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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.9 地下四階(1)・罠 


 地下四階。
 板の間だった上階とは違い、こちらは土壁に囲まれた土蔵のような辛気くさい場所だった。
 どこからかガタンガタンと何かが動く音がしている。天井か、壁か、それとも足元か。あるいは全部からか。
「へぇ、からくりが動いてんのか」
 前身に包帯を巻いた、一風変わった出で立ちのカラクリ師、大橋千住は不敵に笑いながら言った。
「おもしれぇおもしれぇ、階層全体に働いてるからくりたぁな。へへっ」
 うんうん、と何を理解してるのかサッパリわからない調子で千住は頷いている。
 みんなが不安そうに背中を見つめる中、彼はくるりと振り返った。
「気を付けろよぉ。カラクリが動いてるってこたぁ、罠が仕掛けられてる可能性が高え。ひひっ」
 その不気味な笑いに不安を覚え、一同は表情を曇らせた。
「しかし、罠があるんならなんとか解除するっきゃないよねぇ……」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)は言った。
「罠対処をするの……?」
 その言葉に反応したのは、パートナーのプリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)だった。
「ああ、そうだけど?」
「そう……なら、丁度いい物があるから、身につけておくといいわ」
 トランクをごそごそとまさぐり、ポータラカマスクを取り出した。
「罠って有害なのを出す物とかあるし、吸い込んだら大変でしょう?」
「ああ、そうだね。ありがとう」
 と、そこでマスクが三つしかないことに気付いた。佑一のパートナーは三人、これでは足りない。
 首を傾げているとふと、カラクリ音に混じり、シュゴーシュゴーと奇妙な音が。
 佑一はプリムラのマスクを見てギョッとした。
「何よ……私の身につけてるマスクが気になるの? ポータラカマスクが三つしかなかったから、パワードマスクをつけてるだけじゃない。シュゴー。たまに変な音が聞こえるけれど、性能的に問題ないから気にしないで。シュゴー」
 うん、気にしないようにしよう……そう心に誓い、佑一はマスクを装着する。
「あ、そういえば千住さんって、目、鼻、は包帯でグルグルだけど、口がガラ空きだよね?」
「んん?」
「なら、マスクをした方がいいよ。体に異常が出る罠にかかったら大変だし、カラクリも使えなくなるだろうしね」
 それから、シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)に向き直る。
「というわけで、シュヴァルツ。まだポータラカマスクを身につけてないなら、それを千住さんに貸してもいいかな?」
「おいおい。せっかくプリムラが『パパのために……』と瞳を潤ませながら渡してくれたマスクを包帯男に貸せ、だと?」
「……言ってない」
「なんで自分のを貸さないんだ?」
「いやぁ、僕はもう身につけちゃったし、今から使用済みのマスクを貸すのは悪いかなって思っただけだよ」
 しばらく黙って眉を寄せていたが、不意にシュバルツはニヤリと笑った。
「まぁいい、千住。これはお前が身につけるといい」
「おう、いいのかい?」
「いやなに、遠慮する事はない。きっと似合うと思うぞ」
 ウキウキ気分でマスクを付ける千住を横目に、佑一は小声で言った。
「おい、マスクをしたらどんな顔になるか見たかっただけだろ……」
「面白そうだろ?」
 期待通り、千住は怪しさ三割増しのマスクミイラと化した。町中を歩いたら二歩で通報、五歩で御用である。

 彼らが四階に降りて少し経った頃。
 カラカラカラカラと、どこかで歯車が急速に回る音がした。
 床や壁の隙間から淀んだ空気が噴き上がったかと思うと凄まじい早さで部屋に充満していく。感覚を鈍らせる類いの空気が入った袋が、自動的に作用しだしたのだ。
 悪いことは重なる。更に上階で打ち漏らしたと思われる忍が、突如として背後から現れ一行に襲いかかってきたのだ。
「ここは私が前に出るわ!」
 茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)はヘルハウンドの群れに命令を飛ばし、自分も大剣を振り回しながら前に出た。
 力任せに薙ぎ払う一撃は、忍の防御力では防ぎきれるものではない。
「私の剣の錆になりたいヤツから前にでろー!」
「貴様の相手などしてられん」
 素早く左右に分かれ、ヘルハウンドを斬り伏せながら、敵は後方を狙う。
「させません!」
 人形使い茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は人形を操り仲間を敵の魔の手から守る。
 ヒロイックアサルトの人形操作。極細ワイヤーから連なる人形が忍たちと斬り結ぶ。
「そんな小さきもので我らを止められるとでも思ったか」
「やって見なければわかりませんよ!」
「そうそ、外見でナメてると痛い目あうぜ」
 衿栖の背後から飛び出したのは、千住特製カラクリ人形だった。
 髪の長い女性を象ったその人形は、千住の振り回す腕の遠心力によって、凄まじい力を発揮する。
 敵の刀を押し返したところに、衿栖は巧みな糸捌きで人形を滑り込ませ、手から刀を弾き落とした。
「ぐ……貴様ら」
 衿栖と千住は背中合わせに立ち、互いの背中を守るように忍たちと対峙した。ふたりは同時に、相手の得物に心の中で呟く。
 凄い人形……ここまでの力を出すなんて、カラクリ師は伊達じゃないのね……。
 こいつはまたクラシックな人形使いかい。あの細えワイヤーでよくもあんな繊細な動きが出来るもんだ。

 常人にはよくわからないが、同じ古典技術を使う者同士、感じ入るところがあるようだ。
 しかし、お互い素直に顔に出す性格ではなかったが。
「ちょこまか動いて私の人形操りの邪魔はしないように気を付けてくださいね」
「それはこっちの台詞だ。古くせえアンティークドールなんざ出る幕じゃねぇよ、すっこんでな」
 勝負はこちらが優勢に思えるが、けれど長期戦は不利だ。
 マスク装着の千住はまだしもなんら防護装備のない彼女は次第に人形を使う指先の感覚がなくなり始めている。
「……く!」
「……おい、この罠の元をさっさと探しだしなっ」
「ここは俺が……!」
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)はポータラカマスクでガスを凌ぎながら、においの元を探る。
 ダウンジングで部屋の中を探し回る……が、匂い袋は金属ではないため感知できなかった。やむを得ず当てずっぽうで、「ここだ!」とパワードアームを装着した腕で床を突き破る。
 が、当然ただ床が破損するだけであった。
「ちっ……こんなとこでもたついてたら、下に行けねぇだろうがよ!」
 見かねた千住が、戦いながら無造作に壁の一部を人形に蹴らせる。
 すると歯車が歯を噛み合わせるなんらかの装置の奥に、強烈な臭いを放つ袋を発見した。
「これが正体……中をあらためるのは、ちょっと危ないのでやめておきましょう」
 千住がどうやってそこを掘り当てたのか、謎は残る。
 が、今は悠長にそれを考えている場合ではない。陽太は密閉容器に放り込むと、そのまま封をした。
 痺れさえ止まれば、もはや忍も恐るるに足らない。朱里の倒し漏らした敵を、衿栖と千住で確実に仕留めていった。
「……片付いたようだな」
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は床に倒れた忍たちを見た。
 それから根回しで先遣隊から手に入れた地図を広げる。
「ブライドオブハルパーを守る為の罠があるとは思っていたが、場合によっては相当危険な状況になるな……」
 地図ではこの先、複雑な迷路となっているが大きな部屋が2つある。
 情報によればこの先に水攻めと火攻めのトラップがあるとのことだ。流石に停止させる方法まではわからなかったが。
「とにかく先を急ごう」