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 Episode10.君へ、どうか幸せを
 
 
 上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)は、パートナーの戒 緋布斗(かい・ひふと)と共に、ザンスカールで暮らし始めたアイシャの新居を訪ねた。
 その後、少しは具合も良くなっただろうか。
(普通の女の子として、安らかな生活を送れているといいな……)
 アイシャに好意を抱く人は多いだろう。自分もその一人として、できることで支えて行きたい。
 仄かな恋心は秘めたまま、伝えるつもりもなく、ただ幸せであってくれたらいいと思う。

「元気そうで良かった。顔色も悪くないみたいだし」
「はい。もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
 アイシャは在宅していて、ここのところ常に誰かが訪れているという友人達も、丁度途切れたところらしく、今日は自分達だけだった。
 アイシャが出してくれた紅茶を飲みながら、唯識達は雑談に耽る。
「アイシャさんは、イルミンスールの生徒になるのかな。でも、タシガンに呼ぶわけにもいかないしね」
「そうですね、タシガンの学校は、性別的に無理ですね」
 ふふ、とアイシャは微笑む。
「夏は涼しいけど、霧が深くて、健康的な場所とは言い難いし。
 それでも、旧い建物や美術館、美しい薔薇園があるから、もしも興味を持ってくれたら、遊びに来てくれたら、案内するよ。美味しいお茶もあるしね」
 ウゲンに縁のあるタシガンは、アイシャには思うところがあるかもしれないが、それでも、もし、と思って誘ってみると、アイシャは、はい、と頷いた。
「ありがとう。いつか、もう少し生活が落ち着いたら……行ってみたいです。
 先日、早起きしたら、夜明け前の森の中が霧で満ちていて、とても綺麗でした。タシガンもあんな風なのでしょうか?」
 あの時はとても感動した、と語るアイシャに、唯識は、お守りを取り出して渡した。
 唯識は戦闘の時にはいつも、クリスマスにカールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)と遊んだ時の写真を入れた、御蔭神社のお守りを持っていた。
 思い込みといえばそうなのかもしれないが、これのお陰で今迄無事でやってこれた、と思っている。
 だから、同じものをアイシャに渡したいと思ったのだ。
「これ、お守り。これからアイシャが困難に出会っても、守ってくれますように」
「……ありがとう」
 アイシャは、じっとお守りを見て、両手でそれを包むように持って、礼を言う。
「僕も持っているんだ。……それで、アイシャの写真を撮らせて貰ってもいいかな」
 カールハインツの写真と一緒に、自分のお守りにしたい、と言うと、
「私で役に立つでしょうか?」
と言いつつも、アイシャは快く頷いて、唯識は腕時計式携帯電話で、アイシャと並んで写真を撮った。


 無口な緋布人は、終始黙って同席していたが、彼なりに、一緒に来た目的があった。
 彼の趣味は陶芸で、相手のイメージでカップやお皿を作るのが好みだ。
 アイシャの本当のイメージを感じて、作品のイメージを膨らませていた。
 小さめの、スープカップが良いだろうか。少しピンクになる釉薬を使おう。
 帰途で唯識にそれを伝え、
「出来上がったら、またアイシャさんに会いに来よう」
と言うと、唯識は頷いた。
 きっとアイシャは喜んでくれるだろう。
 アイシャのこれからの人生を、ゆっくり見守って行きたい。そう思った。