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第23章 ペンフレンド

 用事で空京を訪れていた桜井 静香(さくらい・しずか)は、ペンフレンドの男性に誘われ、繁華街にあるホテルのレストランで食事をとることになった。
「久しぶり」
 ロビーで待っていたペンフレンドクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の顔を見て、静香は微笑みを浮かべる。
「こんばんは」
 クリスティーも緊張しつつ、淡い笑みを浮かべた。
 静香は付き人と一緒だったけれど、レストランまで付き人は同行しないらしい。
 2人で天気のことや、最近見ごろの花など、ごくありふれた会話をしながらレストランへと入っていく。
 クリスティーのパートナークリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)も今日は同行していない。
 恋い慕う静香と2人きりで、窓際の席に向かい合って腰かける。

 メインディッシュを食べ終えた頃。
 クリスティーは静香を食事に誘った理由。直接会ってキチンと話したかったことについて、語り始めた。
「念願叶って、イエニチェリになることが出来たんだ」
「え? そっかっ、おめでとう。すっごいね!」
 静香は嬉しそうに笑みを浮かべて、心から祝福してくれる。
 こくりと頷いて、クリスティーは少しだけ照れくさそうな顔を見せる。
「入学した頃は、憧れでイエニチェリになる事しか考えてなかった……。イエニチェリになって何を成すのか、どんな矜持を持っているかが大事だとイエニチェリになる直前に気づいた」
 イニチェリになり、その先にあるものと……。百合園女学院の校長である、静香の恋人としての座。その二兎は追えないものだと、解っていた。
「自分を省みればまだ未熟だと思う。けど人前でそう言う訳にはいかない。でも静香さんにだけは知っておいて貰いたい」
 紅茶を一口飲んで、真剣な瞳で静香に話していく。
「イエニチェリの先にある道は、百合園の校長である静香さんの先にある道とは異なると思う。歩みを止める訳にはいかない。でも、だからこそ静香さんに頼られる存在になってみせる」
 クリスティーの強い決意に、静香は首を縦に振った。
「僕も、クリスティーさんにきちんと言わなきゃいけないことがある」
 静香はそう言って、軽く微笑んだ後で、クリスティーと同じように真剣な目を向けてきた。
「噂になっているから、知っているかもしれないことだけれど」
 そう前置きをしてから、静香はこう話した。
「僕……見かけはこんなだけれど、性別は……オトコなんだ」
 静香の告白は、クリスティーにとって衝撃的だった。
 言葉を失い、クリスティーは表情を固まらせた。
 クリスティーは元々ノーマルな男性であり、精神的に男のつもりだった。
 静香への恋心も男として、女の子に恋心を抱いている、ノーマルな感情のつもりだった。
 ペンフレンドとしてのお付き合いも幸せだった。
 肉体的には同性だから、プラトニックな関係から先には進めないという諦めもあったから。
 だけれど、静香は知らないが――クリスティーの体は女性の体だ。
「もしかして……知らなかった? ごめん、ごめんね。今まで黙ってて。元々、クリスティーさんに好きになってもらえる女の子じゃ、僕はなかったんだ。そして今は、お付き合いをしている女の子もいる」
 静香の言葉の後。クリスティーは少し間を置き、大きく息をついた。
「わかった。……立場的に、言えなかったのは理解できるから、怒って……ないよ」
 とぎれとぎれに、クリスティーはそう答えた。
 自分の性別もきちんと伝えるチャンスかもしれないけれど……。
 今は彼女がいる、そして自分と進むべき道が違う彼女……いや、彼に、それを告げることにどんな意味があるのか。
 そんな風に考えてしまい、この場では言い出せなかった。

 それからクリスティーは少し、上の空だったかもしれない。
 互いの学校で育てている花や、催しの話など。
 他愛もない話をゆっくりとしながら食事を終えて。
 2人はまた手紙を書くと約束をして、その日は別れたのだった。