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 Episode12.少しずつ、家族に


 オリヴィエ博士が、工房から出て来ない。
 パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と共に作った手作りのクッキーを手土産に、ハルカの新居を訪ねた樹月 刀真(きづき・とうま)は、話を聞いて呆れた。
「以前にもそんなことがあった気がするな……。何か、こもる必要のある仕事が入ったのか?」
 訊ねてみるが、そういうことでもないらしい。
 どうやら、出所して、久しぶりに仕事のものに手を触れるので、資材や機材等を点検したりしている内に、没頭してしまっているようだ。
 博士がいいなら構わないが、ハルカを心配させては駄目だろう、と思う。
(食事をしないで没頭して倒れた、とか普通にやりそうだ……というか、ハルカが作ったご飯を食べないとか有り得ん)
 刀真は、彼を部屋から引っ張り出すことにした。
「博士」
 工房のドアをノックしてみるが、返事は無い。
 もう一度、強めにノックをしてみるが、やはり反応がなく、刀真は苛ついてきた。
「博士! いるんだろう!」
 ドアを殴るように叩き、もう強硬手段を取ろうかと、ドアを蹴破る為に一旦身を引いたところで、目の前が真っ暗になった。
 月夜が後ろから、刀真を目隠ししたのだ。
「刀真、落ち着いて。熱くなりすぎ」
「……ああ、悪かった。落ち着いたから目隠しやめてくれ」
 月夜が手を離すと、その隣にいるハルカもびっくりしている。
「すまない、少し興奮しすぎたな」
「とーまさん、ドアを壊さなくても、鍵は掛かってないのです」
「……は?」
 この家に、鍵の付いた部屋は無い。
 説明されてよく見ると、確かにドアに鍵穴が無い。
 と、ドアが開いて、渦中のオリヴィエが姿を現した。
「騒がしいね。どうかしたのかい。おや、いらっしゃい」
 刀真達を見て何気もなくそう言ったオリヴィエに、刀真は唖然とする。
「どうかしたのかも何も、博士が出て来ないから、皆心配しているんだろう」
「……」
 オリヴィエは少し考えて、そういえば、空腹になった気がする、と呟いた。
「ハルカ、何日か経ってるのかな」
「三日なのです」
「ああ……そうか、悪かったね」
 そう言って、そのまま工房から出て来る。
 文字通り、寝食を忘れていた、ということか。刀真はがくりと力を落とす。

 ともあれ、出てきて良かったと、皆でリビングに向かいながら、月夜がハルカに訊ねた。
「ハルカ、中には入らなかったの?」
「入ってたのですが、はかせが一生懸命だったのです」
 やれやれ、と刀真は溜息を吐く。
「博士、まずは着替えた方がいいですよ」
アイシャが言い、先に自室に向かった。
「よかった、皆でお茶したかったの。あ、博士はご飯が先だね」
「はい。はかせを呼んでくれてありがとうなのです」
 やっぱりとーまさん達はとっても頼りになるのです、と笑うハルカに、刀真は肩を竦める。
(俺はハルカが、これからも元気に楽しく日常を過ごしてくれれば、それでいいだけだ)

 刀真達が持参したクッキーは、幾つか少しだけ形が歪なものもあったが、とても美味しくできていて、ハルカもアイシャも喜んで食べた。
「新しい生活はどう? この家は住みやすい?」
 訊ねる月夜に、ハルカとアイシャは顔を見合わせて微笑む。
「とても楽しいのです」
 その様子を見て、二人も上手くやれているようだ、と月夜は安堵する。
 そうして少しずつ、友人から家族になって行けばいい。
 ハルカ達の幸せを、月夜達は願う。
「魔法の勉強は調子いい?」
「貰った箒で飛べるようになったのです」
「素敵。
 ……よかった。何か、色々安心した。
 でも、困ったらいつでも呼んで。すぐに駆けつけるから」
 自分達はいつでも、ハルカの味方だ。そんな気持ちを込めて言うと、ハルカは微笑む。
「はい」
と嬉しそうに頷いた。