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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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【ニルヴァーナへの道】ツミスクイ 突ノ章

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chapter.6 地下三階(1)・桃 


 そして舞台は再び、地下に戻る。
 ヒトダマをすり抜けた晴明たちは階段を降り、地下三階へと移っていた。
 まだこの階に来てから危険に遭遇していないためか、一行の雰囲気はそこまで張り詰めてはいなかった。とりわけ、くノ一のお華の周りには人が集まっていた。
「くノ一って、ジャパニーズニンジャガールのことでしょ?」
「ジャ、ジャパニーズニンジャガール!?」
 お華は、聞きなれない言葉を口にしたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に尋ね返した。
「あれ、違うの?」
「うーん、いや、たぶんそれで合ってるんだけど……」
 お華が困った様子で答えると、カレンは目を輝かせてお華の手を握った。
「イッツ、ファンタスティック!」
 やたらと外人っぽさを強調してカレンが言うと、お華は純粋にそういう文化に興味があるのかなと察し、話し相手になることにした。
「忍者に興味があるの?」
「うん! ニンジャもだし、東洋の神秘全般かな。サムライ、ブシドー! ハラキリ!」
「いやっ、あたしは武士道とかないし腹も切らないけどね!?」
 慌てて否定するお華だが、すっかりテンションの上がったカレンはお構いなしに質問攻めをする。
「お華ちゃんはアレだよね、いわゆるナイスバディってヤツ? ちょっと嫉妬しちゃうけどボク知ってるよ、ナイスバディかつ、透き通るような白い肌の女性しかくノ一になれないってこと」
「うーん、そんなことないと思うけどなあ」
「ええっ!? だって、任務中必ず入浴シーンがあって、周囲の男たちを魅了するんじゃないの!?」
「任務中お風呂なんて入んないよ!」
 普段な陽気なノリで周りを巻き込むタイプのお華であったが、カレンの勢いに圧倒され、すっかり彼女はつっこみ役となっていた。なおも、カレンの言葉は止まらない。
「入らないの!? オーノー!! お願いだから、ジャパニーズニンジャガールの、ベリーフェイマスシーンを見せてクダサイ!」
 もう完全にキャラがいつものカレンではなくなっている。いわゆるひとつの外タレ状態だ。
「だってこんなとこにお風呂とかあるわけないじゃん!」
「ゆ……湯殿とか」
 カレンは、おおよそ外人であれば口にしないであろう単語を用いて説得を試みた。が、さすがに探索中にひとり入浴するほどお華も天真爛漫ではない。やんわりと断る彼女だったが、そのやり取りを見ていたパートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はカレンの願いを叶えようとしていた。
「事情はよく分からぬが、女忍者は裸になると究極的な強さを発揮する、と我がパートナーは言っていたな……ブライドオブシリーズを持ち帰るというこの任務、失敗は許されぬ。ならばここは、ぜひともお華にその強さを発揮してもらわねば」
 ただし、間違った方向で。ジュレールは「おそらくこの先、幾多の罠が待ち構えているであろう」と予測を立てると、カレンと話しているお華に近寄り、突如忍装束をぐいっと引っ張った。
「きゃっ、な、何すんの!?」
「もしこの先火攻めや水攻めなどの罠があれば、服が焼けたり濡れたりするかもしれぬ。あらかじめ脱いでおくと良い」
「そっか、一理あるかも……ってあるかい!」
 満点のノリツッコミである。ジュレールは、おもいっきりお華に頭をはたかれた。
「……お華のためを思って忠告したのに、なぜ我が殴られねばならぬのか……」
 お華はジュレール、そして入浴を迫るカレンをキッと睨みつけた。お華からしたら急にセクハラを受けて怒っているだけだが、周りから見たら猥談で盛り上がっているように見えていた。
 ならば、とそこに混ざったのは、服部 保長(はっとり・やすなが)だった。
「拙者も同じくノ一として、興味深いでござるよ」
「え? あんたもくノ一なの?」
 保長が自己紹介がてら話しかけると、お華はようやくセクハラから逃れられるとほっと一息ついた。だがしかし。
「そうでござる。ぜひここは互いに手の内を見せ合って、情報収集のやり方について意見交換がしたいでござる」
「なーんだ、話せる人もいるじゃない。そういう話ならいくらでも付き合ったげる。で、どんな手段を持ってるの?」
「たとえば……サイコキネシスとレビテートを合わせて使うことによって、椅子に座っているように浮かぶことができるでござる。そこで足を組み替えれば、男はドキドキしてぽろっと情報をこぼすのでござるよ」
 言って、保長は実際に言葉通りの技を実践してみせた。なるほど、確かに見えそうで見えないそのデルタゾーンは、男性の視線を奪い、邪念を植えつける。正面でこんなことをされては、世の男性は手錠がいくらあっても足りないではないか。
「え、またそういう系の話!?」
 お華は、桃色話から開放されてはいなかった。さらに保長は、エスカレートしていく。
「お華どのは、どのような手管を?」
「いやー、あたしは……」
 言いかけて、お華は言葉を呑んだ。目の前の保長が、明らかに自分の胸を注視しているのだ。
「……なに?」
「お華殿の胸は、型の良い胸でござるな」
 確かにその言葉通り、前がざっくり空いた忍装束からのぞく彼女の胸は適度な大きさとおわん型の曲線を持っており、露出はしているが晒しすぎていない危ういバランスもまた、色欲を増加させるのに一役買っていた。
「こう、背後に回って他の殿方に見える形で揉んでみたくなるぐらいに……」
 にんまりと笑う保長。お華は背中に悪寒を覚え、さっと距離をとった。
「葦原以外の生徒って、こんなに煩悩まみれのヤツばっかなの……?」
 お華が不思議そうに口にする。もちろんそんなことはないし、なんなら葦原にだって似たような輩はいるはずなのだが、お華はすっかりこの場の空気が変わってしまったのを感じていた。
「試しにちょっと触ってみても良いでござるか?」
「ダメに決まってんでしょ!」
「ならば、服を脱ぎ風呂に入るのだ」
「脱ぐか! そして入るかっ!」
「あ、ボクこういう時なんて言うか知ってるよ! アナタ、ご飯にする? お風呂にする? それともタッチ?」
「きみの日本観、ちょくちょくおかしいよ!? さっきから言おうと思ってたけど!」
 お華と彼女を取り囲む女性たちは、すっかり大はしゃぎしていた。
「もっとグイグイいくんだ、グイグイ……!」
 そしてその会話をさりげなく横で聞いていたのが、保長の契約者である閃崎 静麻(せんざき・しずま)だ。つい心の中が声に出てしまったが、彼はさっきからずっと彼女たちの猥談に耳を傾けていた。
 そして、妄想していた。
 お華が、あんな姿やこんな姿になるところを。耳をすませば、彼には見えるのだ。

「え、ほんとにお風呂入るのぉ?」
「いいからいいから、ほら脱いで!」
「わあ、すごいおっきいね〜」
「しかも柔らかいよ! 何食べたらそんな胸になるの?」
「あ、やだ、ちょっとそんな強く……っ」

 以上はすべて静麻の脳内だけの会話だが、彼はそれだけで早くも鼻血を流していた。
「もっと全神経を集中させて……!」
 さらに鮮明な映像を浮かべようと、静麻は体内の神経をすべて耳に集中させる。
 その時、突然彼の背後に強烈な気配が生まれた。
「ぶっ!!?」
 一段と強く鼻血を噴出させ、前のめりに倒れる静麻。その異常事態に生徒たちが一斉に振り返る。
 そこには、全身を黒の装束に包んだ集団がいた。格好から、忍であることが伺える。
「……寺院の追っ手か?」
 晴明が問いかけるが、もちろん首を縦に振る正直者はいない。が、発せられる敵意は明らかに晴明たちに向けられていた。戦いは、不可避のようだ。
「相手が忍なら、あたしの出番よね」
 さっきまで生徒たちと賑やかに話していたお華が、表情を一変させて前に出た。と、同時に影がいくつか並ぶ。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と三人のパートナー、羽搏輝 翼(はばたき・つばさ)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)らである。
「Hi,お華。私はローザ。こう見えても陰陽科のOGよ。もっとも、専攻は特殊メイクと変装だったけどね」
 ローザマリアが、横にいるお華に軽口混じりで挨拶をする。無論視線は、眼前の忍らに向けられたままだ。
「敵を前にして軽口なんて、余裕あるじゃない?」
「華も、会話に付き合ってくれてるけどね」
 ローザマリアは、ゴッドスピードを発動させていた。つまり、いつでも戦闘に移る準備はできていた。後は、間合いを埋めるだけだった。
「もしかしたら、もっといるのかも。目の前の敵がすべてじゃなく」
 彼女が短く言う。隠形の術や隠れ身などで、一部の忍が姿を隠しているのではという予測も立てていたのだ。忍に対する彼女の行動予測は、鋭いものだった。
「華、明倫館の隠密科がどれほどのものか、連中に思い知らせて差し上げましょうか?」
 そう言うとローザマリアは、バーストダッシュで一気に間合いを詰めた。通常ならそこで勝負が決してもおかしくはなかったが、そこはあいても忍。彼女の速度に、目が追いついていた。
「そこか」
 小太刀をローザマリアの動きに合わせ捌こうとする忍。しかしそれすらも、彼女は織り込み済みだった。あえてその攻撃を受けると見せかけて、銃舞で華麗に回避する。
 同時に、魔弾の射手を放ちあっという間に目の前の忍をひとり倒した。
「このくらい強くなければ、ハイナは守れないもの。彼女は、私にとってのプレジデントなの」
 地に伏した忍にそう言い放ったローザマリアの横で、お華も素早く敵のひとりを仕留めていた。そんなふたりの戦いに続くように、翼、そしてグロリアーナと菊も攻勢に出た。
「貴殿ら、光栄に思うが良い。羽撃鬼の鬼の手にかかって倒されるのだからな!」
 前線に出たお華とローザマリアを取り囲もうとする忍たちに、鬼神力を発動させた状態でツインスラッシュを放つのは翼。
 その一撃は、忍たちの包囲網をつくらせず、彼らを分散させることに成功した。
「見たところ、かなりの手慣れ……お華様、御油断無き様」
 菊がお華に注意を呼びかけながら、翼によって分散した敵に凍てつく炎をお見舞いしようとする。が、ただの術では忍の速さに叶わないのも事実。彼女の攻撃は、あっさりとかわされてしまった。
 反撃に転じようとする忍たちは、まず攻撃を仕掛けてきた菊を狙った。しかし、そこに歴戦の防御術で立ち塞がったのはグロリアーナであった。
「効かんな」
 忍の鋭い蹴りをなんなく防いだ彼女は、疾風突きで反撃に出た。さすがに至近距離でその素早い打突を避けることは出来なかったのか、忍はみぞおちを押さえてうずくまった。
「みんなやるじゃない。こりゃあたしの出番も少ないかな?」
 お華がちらりと彼女たちの方を見て言う。彼女は器用に忍たちの隙間を縫って、攻撃を受けないようにしていた。その華麗な舞を、国頭 武尊(くにがみ・たける)は熱い視線で以て応援していた。
 彼、武尊は最初、ローザマリアたち同様お華を援護し、共に戦おうという心積もりでいた。
 しかし、自分の動きがそこまで俊敏ではないことを自覚している彼は、かえって邪魔になるのでは、と判断し自粛した。
 だが、お華の手助けはしたい。地球にいた頃、時代劇のドラマに出てきていたような素敵なくノ一ガールのために頑張りたい。その思いは本物だった。
 その思いを昇華すべく、彼がとった行動がこの「応援」である。蒼き水晶の杖を両手で握りしめた武尊は、素早く動き回るお華をかろうじて目で追いかけながら、彼女に熱いエールを送った。
「チチシリフトモモ! チチシリフトモモ!」
 それは、杖を振る武尊の動きと相まって、何かの呪文のようだった。
 もちろん、言ってることは完全なるセクハラである。
「ちょっとそこ! 外野! 変なこと言わないで、気が散るから!」
 お華にただちにやめるよう言われ、武尊は首をかしげた。
「何か効果があるような気がしたんだけどな……」
 あるとすれば、武尊が女の子に避けられる効果くらいである。
 仕方なく武尊は声援をやめ、相手の忍が暗器などを隠し持っていないか、邪気眼レフを装着しチェックするという援護策に出た。
「見える、見えるぜ……オレにはすべてが見える……!」
 ただしそれは、お華の肢体的な意味で、だった。彼は、おもいっきり堂々と視姦していた。
「ちょっと、いい加減にしてよ!」
 しゅん、と速い動きで武尊のそばへ飛んできたお華が、武尊の頭を叩いた。割と彼女は、すぐに手が出るタイプらしい。
「いてっ!」
 叩かれた武尊は、その頭にかぶっていたキノコハットから胞子を意図せず飛ばしてしまった。
「ちょっ、何よこれっ」
「あ、オレのキノコから胞子が!」
 そこだけ聞くと、かなり危険な発言である。ちなみにその胞子には催眠効果があったが、お華が「生理的に無理」と飛びずさったことで胞子を食らわずに済んだ。
 お華と武尊がそうして一悶着を起こしている間に、ローザマリアたちが戦っている場所では異変が起きていた。
 最初に見た時はそこまで多くはいなかったはずの忍が、数を増しているのだ。やはり、ローザマリアが予想した通り、身を隠していたらしい。
 グロリアーナは、わらわらと増えてきた忍たちを見ると、大声で他の生徒たちに向かって告げた。
「む、曲者か!? 出会え、出会え!」
「それ、悪代官とかのヤラレキャラが言うセリフだから!」
 お華に即座につっこまれたが、彼女はどこか満足気だった。たぶん、一回言ってみたかったのだろう。
「って、冗談ばっかやってる場合じゃないかな」
 お華が周囲に目を向ける。忍の数は、ざっと見ただけで三十人ほど増えていた。