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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 2 流れ込むは、暖かき心

     〜1〜

「いない?」
 輝石 ライス(きせき・らいす)は、空京の住居エリアにある診療所の受付にいた。彼は先日のデパートテロの後、ここに収容された犯人の1人、チェリーに食ってかかり、騒ぎ立てた。もう少しで手が出るところだった。だが、その後の出来事、ひいては彼女自身の話を聞いたことで怒りを萎ませて彼は帰宅し――
 パートナーに説教された。
『しっかりしてもらわねば困るのだ』
 経緯を知った件の被害者でもある彼女は、ライスを正座させて長時間の説教を行った。普段ならうんざりするところだが、言葉の一つ一つが至極もっともで、彼は足をしびれさせつつも心から反省した。周りが見えずに突っ走ったのは問題だった。そう考え、チェリーに謝罪するために再び診療所を訪れたのだ。
 対応した看護師は、その時に夜勤をしていた女性だった。本日は日勤ということで、ご苦労様という他ない。
「今日の朝だね。迎えが来て、無事に退院していったよ。素性が素性だからね。何かあった時の為にって教えてくれたから、連絡先とかは分かるよ。知りたいかい?」
「教えてくれ!」
 勢いこんでライスが頼むと、看護師は如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の家電を教えた。そういえばあの時そんなことを言っていたな、と思いながら早速、電話を掛ける。程なくして出たのは、正悟のパートナー、エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)だった。チェリーに会って謝りたいと伝えると、短い保留音の後に彼女は言う。
『今から、どのくらいで来られる?』
「? そうだな、空京内だから、1時間かかんねーで行けると思うぜ」
『じゃあ、出来るだけ早く。もしかしたら、これから出掛けないといけないかもしれないから』
「分かった、すぐに行く」
 通話を終えて携帯を仕舞うと、看護師が笑顔を向けてきた。
「実はね、さっきも1組来たんだよ。チェリーに会いたいって。これだけ心配してくれる人がいるんだ。あの子ももう大丈夫だね」

「1時間以内に来れるそうよ」
「そうか、じゃあ大丈夫だな。呼んだ連中も、まだ暫くは着かないだろうし」
 会話するエミリアと正悟の傍で、チェリーはテーブルに視線を落として座っていた。どこか身を縮めているというか……尻尾を丸くしている。くるんとなって、腰のあたりに毛先がきていた。
「……なんというか、まあ」
 正悟はやれやれと息を吐いて、彼女に向き直った。耳がぴくりと動く。
「良く、話してくれたな」
「…………」
 顔を上げるチェリーに、彼は言う。
「話の内容で、この家がもし襲撃されたとしてもそれで迷惑だとは思わない。そしてその事に気を病む必要性も無いさ。少なくとも、俺は家族だと思ってるからな」
「家族……?」
「ああ。だから、困った事があるなら頼ってくれて問題は無い」
「そうよ、チェリーさん」
 エミリアも、優しい微笑みを彼女に向ける。
「私達に迷惑がかかるとかは思わなくていいからね? 私たちは期間は短いけど友達だし、家族と同じように思ってるから」
 その言葉に、チェリーは驚いたような顔をして――精一杯の礼を口にした。
「ありがとう……」

 呼び鈴が鳴ったのは、それから約30分後だった。玄関口に出ようとするエミリアを止め、正悟がドアを開ける。そこに立っていたのは、予想していた誰でもなかった。リネン・エルフト(りねん・えるふと)ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)。2日前、診療所に来た2人である。リネンの方は、チェリーに対してかなり攻撃的だったが――
「……ライナスが……狙われてるって聞いて……もしかして、関わりがあるんじゃないかって、思って……」
 ライスよりも前に診療所を訪ねたというのはリネンだった。ライナスとモーナは、狙われているかもしれない。蒼空学園から発せられたこの依頼文を読み、彼女は引っかかりを覚えた。この情報は、どこからきたものなのだろう、と。ほぼ休学中とはいえ、生徒は生徒だ。電話で問い合わせたら、ファーシーがキバタンから聞いたものだという答えが返ってきた。キバタンといえば、チェリーだ。
「彼女が……鏖殺寺院を離れて、誰かのために何かをしようとするなら……助けてあげたい……」
「……分かった」
 ユーベルと共に中に入ったリネンは、チェリーを前にすると確認する。彼女は、警戒の眼差しをリネンに送った。先日、確かな殺気を感じた相手だ。
「警告を出したのは……あなたね……?」
「……そうだ。アクアから2人を殺すように言われた……」
 自分が実行しなかったとしても、アクアは別の誰かにも同じ命令を出しているかもしれない。それを危惧しての警告だという話を聞き、リネンは一つの可能性を捨てた。
「アクアに……、寺院に従う気は無い……ライナスを……守りたいのね……?」
 チェリーは頷く。それなら、彼女に全面的に協力したい。
(……私と同じだった……)
 リネンも、かつては犯罪組織に調教され、縛られていた身だ。それを助けてくれたのが、ユーベルである。
「あなたが、自分の意志で“先”を目指すなら……協力するわ。私も……助けられたから……だけど、約束して……鏖殺寺院には絶対に戻らない……決別するって……。そして、生きて、罪を償い続けるって……」
 前に立つリネンに見下ろされ、チェリーは考えた。寺院に戻る気はない。だが……『罪』。罪を犯していることなど、元から百も承知だった。2日前と違うのは、自分の行動を、その被害者を山田太郎に置き換え、誰かを傷つけたであろうことを茫洋と理解していること。それを思うと、少し胸が痛むこと。
(……私はきっと、もうああいうことは出来ない……)
 何故出来ないのか。それを明確に自覚した時に、自分は本当の贖罪を始めるのかもしれなかった。もとより、死ぬつもりはない。
 リネンが言う。
「今回の事件で傷つけた人……その人達に会った時には……ちゃんと謝罪して……。それを守ってくれるなら……私は、全力であなたを護るわ……」
 無言のまま、チェリーは肯定の意を示す。
 ぴんぽーん……。
 その時、再び呼び鈴が鳴り、先日受け取ったメモを元にチェリーが自ら電話をしたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が入ってきた。キリカ・キリルク(きりか・きりるく)シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)を連れている。やがて、同じくチェリーの呼び出しに応えた茅野 菫(ちの・すみれ)パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)がやってくる。菫は事件の翌日に看病している際、トライブはあのキスの後にお互いの連絡先を交換していた。
「チェリー、ごめんね、待たせちゃった?」
「こんにちは、チェリーさん」
「冒険屋の出番のようだな」
「依頼とあらば即参上! ッスよ!」
「皆……」
「チェリー……」
 トライブが彼女を見て、一瞬だけ身を引いた。頬にキスをされたことを思い出し、微妙に恥ずかしくなったのだ。女の子大好きとか言っている割に、意外に照れ屋らしい。とりあえず、軽く手を上げる。
「よう。ず、随分良くなったみたいだな?」
「う、うん……」
 チェリーは俯き、少し顔を赤くした。何とも初心な空気を放つ2人を横目で見ながら、ジョウは思う。
(もう、見ているこっちが恥ずかしくなっちゃうよ。焚き付けたのはボクだけど、でも、本当にキスしちゃうなんてチェリーさんも大胆だなあ……)
 その時。
 ぴんぽーん……。
 呼び鈴が鳴る。恐らく、これで最後だろう。アポイントを取ったライスが合流した所で、正悟は言った。
「現時点では、これで全員だな」