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 Episode15.三徹の科学者はトーストの夢を見るか


 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、パートナーのベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)と共に空京大学の廊下を歩きながら、心配そうな表情で、持っている手土産の和菓子を見つめた。
「あの、マスター……。
 ポチもナージャさんの所へお伺いしているといいのですが……。
 頑張って修行しているとは信じていますが、一匹暮らし中だと思うと心配で……」
 話題の主は、フレンディスのパートナー、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)である。
 こと彼のことになると、過保護全開のフレンディスに、ベルクは苦笑した。
「まあ、ナージャに弟子入りしてぇっつー話は軽く聞いてたからな。
 つーかフレイ? ポチからの連絡が減ったからって落ち着けよ」
(ポチが立派に飼主離れしてきてんだから、いい加減フレイも飼犬離れしてくれねぇかなぁ)
 やれやれと思いつつもベルクは、、以前の事件で関わったことについて、ナージャの所に挨拶に行きつつポチの様子も見たい、と言うフレンディスに付き合ってやる苦労人である。


「博士。面会希望の方が見えてます」
 研究員の一人が、ナージャの個室をノックした。
「ん? 誰かと約束してたかな? ……まあいいや、どうぞ」
 入って来たのは、少年である。面識はなく、ナージャは首を捻った。
「誰だっけ?」
「あの、ナージャ博士にヨシュアさん、突然お邪魔してごめんなさい。
 僕は、忍野ポチの助、といいます。
 今回僕は、博士に折り入ってお願いがあって来たのです」
「ポチの助……」
 ふと、ナージャは首を傾げる。
「その……僕の大事な友達に、ツラたんと同じく暴走で悩む子がいるのです。
 僕は既に超優秀なハイテク忍犬ですが、その症状は、この僕でも完治どころか、原因を解明させることが出来ないのです」
「機晶姫の暴走……。
 それ、寿命じゃないよね?」
「寿命!?」
 ポチはぎょっと目を見開く。
「いや、寿命が近づくと、大体制御機能がおかしくなるだろう。
 ああでも、寿命だったら原因が解明できないわけはないか。大体最初に疑われることだしね。
 もしかして、その子記憶はないのかい?」
「はい……」
「ふぅん」
 何やら思案しているナージャに、ポチは話を続ける。
「そ、それで、あの、この間からナージャ博士の実力を実際に拝見し、僕はまだ、未熟犬だと痛感させられました」
「ああ、やっぱり君、こないだの事件で見かけた犬か。実に勇敢だったよ!」
 今ポチは、常の犬の姿ではなく、人の姿を取っているので、すぐには気付けなかったのだ。
「ありがとうございます。
 ……えとそれで、用件を申し上げますと、雑用犬でも構いません、博士の弟子として、一から機晶技術を学ばせてください!」
「弟子……」
 一緒に聞いていた{SNL9998896#ヨシュア}が驚いている。
 ナージャは、ふうん、と呟いて、それから苦笑した。
「いきなり来られても、判断に迷うね。紹介状は無いのかい?」
 うっ、とポチは言葉に詰まる。
「……空大の、合格通知ならありますが……」
 ポチは機晶技師を目指し、空大受験をしたのだが、合格して尚、入学することができないでいた。
 契約者用に創設した学校は基本的に、地球人であるパートナーが入学している学校でなくては入学できないことになっている。
 パラミタ人だけでは、契約者の学校には入学できないのだ。
 渡されたそれを見て、成る程と頷くが、ナージャは困ったように肩を竦める。
「でも、残念だけど私は、弟子は取らない主義なんだ」
 うっ、とポチは唇を噛んだ。
 簡単に受け入れられるだろうとは、勿論思っていなかったけれど、やはり、辛い。
 ぎゅっと手を握り締め、けれど、絶対に、あの人の専属機晶技師になる夢を諦めたくはなかった。
「今、は駄目でも……諦めません。何度でも、出直します」
 ぺこ、とポチは頭を下げる。
「……ナージャさん、意地が悪いですよ」
 ヨシュアが溜息を吐いた。
「はは、ごめんごめん。だって一度言ってみたかったんだよ。
 何かこう、いかにも科学者っぽくないかい?」
「知りません」
「……?」
 きょとん、とポチは顔を上げて首を傾げる。
「此処の生徒にはなれないんですね。
 では、次に来る時までに、ナージャさん管理で通行許可証を作っておけばいいですね」
「うん、頼むよ。君、此処に来る時はそれを首に掛けてね。
 ま、受けたい授業があれば潜り込めばいいと思うけど、難しそうなのがあったら、ヨシュアのカリキュラムにぶち込んでおけばいいよ」
 ぽかん、とポチは瞬いた。話が、自分を置いて先に進みすぎている。
「あ、あの……」
「ははっ、今迄生徒と助手しかいなかったけど、弟子か、うん、面白そうだね! まあよろしく頼むよ」
 その言葉で、ようやくポチは、事態を飲み込んだ。
「……弟子に、して貰えるのですか」
「さてね、私の知識がその子の役に立つかどうかは解らないけど、それを決めるのは君だね。精一杯頑張るといい」
「……はい! ありがとうございます!!」
 その時、再びノック音がした。
「博士、面会希望の方が見えてます」
 はっ、とポチは顔を上げる。ひく、と鼻を鳴らして、誰が来たのかを察知した。
「あの、ちょっとすみませんっ!」
 弾むように飛び出して行くポチを、ヨシュアは微笑ましく見送る。
「……あの子、犬でしたよね。ナージャさん、寝惚けて食べようとしないでくださいよ」
「そんなことするわけないだろう」
「三日徹夜した後の朝、コーヒーを出した僕の手に噛み付いた恐怖を忘れていませんからね」
「そんなことしたっけかなあ……トーストに見えたんだろうか……」