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【DarkAge】エデンの贄

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【DarkAge】エデンの贄
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リアクション


●ユウケイムケイノゼンブヲ

 このころ同時に、空京にも火の手が上がっていた。
 ヌーメーニアーがアテフェフ・アル・カイユームとともに、空京外周に陽動の火の手を上げているのだ。その中には、クランジλ(ラムダ)の姿も見えた。新入りの満月・オイフェウスも参加している。
「エデンに上がる勇気は……ボクには、ない」
 ラムダはオミクロンに諭され、地上に残って作戦に協力する道を選んだのだ。
 これはエデンに援軍を送らせないための手だてである。
 ほどなくして、辛くも追っ手を逃れ空京に潜んでいたジェイコブ・バウアーがここに合流したことも記しておきたい。
 背後から銃弾に追われながらも空京外周の高い塀にとりつき、ジェイコブはこれを乗り越えた。
 レジスタンスの小集団が見える。あれはヌーメーニアーか。手を振って合図している。
 飛び出す寸前、肩口に銃火を受けバランスを崩すも、歯を食いしばってコンクリートを蹴り、彼は味方勢めがけ飛び込んでいた。足から飛ぶことができなかった。今彼は頭を下にしている。
 それは自殺者のダイビングにも似ていた。頭から冷たい地面に落ちれば、まず助からないだろう。
 しかし彼の巨きな体躯を、がっしりと受け止めた二本の細腕があった。
「助かった」
 受け止めてくれた者の顔をジェイコブは見上げる。
「ごめん、乱暴だったね……無我夢中、だったから……」
 ためらいがちにその少女は言った。
「……おかえりなさい」
 彼女の名はラムダ。クランジλだ。

 ――ジェイコブ・バウアー!
 ジェイコブがラムダに救われたそのとき、彼らの頭上はるか上、エデンの内部。独房。
 フィリシアの身に稲妻のように、落ちてきたのはその記憶。
 何年もまとわりついていた記憶のベールが、そのとき急に取り払われたのだ。
「あの……ど、どうしました?」
 彼女の部屋の戸を開けたまま、小山内南は目を丸くして立ちつくしている。彼女はレジーヌ・ベルナディスに救われ、手分けして囚人たちを解放しているのだった。
 しかしフィリシアには南の声は届いていなかった。
 彼女は、訪れた記憶の奔流に目眩すら覚えている。ジェイコブと過ごした日々、ともに呼吸したあの時間、そして、思慕の念……。
「『あの人』に会わなければ……」
 さまよっていたフィリシアの目の焦点は、この言葉とともにすっと一点に集約されていた。
「私の名はフィリシア・レイスリー。私と契約した人、大切な人……ジェイコブ・バウアーに会いに行きます。会うために、エデンを出ます!」
 南は思わず笑みを浮かべていた。
 笑顔にならずにはいられないほど、彼女が幸せそうな表情だったから。
 
 どこへ行く、と言ってゴルガイス・アラバンディットはグラキエス・エンドロアを追った。
 牢獄から出たグラキエスは迷宮のようなエデンの中を、まるで自分の家の庭を歩くようにして歩んでいく。
 ――早く脱出したいのだが……。
 これはゴルガイスの本音だ。グラキエスはその生存時の姿生体兵器『END=ROA』としてクランジには認識されている。いうなれば、成り立ちこそ違えどクランジたちとは親和性が高い。この事実が、ゴルガイスを悩ませていた。
 ――そう、クランジだ。グラキエスは己と同じ存在を求めている。
 憎しみを学習しつつある現在のグラキエスと、憎しみが行動原理と思わしきパイなどのクランジ……できれば、会わせたくない。
 このとき、まっすぐにグラキエスが到達した場所は、倉庫のような部屋だった。
 文献やディスク類といった資料が蓄えられているようである。
「『親』の形見を取り戻す。それくらいいいだろう?」
 グラキエスはすぐに、倉庫の中からメモリーカードを発見した。グレーの囚人服にポケットはないので、大事に右手で持つ。
 これは、グラキエスの『親』とされるある技術者が彼に遺したデータだ。レジスタンスの情報が入っていると勘違いされ、押収されていたものだった。
「そうか……これか」
 多少なりともゴルガイスは安堵していた。このメモリーカードについては半ば以上諦めていたのだ。こればあればグラキエスの暴走率を下げる管理方法がわかるため、貴重なものには違いない。
「よくこの場所が判ったな」
「メモリーカードに呼ばれた気がした」
「バカな、それはただの記録媒体に過ぎん」
「そうかな」
 と言ってグラキエスは回れ右をした。
「よし、エデンから脱出しよう。なに、小型飛空艇くらい大量にあるはずだ。拝借してすぐに離れれば……」
「いや」
 とグラキエスは言った。
「クランジに、会いに行く」
 それだけは――と止めようとするゴルガイスをまるで意に介さず、彼は笑みすら浮かべながら、また迷うことなく歩き始めたのである。

 同じ頃、風森望とノート・シュヴェルトライテは、畏敬の念に打たれ膝を付きそうになった。
「よう見つけてくれたものじゃ」
 その人は、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)
 見まちがいようもない。
 今は亡きエリザベート・ワルプルギスの先祖であり、パートナーであった女性だ。幼年の少女のような外見だがそれは事実と異なる。すでに五千歳を超える長寿者であり、この世界でも屈指の知識と能力をもった魔女でもある。
 彼女は、分厚い鉄の扉がしかも三重に用意され厳重に施錠された一室に監禁されていた。
 服装も、薄い灰色の囚人服のみ。血色も悪く酷くやせ衰えていた。
「おいたわしや……アーデルハイト様……」
 あまりのことに言葉を失う望に、言いきかせるようにアーデルハイトは言った。
「なに、これは収監で衰えたものではない。パートナーロストというものでな……長く生きて少々のことには動じぬつもりでおったが、私も、エリザベートの死は相当にこたえたわえ。ここに入れられてからはずっと、ほぼ休眠状態じゃったよ」
 自分で自分を笑うように、やや自虐的な口調で彼女は言う。
「しかも、魔術結社の開祖でもあるというのに。魔力のほうまで休眠状態になりおった。体の方は落ち着いてきたが、魔法はまだ、ごく簡単なもののほかはどうしても使うことができん。せっかく救出してもらってなんじゃが、戦力としては期待できんじゃろう」
 こういった弱気な発言がでてくるあたり、やはりエリザベートの死が彼女に及ぼしたものは巨大であったと言わざるを得ない。
 そのとき、激しく金属がぶつかり合うような音が、彼女らの来た方角から近づいてきた。
「量産型クランジ! それに……あれはオミクロンと……クシー!」
 ノートは苛立たしげに声を上げた。クシーが、腕の剣でオミクロンを圧しているようだ。オミクロンは量産型数機を盾にしながらも、目に見えて後退している。その戦いが、こちらに移動しつつあるのだ。
「今日こそは斬り捨ててやりますわ、オミクロン! ……あなたたちに苦しめられた人々の恨みを、今日ここで!」
 怒りの形相を露わにし、ノートはオミクロンを討つべく斬音剣を抜くも、望に止められていた。
「今は、アーデルハイト様を連れて退くことが最優先! オミクロンはあのクシーに任せましょう」
「クシー……誰が、あんな機械人形なんかに!」
 しかし望はにべもない。
「機械人形のことは機械人形に片付けさせればいいのです」
 ぐっと鋭い眼で彼女は、オミクロンそしてクシーを睨んだ。
「私とて、クシーなど信用していません。現時点では味方といっても、所詮はクランジの眷属……いつ牙を剥くかもわからぬ相手、信じられるはずがない」
 このとき大きな音を立てて量産機が両断され、その頭部パーツが飛んで来た。
 パーツだけではない。クシーの身も、隼のように飛来し着地する。地に足が届く寸前、クシーは量産機の頭部を蹴り飛ばし、破片が望にぶつかる前に軌道修正した。
「やあ、望。奇遇だナ」
「クシー、馴れ馴れしい口をきかないでいただけます? それにあれくらい私は避けられました。……ただ、感謝だけはしておきます」
「どうイタしましテ」
「ただ、あなたには以前、貸しを作ったはずです。これで貸し借りなしになっただけのこと」
 クシーは答えず、ちょっと首をすくめて再度、オミクロンに向かって跳躍した。
 望がレジスタンスと袂を分かった理由の一つ、それがこのクシーだった。同じクランジでも、クシーが連れてきたラムダにはそれほど敵愾心はないが、クシーは別だ。望は何度か戦列をともにしたことがあるが、どうしてもクシーには生理的に受け付けられないものがあった。破裂音が多くアクセントにも癖が強いクシーの話し方は嫌いだったし、いつも遊んでいるような彼女の態度も性に合わなかった。
 同様に、ノートもクシーを激しく嫌っている。同じ顔をした宿敵、オミクロンと同じくらい。ある意味ではそれ以上に。
 苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、結局、ノートは折れた。
「利用価値がなくなれば、貴女も斬り捨ててあげますわ、クシー」
 言い捨ててノートは振り返ったのだ。
「さあ、アーデルハイト様」
 望もアーデルハイトの手を取った。
 クシーとオミクロン、そして量産型クランジの斬り結ぶ音を聞きながら三人は道を急いだ。