リアクション
●幕間
「気がつきまして?」
声をかけられてフレンディス・ティラは、体がとてつもなく軽く感じることに気がついた。
まるで十六時間ほどぶっつづけで眠ったかのよう。眠りすぎて霊魂が、半分表に出てしまったような気すらした。現実感を取り戻すまでもう少しかかりそうだ。
はっとしてフレンディスは膝を曲げて後方に宙返りし、一瞬にして相手と距離を取った。
「クランジμ(ミュー)!」
右手右足を前に左拳は腰に……必殺の構えを取っている。
妖刀の装備こそ外されているが、フレンディスにとって最大の武器はその肉体、忍びの里で仕込まれた体術が備わっている。ここが敵地のただなかであろうとただでは死ぬまい――そうした覚悟が全身から立ち昇っていた。
目の前にいたのは『ミュー』と名乗ったクランジだ。籐の椅子に足を揃えて座っていた。
軍服は脱いでおり白い着物だけの姿。透明感のある水色の髪。左右の耳から上の後ろ髪をひとつにまとめてハーフアップにしている。白い帯で両目を覆ってはいるものの、目隠しを通してもフレンディスのことは見えている様子だ。
「フレイ、拳を下げろ。こいつは敵じゃない。……少なくとも今は」
その声がするなり、フレンディスはふうと息を吐いて構えを解いた。
ベルク・ウェルナート。
彼はフレンディスのすぐそば、灰色の壁にもたれて腕組みしている。
フレンディスが目を覚ますより先に、彼は意識を取り戻していたのだろう。
「敵ではないとはどういう意味か、お教えいただけませぬか」
「敵の敵は味方……そういう意味だ」
ベルクは、まあ座れ、とフレイに席を勧めた。
それは彼女がついさっきまで寝かされていたベッドだ。
ベルクもそばのスツールに腰掛ける。
ベッドもスツールも灰色、そういえばミューの座る椅子も灰色の彩色がなされているではないか。
この部屋はそのすべてが灰色なのだった。壁も調度品も同じ、淡い濃いの差があるのがせいぜいの違いで、あたり一面モノクロの世界だ。ベルクとフレイ自身をのぞけば、ミューの水色の髪と白い着衣だけが数少ないアクセントであった。
「あのときは問答無用で金縛りにして申し訳ありません」
とは言うもののミューの口調は、心から『申し訳ない』と思っているようには聞こえない。
「お二人に来ていただくにはこうした手段を取るほかはありませんでした……この空京へ」
「空京!」
繰り返してどうなるわけでもないのだが、フレンディスはミューの言葉を繰り返してしまった。
たしかに、ここは空京だろう。伝え聞く灰色の街。フレイはこれまで、クランジに再建された空京に入ったことはなかった。噂では聞いていたが、その灰色の徹底ぶりは聞きしに勝るものがあった。
窓から見える光景は、地上十数メートルの高所だ。ここは高層マンションの一室かと思われる。
見晴らしを称える気分にはなれそうもなかった。外もまたこの室内同様、一面灰色に塗りたくられていたからだ。警報器と思われるものが控えめな赤(といってもひどく暗い赤)をしているほかは、色彩感覚が枯れてしまいそうな寂しさだ。
かつてのローマのように、空京の街は高い壁で覆われている。
それはこの城塞都市を守るためのものなのだろうか。
それとも、この都市の『灰色』が外にあふれるのを防ぐためのものなのだろうか。
ただ――フレンディスは座ることを忘れ、窓の外を眺めていて気がついた。
この灰色の街空京にも、裏通りもあれば薄暗い路地裏もある。街の外からではなく、内側の高所から眺めればそれはどうしても隠せぬ事実だ。
そうした路地裏のどこかに、フレンディスのもう一人のパートナー『忍野ポチの助』は潜んでいるのかもしれない。たくましく生きて、いつか来たるべき日のために牙を磨いているのかもしれない――根拠はないものの、フレイはふとそんなことを考えた。
「この街を気に入ったわけではなさそうですね」
ミューはフレイのほうに顔を向け、はっきりと言った。
「わたくしも同じです」
その意味が浸透するまで待つように、数秒、ミューは沈黙し、やがてふたたび口を開いた。
「ですが最初に知っておいてください。わたくしは決して、人間と共存共栄するつもりはありません。むしろその逆、機晶姫は機晶姫だけで生きるべきと考えています。あなたたちはあなたたちの世界に暮らせばいい。けれど私たちは、別です。人間を滅ぼすといった考えはありませんが、わたくしたちは生きる場所が違う、とは思っております」
「だが一致する部分はある。だからこそ俺たち手を組みたい。そういうわけなのだろう?」
「おっしゃる通りです。その手始めとして、この忌々しい街……空京を滅ぼします」
協力して下さいますね? とミューはその口の端に薄笑いを浮かべた。
《続く》
マスターの桂木京介です。
大変長らくおまたせして本当に申し訳ありません! 拙いながら必死で書きました。
ハードになったかもしれません。死亡したキャラクターもいます。それもまあ平行世界だから……と思っていただければ幸いです。
さて【DarkAge】ですが、『シリーズ化するかどうかは未定』とシナリオガイドでは書いたものの、皆様のアクションの巧みさに乗せられてしまい、続編決定の流れとなりました。人数を絞ったプレミアムシナリオなどという、ありがたくも勿体ない仕様ですけれど、次回もお付き合いいただければ幸いです。
最初っから続けるつもりだったのでは?、というご指摘も出てくるかと思われます。でもシナリオ公開時点では本当に未定だったのですよ。
……ただ、続けることにしたので「『伯爵』と呼ばれる情報源」、「さらわれたキャラクター」、「プレイヤーが確保したNPC」など、開き直ったかのように「続けないとどうしようもない」流れにしてみました。大丈夫なのかな、自分……いや、今回のプレイヤー様であればなんとかしてくれるはず!(他力本願!)
このたび、次回がある以上どうしてもお願いしたいキャラクター様だけに絞って、次回シナリオへのご招待をお送りさせていただきました。
正直申しますと本当は全員にお送りしたいくらいなんです……すみません!
それではまた続編シナリオにもおいでください。
お待ち申し上げております。桂木京介でした。
―履歴―
2014年4月9日:初稿
2014年6月30日:改訂第二稿