっ、帯が!?(急いで結んだから緩かったのかな。とにかく何とかしないと)」
 浴衣の帯が緩み落ちそうになってしまう。
 幸い海は気付いていないが、
「えと、先に中に入りますね」
 はだけそうになって恥ずかしい柚は海に気付かれる前に急いで家の中へ。
「あぁ、片付けはオレがやっておくから」
 何も知らぬ海は遊び終わった花火の後片付けを全て引き受けた。

 家の中に入った柚は
「……(あぁ、もう、夏の思い出の最後がこれですか……)」
 そっと後片付けをする海の姿を見やり溜息を吐いた。折角素敵な夏の思い出になりかけたのが帯一本で台無しになり何とも締まらない夏の思い出となった。
 しかし、それでも新婚である高円寺夫妻にとってはきっと大切な思い出になるだろう。