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リアクション
●脱出ポッド
ゼータが脱出ポッドに到達できたのは、多分に幸運だったと言えるだろう。
すでにこのとき、砦内の大勢は決していた。量産型は制御をなくして次々と各個撃破されている。外に向かっては強い防衛装置も、内側に対しては形無しだ。
――処罰はまぬがれない……。
ゼータにとっては笑えない事態だった。
ことはエデンの失地にとどまらない。国家神クラスの囚人を何人か、みすみす手渡すことになったことにも忸怩たる思いがあった。そういえばκと入れ替えた蒼空学園の元校長……山葉涼司も、まだ命を奪わずエデン内の一室に監禁したままだ。すぐに彼も発見され解放されることになるだろう。
イプシロンはともかく――ゼータは思う――あのクランジθ(シータ)が、始末書を提出したくらいでこの失態を許してくれるとは思えない。厳罰が予想された。
「蜘蛛は好きかね?」
かつて、ゼータにエデンを任せたときの去り際、シータはそんなことを言ったものだ。
――蜘蛛って……どういう意味だ。
ほんの雑談、といった口調だったものの、なぜかその言葉はひどくゼータの印象に残っていた。剥がそうとしても剥がれない。古びたポスターが、壁にこびりついたかのように。
ポッドが動き始めたとき、そのキャノピー外側に剣が突き刺さった。
ゼータは思わず悲鳴を上げていた。
ルカルカのところのドラゴニュートか? シリウスとかいう赤毛の剣士か? それとも七枷陣のパートナーの幼女か?
いずれにせよ、血に飢えた獰猛な戦士が脱出ポッドに剣を突き刺してぶらさがっているところを想像し、ゼータは操縦桿に飛びついていた。
振り落とさなくては! たとえシータに仕置きされるにせよ、ここは脱出しなければ!
だが、このとき、
「私だ」
愚か者、と言いたげな憎々しげな口調で、ポッドに乗り込んできたのはゼータの部下(といっても部下のような言葉使いは一切しないのだが)オミクロンだった。左手の義手はどこかでなくしたらしい。彼女の手があるべきところには、ただ剥き出しの長剣が鈍い光を放っているだけだった。
半ば安堵、半ば恥を隠そうとするかのように、ゼータは平静を装った。
「ああ、君か……ははは、妹との決着はつけられたかい?」
オミクロンはしばらく答えなかった。
しかし彼女は、ついにエデンが見えないほどの距離に遠のくと、やっと、
「次だ。次こそ……決着をつける……」
と独言するかのように言った。
――『【DarkAge】エデンの贄』 了