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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ 里に帰らせていただきますっ! ■



 何か調べものをしてでもいたのか、それとも興味のむくままに見てでもいたのだろうか。床のあちこちには、うず高く積まれた本とディスクの山が幾つも出来ている。
 そう言えば昨日、黒崎 天音(くろさき・あまね)は随分と夜更かしをしていた様子だったと思い出しつつ、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は積木細工のように積み上げられたそれらの脇を、そうっと通った。
 が、服の脇がつんと引かれる感触を覚えたその途端。
 ガラガラドサドサバタン……。
 ブルーズの服に引っかかった床の積み木細工は倒れ、倒れたものが隣の山を倒し……と、まるで滅びの呪文でも聞いたように崩壊へと向かっていった。
 その途端……ブルーズの中で何かがブチンと切れた。
「もう付き合ってられん! 我は里に帰らせていただきますっ!」
 天音の寝ているベッドまで行って宣言すると、聞こえているのかいないのか、ベッドで沈没中の天音はちょっと呻いて寝返りをうった。一体昨日はいつまで起きていたのだろう。
 ブルーズはくるりと踵を返すと、そのままの勢いで里に帰る準備に取りかかった。

 まずは1週間分の着替えとハンカチにアイロンをかける。
 といっても自分のではなく天音のものだ。
「放っておいてだらしのない恰好をされたらたまらないからな」
 やや言い訳じみた呟きをこぼしながら、それらを分かり易いようにクローゼットにずらりと並べた。
 あとは保存のきくおかずを作り、電子レンジにかければ良い状態にしておいて、1食分ごとにわけたごはんと一緒に、冷蔵庫・冷凍庫に詰め込む。傷みやすいものとそうでないものとの区別がつかないといけないので、それぞれのセットには順番に番号を振っておく。これなら一目瞭然だろう。
 最後に、そろそろ起き出してくる頃の天音の朝ごはん用に、絶妙な加減の半熟玉子を作り、タシガンコーヒーをサイフォンにセットしておく。
 これでよし、と満足げに頷くと、ブルーズは自分の荷物と手土産のタシガン銘菓を風呂敷に纏めた。そしてそれらを如意棒にくくりつけると、両親が住むシャンバラ宮殿裏の森へと出発したのだった。


 宮殿裏の森深く。
 この辺りは手つかずで残されている為、木々は鬱蒼と生い茂り、ともすれば細々とある獣道さえ見失いそうになる。その獣道さえ歩くにはなかなか困難な箇所もあり、ブルーズが進むたび足下で、あるいは頭上で、パキパキバサバサと小枝や草むらが音を立てた。
 そんな中、ブルーズは人が紛れ込まぬよう張られた結界を見付けた。
 人には発音出来ぬドラゴンの言葉で吼えると、開いた結界内への入り口を通り、ブルーズは中に入った。

 そこには見慣れぬものがあった。
 森の中だというのに、お茶の間セットとテレビが置いてある。
 電源はどうしているのかと見れば、バッテリーに繋がっていた。どうやら機晶石と雷術を応用したものを電源としているようだ。
 その脇には小山があった。
 いや、長い間寝ているのか、全身に土が堆積しあちこちに草花まで咲いているが、それはまさしくドラゴンだった。
 生えている草の1本を摘むと、ブルーズはそれでドラゴンの鼻先をくすぐり、素速く離れた。

 ――クシュンッ!

 背中に積もっていた土がその動きで跳ね上げられた……途端、一斉に小鳥や蝶がばっと飛び立ち離れてゆく。
 小動物は地面を素速く走って逃げだし、頭上からはバラバラと土くれや雑草が落ちてくる。
 クシュンクシュンと何度もくしゃみをするたびに、ドラゴンの身体に積もっていたものや住まっていたものが無くなってゆき、やがてはもうもうと立ちこめる土煙の中、真珠色の鱗が現れた。
 閉じていた眼が眠たげに開き、ブルーズの姿を認める。
「あら……久方ぶりやねぇ。息災かえ?」
 ブルーズのドラゴン名で呼びかけた後、ドラゴンははっとしたように後ろを向いた。
「まあ嫌やわ、恥ずらかしい……」
 鼻の上の土がすっかり苔むして緑になっているのを、カキカキと前肢で掻き落としてから、あらためてブルーズに向き直った。
「苔色の鼻ではなぁ……さぁ、もっと顔をよく見せてや。私の坊や」
 母親の顔で少し身を屈め、ドラゴンはブルーズをしげしげと眺める。
「母上。我はそんなに子供ではないつもりだ」
 ぶつぶつ言いながらもよく見えるように近づいたブルーズを、母は嬉しそうに見つめるとすりすりと顔をすり寄せた。
 滅多に甘えないブルーズだけれど、久しぶりの母からの挨拶と愛情表現に、擽ったげに応えた。


 久しぶりの対面を終えると、ブルーズは母とちゃぶ台を挟んで向かい合った。
「最近はどうだ?」
「最近ゆうても、うつらうつらしとったからなぁ。まあ、宮殿工事中は五月蠅うござんしたが、今は静かなもんよ。ああ、そのテレビはお父さんの趣味ですわ。地球人の娯楽に興味津々やき」
 そう言って母は喉を鳴らした。
「そういえば父上の姿が見えぬようだが……」
「お父さんたらな、『俺はシー・イーちゃんみたいな娘が欲しかったんや!』言うて、ファンの集いでエリュシオンへ行って、それきり帰って来やへんのよ。今頃は龍神谷温泉で龍騎士はんの相手しとるかもやけど」
「それはまあ……父上らしいと言うのか何と言うのか……」
 相変わらずだなと言いつつ、ブルーズはお茶を啜り、ふぅと息を吐き出した。その身体を、リスや森の小動物が上り下りして遊んでいるが、気にせずに思うままにさせておく。
「それで……今日は突然どうしはったん?」
 急な訪れの理由を母に問われ、ブルーズはそれが、と話し出した。
「我のパートナーの行状にはほとほと呆れ果てた。そもそも…………」
 身振り手振りを交え、ブルーズは天音への愚痴を母に訴える。
 それを母は黙って聞いていた。
 最初はひたすら天音の悪行とも思われる生活態度を母にこぼしていたのだが、そこに徐々に、
「……だがまあ、良い所もあるのだがな」
 という言葉が混じり始め。
 いつしか、ブルーズ自身が天音の弁護に回り。
「確かに本の山を幾つも築かれるのは困りものだが……あれも知識に対する情熱の表れと言えぬことも無い。いや無論、見た順に片づけさえすれば良いというのが我の主義ではあるが、そこまでの知的好奇心を抱けるというのもまた……」
 そんな変化を母は笑って見守った。
 ブルーズが存分に語り終えて黙ると、母は面白そうに言った。
「もう終わりですのん? なら、愚痴聞き料として肩でも揉んで貰いまひょ」
 む、と反論しようとした所に、母の微笑みが投げられる。
「惚気はお腹いっぱい」


 それから数日。
 惚気の代金は高いのだと言って、母は散々ブルーズに肩を揉ませた。
 これも普段なかなか出来ない親孝行かとブルーズも文句は言わず、肩を揉んだり背中を掻いたりして実家で過ごしていた、そんなある日のこと。
 ブルーズがちゃぶ台を拭いていると、ふと母が頭をもたげた。
 そして小さく息で笑うと、ブルーズの背中をぐいと鼻先で押す。
「母上?」
「そろそろ帰らなやろ? 今日は空京の花火大会らしいき観て行けばいいわ」
 そのままぽいっと外に放り出されてしまい、ブルーズは面食らった。
「やれやれ、こっちでも酷い目に遭った」
 それにしても一体どうして急に放り出されたのかと立ち尽くしている背後から、下駄が草を踏む音が優雅に近づいてくる。
 振り返ればそこには、浴衣姿の天音がいた。
「ブルーズ、迎えに来たよ」
 文句を言えばいいのか、喜べばいいのか迷った挙げ句、ブルーズは天音に尋ねる。
「何故森に入るのに浴衣姿なんだ?」
「だってほら、今日は……」

 ――空京の花火大会だから――

 そう言った天音の後ろに母の微笑が浮かぶ気がして。
 自分はどちらにも勝てないのではないかと思うブルーズなのだった。