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里に帰らせていただきますっ! ~ 地球に帰らせていただきますっ!特別編 ~

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 ■ 柘榴と木槿 ■



 駅は人で溢れかえっていた。
 だらだらと喋りながら歩いている女子学生、意気揚々とキャリーバッグを引いている人、人波を猛スピードで抜けてゆくスーツ姿の男性、通路に広がって歩いている家族連れ。
 じっと見ていたら酔いそうなほど、人々は雑多な動きで駅の構内を移動している。
 そんな中。
「え、イタリア行きのチケット、とれなかったぁ?!」
 辺りを憚らぬ声で雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は叫んだ。
 女性にしては高い身長に、ハーフ特有の体型、加えてそのプロポーションを見せつけてでもいるような、露出の高い衣装。
 夏の東京とはいえ、駅内で明らかに浮いているリナリエッタが声を張り上げたものだから、それを振り返る人の動きで人々の流れが乱れた。
 そのことに全く気付かず、リナリエッタは携帯電話の通話相手である父の部下の黒服にくってかかる。
「折角今回はこち呼んだのに、何それー! なんとかならないの? ってか、何とかしなさいよ!」
「……マスター、怒っていますか?」
 リナリエッタの剣幕に、南西風 こち(やまじ・こち)が尋ねる。
「ねえこち、飛行機の便、チケットが買い占められてるんだって。信じられるぅ?」
 そう言われてもぴんと来なくて、こちは繰り返す。
「チケット買い占め……」
「ああ、要するにここからイタリアに行く足が無いってこと! ざけんじゃねーよ、って感じぃ?」
 リナリエッタは携帯に文句を言い続け、こちは詳細が分からぬままに首を傾げる。
「……マスターのママには会えないですか?」
「このままだとあり得るかも。ほんっと、冗談じゃないわ。なんでそんなことになってんのよ?」
 苛つくリナリエッタは、柱の陰からこちらを眺めてほくそ笑んでいる女性がいることに、全く気付いてはいなかった。


「ふふ、チケットの買い占めありがとう。あなたは良くやってくれたわ」
 携帯電話に囁くと、女性……雷霆 柘榴は目を細めてリナリエッタを見やった。
 最近は地球相手よりもパラミタ相手の商売のほうが楽だから、柘榴は空京に行くことが多い。今日も空京に行った帰路、柘榴はリナリエッタを見付けたのだった。
 聞いたことがある。柘榴の姉……木槿の娘は、ピンクの髪にやたら派手な恰好をしているのだと。
 柘榴の知っている木槿は、蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢で、まさにお嬢様中のお嬢様。美しい人形と言われてきた大人しい姉だった。それと今のリナリエッタの恰好とは、結びつけにくいものではあったけれど、それでも柘榴はあれが木槿の娘だと確信した。
 パラミタの学校に通っているリナリエッタがここにいるということは、夏休みという時期から考えて、きっとイタリアにある家に帰るところなのだろう。
 そう予想をつけた柘榴は、すぐさまイタリア行きの飛行機のチケットすべてを買い占めさせたのだ。それくらいの金額、柘榴にとってはポケットマネーで事足りる範疇だ。
 そして計画通り、リナリエッタは予定していた行き場を無くした。
 きっと、これからどうしようと考えていることだろう。
(さあ、案内してあげる。貴方の母が閉じこめられていたあの家に)
 柘榴は優雅に歩みを進めた。


 鮮やかな朱赤の花が視界に飛び込んできた。
 黒地に柘榴の花を散らした着物の袖を翻し、その女性はいきなりリナリエッタの手を取る。
 驚いたリナリエッタが言葉を発する暇も与えず、その女性は艶やかに笑う。
「まあ。貴方がリナさん! あらあら、本当に綺麗な娘ね!」
「はぁ?」
 なんだこの女は。
 そう思いはしたけれど、どうやら自分の名を知っている様子。一体誰なのだろうと、リナリエッタは女性を観察した。
 年齢はおそらく30代後半といった辺り。くっきりした目鼻立ちをしている。見覚えのない顔だが、どこで自分のことを知ったのだろう。と、聞くまでもなく、その女性は笑いながら答えた。
「私は柘榴。貴方の叔母よ」
 そう言われてみれば、印象は母とは随分違うがどこか面差しに似ているところがある。
「大きな声だからつい聞いてしまったんだけど、飛行機のチケットが取れなかったのね。これも何かの縁、うちにいらっしゃいな」
 さあと掴んだ手を引く柘榴に、リナリエッタは抵抗する。
「どうしてそういう話になるのよ」
「私が住んでるのは、貴方の母が生まれ育った実家よ。娘が母の実家に行くのに、何の不思議があるかしら」
 そう言って笑う柘榴はどこか得体が知れなかったけれど、ただ駅でこうして立っていても仕方がない。気に入らなければすぐに出てくれば良いのだからと、リナリエッタは柘榴への抵抗をやめ、そのまま着いていくことにした。

 柘榴がリナリエッタとこちを連れて行ったのは、山手の高級住宅街でも一際目立つ館だった。
「……ママのママの、妹さん、とても親切な方ですね」
 こちは素直に感謝しているが、リナリエッタはどうだか、と肩をすくめる。一体何の意図があって自分たちを実家に招くのか、読めない相手に気を許すことなど出来ない。
「さあ、どうぞお入りなさいな」
 柘榴は2人を館に招き入れると、一巡り館の中を見せて回った。
 館の中にある綺麗な椅子やテーブル、細かな細工がなされた時計、優雅にドレープを描くカーテン、暖炉の上に飾られた繊細なドレスデン人形。まるで絵本で見たお城そっくりだと、こちは感嘆する。
「……この部屋はなんでしょう」
 草のようなものが床に敷き詰められている部屋が不思議で呟いたこちに、柘榴が説明してくれる。
「こちさんは見たことないかしら。ここは和室よ」
「ワシツ……」
「あ、和室といえば……ちょっと待っててね」
 柘榴は箪笥の引き出しを開け閉めしていたが、やがてこちを手招きする。
「こちちゃん、これを着てみてちょうだい」
「……これは?」
「これはね、着物っていうの。日本の服なのよ。ふふ、おかっぱ頭のお人形さんにはあうわ、きっと」
 言いながら、もう柘榴はこちを着替えさせにかかっている。
 こちがあわあわしているうちに、着付けを終えた柘榴は、どうかしら、と着物姿のこちをリナリエッタに見せた。
「ドレス姿も可愛いけど、着物もいいでしょう?」
「そうねー、こち、なかなか似合ってるじゃん」
 確かにこちに着物は良く似合っていた。いつもはビスクドールのようなこちが、今は日本人形のように見える。
 けれどそれを眺めるリナリエッタは、何処となく居心地の悪さを感じ続けていた。
(こちの和服の刺繍……あれ、木槿よね?)
 図案化はされているけれど、中央だけが底赤の淡いピンクの五弁花と、特徴的なめしべから見て、木槿に間違いなさそうだ。
(ていうか……ママン、『私の家? ふふ、もう無くなってるわ』って散々言ってたのよねぇ)
 ではここは何なのだろう。
 柘榴か木槿のどちらかが、嘘をついている……あるいはその両方が、なのかも知れない。
 楽しそうにこちを着せ替えしている柘榴をじっと眺めつつ、リナリエッタは邪推を巡らせるのだった。

 さんざんこちを着せ替え人形にして遊んだ後は、柘榴は今度は別の部屋で綺麗な宝石を見せてくれた。
「この宝石、リナさんに似合いそうね」
 大粒のエメラルドがダイヤモンドに囲まれたネックレスをリナリエッタの首にかけ、柘榴はやっぱり、と手を打ち合わせる。
「良く似合ってるから、リナさんにあげるわ」
 一体幾らするのだという品を惜しげもなく与え、にこやかにもてなしてくれる。そんな柘榴はやはり謎の存在ではあるけれど、楽しませてくれるというなら、リナリエッタに文句はない。
 ご飯を食べに行きましょうと、料亭に連れて行ってもらったり、家に演奏者を招いてのコンサートを楽しんだりと、柘榴の家での豪華絢爛な日々を、リナリエッタはこちと共に楽しんだのだった。