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恐竜騎士団の陰謀

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恐竜騎士団の陰謀
恐竜騎士団の陰謀 恐竜騎士団の陰謀

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9.皮を被った暴力の塊



 いくら屈強な恐竜騎士団と言えど、自分達の倍以上の数の敵を完全に受け止めるのは難しい。特に、雑魚に用は無くターゲットである石原肥満を狙うガートルード・ハーレックにとっては、目の前の敵をわざわざ一つずつ倒すなんて面倒な作業をするつもりは最初から無かった。
 数で押した勢いで壁をすり抜け、一足先に闘技場の中に足を踏み入れた彼女とシルヴェスター・ウィッカーの二人は、廊下を駆け抜けていく。
「ところで、所在はわかっておるき?」
「知りません。けど、偉い人が居る場所なんて決まっているじゃないですか」
「それはどこじゃ?」
「一番高い所です」
 そんな事を言いながら走って抜けていく二人を、風紀委員の酒杜 陽一(さかもり・よういち)は気づかれないように身を隠してやり過ごした。
 足音が離れるまで待って、辺りの様子を伺う。
 どうやら、もう周囲に人は居ないようだ。
「それにしても、こっちを襲撃する計画なんてあったか?」
 極光の谷を襲撃する計画なら、陽一も一枚噛んでいる。といっても、つい先日風紀委員試験を合格したばかりで、そこまで力があるわけではない。キマク商店街に出向いて、今回の騒動とは知らぬ顔をするように話を通しておいたり、無関係な場所で反乱を起こそうとしている奴がいるという流言を流したり、とそんなところだ。
 今こうして闘技場に顔を出しているのも、極光の谷に援軍が送られないようにさりげなく邪魔をしてあげようというもので、こんなお祭り騒ぎがあるなんて聞いていない。
「さっきの二人が人を集めたのか、無茶するなぁ………と、こんなところでボーっとしているわけにもいかないし、どっちに付くか決めないと」
 この騒ぎのおかげで、自分が手を打たなくても援軍を送る余裕は無くなるだろう。向こうは向こうでうまくやってくれる事を祈るだけだ。
「ま、考えるまでもないか。ほぼ全員外に向かったのは確認済みだし、やるなら今だろ」
 ここでバージェスを片付けられれば、万事狙い通り。このタイミングで闘技場に来ていたのは、偶然にしてはできすぎだ。誰かに動けと背中を押されているような気分にさせてくれる。
 にっと笑みを浮かべると、陽一はバージェスの居るはずの部屋に向かって走り出した。
「それにしても、いい勘してるよな、あの二人。バージェスの居場所、どんぴしゃじゃんか」



「あーらら、気の早い誰かがもう始めちゃってるねぇ。どうしようか?」
 松岡 徹雄(まつおか・てつお)の視線の先にある闘技場からはもくもくと黒煙があがっている。どう見ても尋常ではない事態だが、徹雄は至って呑気な様子である。
「行くんですか………」
 気弱そうな発言をするのは、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の纏っているアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)だ。
「そうじゃないと、アユナちゃんに人肌脱いでもらった意味がないからねぇ。それとも、あそこでお祭りしている誰かさんが倒すのをここで待ってみる?」
「できればその方が―――」
「あぁ?」
「な、なんでもありません」
 竜造の一言にアユナは自分の意見を引っ込める。さっき、恐竜騎士団に話しかけた時も怖かったが、今も怖い。怖いという感情に度合いをつけて区別なんて、土台無理な話なのだ。
「それじゃ、せめてこっそり行こうか。あのトカゲ君を仕留める前に疲れちゃうのはおじさんやだからね〜」
 ここから見る様子では、攻め込んでいる人たちは恐竜騎士団に押されているようだ。あそこに飛び込んで余計に疲れるのは御免である。こういう事は、徹雄の方が得意なので竜造も黙ってそのあとについていく。
 ガラスも何も嵌っていない窓から侵入は易々できた。中は外と違って人の気配すら希薄だ。みんな外に出張って、中の守りを疎かにしているのだろうか。
「随分適当だねぇ〜」
「あのトカゲ野郎は………っ!」
 とりあえず入り口から離れるように進んでいると、建物が揺れた。ほんの僅かに遅れて、鈍い音や何かが崩れる音が聞こえてくる。
「今のは何の音ですか………」
「誰かがトカゲ野郎の首を取ろうとしてやがるみたいだな」
「今のはどっちが倒れた音なんだろうねぇ、とにかく居場所も大体見当がついたし、さくっと行ってみようか」



「痛ぅ………何よ、アレ反則じゃないの?」
 ルカルカ・ルーは飛び起きながら、仁王立ちしているバージェスを睨みつけた。
「あれが、恐竜って生き物なわけだな」
 ゆっくりとカルキノス・シュトロエンデが立ち上がる。
「大丈夫?」
「まぁ、あの程度で音はあげられねぇわな」
 体についた埃を払い落としながら、カルキノスは笑ってみせた。ダメージはそこまで入っていないようだ。
「けど、せっかくのチャンス勿体無かったね」
「なぁに、不意打ち失敗したら正面からぶちのめしてやりゃぁいいだけの事だ」
 とは言うものの、バージェスがかなり厄介な相手であるというのは口に出さずとも二人の共通認識だ。
 二人の行動は見破られなかった。風紀委員として近づいて、逃げるように促して背後を取り、その首を狙って一撃を入れたのだ。お間抜けな暗殺者のように、もらったぁ! なんて言葉を口にせずに、確実に急所を狙って、しかもバージェスはガードも避けもせずちゃんと首に一撃が入った。
 しかし、それは必殺の一撃になるどころか、皮膚に傷をつける事も敵わなかった。そして、裏拳一発で二人まとめて吹き飛ばされたのだ。もし契約者でもなく訓練もしてないような普通な人が受けたら、内蔵破裂で即死してもおかしくなかったろう。日々に訓練に感謝である。
 それはともかく、刃物はあの皮膚を切り裂けない。ありがたくも、信じがたい情報を手に入れた。なら、狙うは打撃か魔法か。
「おいおい、どうしたどうした? 不意打ちじゃなきゃやる気でないってか?」
 バージェスはにやにやと笑ってこっちを見ている。武器の無い状態で、着ている服も簡素なもので防御力をあげるような効果があるものではない。あるのは、その肉体だけだ。それでこれだけ余裕を見せられるのは絶対の自信があるか、単に自信家であるかのどちらかだ。
「いいわよ、その化けの皮剥がしてあげるわ」
 ルカルカがバージェスに飛び込んでいく。バージェスはどう見てもパワー型だ、スピードで錯乱すれば有利な状況に持ち込める。そして、ルカルカがひきつけている間に、
「くらいやがれ!」
 カルキノスが魔法で援護する。ルカルカの動きを行動予測で読み、誤射はもちろん、避ける動作をさせずに打ち込む完璧な連携だ。当然、バージェスにそれを避ける余裕など無い。隙間を縫うようにして向かって来る魔法に対して、せいぜい受けるのが精一杯だろう。
 そうなるのが自然であるまま、直撃。だが、ルカルカもカルキノスも手を休めないどころか、さらに速度をあげる。見えたのだ、自分に向かってくる攻撃を見て、笑みを浮かべるバージェスの顔が。
 よろめきもせず、ダメージを負った素振りも見せず、それどころか第二射を放つカルキノスに向かって突っ込んでいく。向かってくる攻撃に蚊程の興味を示さぬまま、自身を覆うファイアストームを突き破り、拳の届く範囲まで近づくと、武術的な要素を微塵も感じさせない右拳を振るった。
 カルキノスは先ほど崩れた壁を突き破り、隣の部屋へ。
「どうした、その程度でもう終わったしまうのか? まさか、そんなつまらぬ事をしたりはいないであろう? さぁさぁ、立て、体が動かぬのなら魂で、魂が無いなら呪いで、さぁ立ち上がれよ若いの! ひーっひっひっひっひ」
 裏返った声で、奇声を交えながらバージェスは笑う。
 恐竜騎士団の長、選定神バージェス。騎士団? 神? 目の前にいるのは、そんな高尚なものではない。暴力が、皮を被って歩いているだけだ。それも、圧倒的な暴力が。
「ありゃぁわしでも受け止めきれんきぃ、一気に攻めるべきじゃ!」
「わかってます!」
 部屋に飛び込んできたガートルードとシルヴェスターは、そのままの勢いでバージェスに向かう。
「おお、丁度いい。遊び相手が少なくて少々物足りないと思っていたところでのう。歓迎するぞ、せめて少しぐらいは楽しませてもらおうか」
「てめぇ、何勝手に俺を倒した事にしてやがるんだ!」
 できたばかりの穴をさらに大きくして、カルキノスが戻ってくる。
「こりゃ、ここで仕留めるのが上策だな。大人数でぼこぼこにするってのはあまりいいようには思わないけど、ここを逃すとあとが厄介だろうし」
 言葉とは裏腹に、真剣な面持ちで陽一がバージェスを睨む。
 これだけの人数に囲まれてなお、バージェスは嬉しそうに笑うのだった。