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 Episode13.聖地に咲く花


 どうやって登ったのか、陽当たりのいい巨石の上に、キャットシーのまろんが寝そべっている。

 キマク地方にある、聖地モーリオンでは、秋の花が咲き始めていた。
「春に咲く花達の球根や種は、秋が植え付け時期なんだよ。
 今植えると、冬の寒さに当たりながら少しずつ育って、春には綺麗な花が咲くんだ」
 この地が自然に様々な花の群生地となることが、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の一番の望みだが、焦らずに、季節の度に様々な花の種を植え、育てて、この地を少しでも美しくして行きたいと願っている。
「もーりおんも手伝ってくれる?」
 こく、と頷くこの地の地祇、もーりおんと共に、花畑へ向かった。
「チューリップ、ムスカリ、ラナンキュラス、クロッカスやスノーフレーク」
 歌うように、持参した種の花の名を挙げながら歩く。
「ユリやスイセンは、今迄に植えた子達がまた咲くけど、増やしたいし。ユリは株分けもしたいな。
 それから、春に咲く花だけではなく、冬に咲く花も」
 クリサンセマム、パンジー、ピオラ、シクラメン。
 花畑の土を見て、エースは満足気に頷く。
「花達のお陰で、土壌も結構いい感じになってきたね」
「なってきた」
 解っているのかどうか、もーりおんもそう繰り返して頷いた。
「花より育つのに時間がかかるけど、果樹もそろそろ植えても大丈夫かな。
 花の後、美味しい果実をつけてくれるよ」
「食べる」
「あはは、まだだよ。でも、そうだね、すぐだよ」
 今の時期なら、ブルーベリーや杏、スモモやカリンなどが植え時だろうか。

 庭仕事、というには範囲の広いエースの手伝いに、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)も同行している。
 最も、メシエ自身はあまり自ら動く気はないようで、ポムクルさんを連れて来ていた。
 どんな話し合いが行われたのか、ポムクルさんは非常にやる気になっていて、なのだーと雄叫びを上げながら楽しく果敢に働いている。
「季節の花が満開ね、嬉しいわ。
 私もミツバチを連れて来たの。花の受粉を手伝って貰うわね」
「………………」
 もーりおんは、リリアを見ると、じっと見つめて首を傾げ、それからもう一度、じっとリリアの腹部を見つめた。
「あっ、もしかして、分かっちゃった?」
 両手でお腹をさすって、リリアは笑う。
 まだ、全然見た目からは解らないのだけど。
「うふふ。実は、その報告にも来たのよ。赤ちゃんが出来たの」
 リリアはにっこりと笑って言った。
「きっと、もーりおんちゃんみたいな可愛い子が、元気に生まれて来るわ。触ってみる?」
 まだ兆候もないけれど。
 頷いて、もーりおんは、ぺた、とリリアの下腹部に触れた。
「……元気」
「分かる?」
 うん、ともーりおんは頷く。
「わくわくしてる」
「本当?」
 リリアは嬉しそうに、自分もお腹に触れてみる。
「早くこちらにいらっしゃい。楽しいことが沢山あるわ」
 お腹の子供に、そう語りかけた。

「おい、リリア。あまり重いものを持って歩くな」
 子供の父親であるメシアが、過保護振りを発揮している。
「大袈裟ね。少しは動かないと、返って身体によくないのよ」
 ふふっと笑ってリリアは気にせず、メシアはハラハラし通しだ。
「君は、花の仲間達とお喋りでもしながらゆっくり花達を愛でていたまえ」
「はいはい、後でね。エース、花の植え替えを手伝うわ」
「リリア」
「本当に大袈裟ね。ジュニア、パパったら今からこの有様よ」
 エースはそんな二人を見て苦笑すると、もーりおんに、あのね、と言った。
「それで、此処に家を建ててもいいかな」
 ぱちぱちと、もーりおんは瞬く。そして俯いた。
「…………でも、村は」
 この聖地を護る、守り人の一族は死に絶えた。一族が暮らしていた村は、今は廃墟と化している。
 一時、パラ実のヤンキー達に荒らされかけたこともあったが、今は無人のゴーストタウンとなっていた。
「うん。
 でも、誰かが住み始めないと。俺達がその、一番になるよ。
 纏まった時間が取れたら、此処でゆっくり過ごせるようにしたいんだ。
 リリア達の子供が生まれたら、暫く此処に滞在するのもいいよね。
 もし許可が貰えたら、誰かの家を借りながら、秋から冬にかけて、ゆっくり建てたいな」
 沢山の一族の墓に、もーりおんが時々花を供えていることを知っている。
 そんなもーりおんに寄り添ってやれたら、とエースは思う。
「…………」
 ありがとう。
 もーりおんは、そう小さく呟いた。
 ふわっとはにかむように微かに微笑む表情が、愛しいとエースは思う。
「よかった。嬉しいよ」
「そうすると、今日の内にポムクルさんに測量を頼むか」
 メシエが早速、話を進め、
「ナチュラルな感じの、こじんまりとした家はどうだろう」
と提案する。リリアも、そんな家を喜ぶだろう。
「もーりおん達も寛げる部屋も欲しいな」
 エースも、そう希望を出す。
 未来への話は尽きなかった。