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第26章 信じたい、例え叶わずとも

「見て見て、あれ可愛い! あれ美味しそー!!」
「理子様、お気持ちはわかりますが、決して逸れないでくださいね」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)を誘い出し、ホワイトデー大感謝祭で賑わう街へと訪れていた。
 理子が外出を許された時間は、僅か1時間。
 本人は勝手に延長するつもりのようだったけれど……。付き人に頼み込んで連れ出した手前、陽一としては時間通りに連れ帰らなければならなかった。
 理子は右手に大きなぬいぐるみ、左手にクレープを持って、ぬいぐるみを抱きしめ、クレープを食べ、あたりを見回し、パフォーマンスや飾りを楽しんだり、短い時間で1日分楽しもうとはしゃいで、忙しなく動き回っていた。
 彼女とはぐれたりしないよう、陽一は彼女の腕を掴んでいる。
(他意はない、他意はない。理子様をお守りするために必要なんだ)
 心の中でそう唱えながら。
「ね、これ美味しいですよ。食べてみます?」
 陽一が答えるより早く、理子は購入したばかりのおでんを陽一の口につっこんだ。
「うぐ……。はひ、おいひいでふ……」
「じゃ、それは先生にあげるね」
 理子は別の串を自分の口に運んでいく。
「次はあっち。大きなせんべいに絵を描けるんだって」
 理子は陽一を引き摺る勢いで歩きだす。
「理子様、少し落ち着いてください。人様にぶつからないよう注意してくださいね」
 つい、小言のようになってしまうことが、陽一としても残念だった。
 だけれど、理子が女王のパートナーである以上、それは仕方のない事。
 楽しそうな理子の姿に、ひそかに陽一は目を細めた。
(受け入れてもらえなかったけれど。……それでも、愛しているんだ理子様)
 彼女の明るい笑顔を見ているだけで、幸せな気持ちが湧き上がる。
 自分に向ける、喜びの感情に、胸が苦しくなる。抱きしめて、自分のものにしてしまいたくなる。
 それができたら、どんなに幸せだろうか。
(これから改めて接していく内に理子様の御心が変わる可能性も無きにしも非ずというか、だから、最後まで夢を諦めたくないみたいな?)
 そんなことを考えつつ、陽一は大きくため息をついた。
(てかもう、必死すぎるだろ俺〜!)
 頭を掻きむしりたくなる。
 ただ、いつか理子が振り向いてくれると、信じたかった。
 ……例え、叶わずとも。
(どの道、理子様を護り続ける事に変わりないしな!)
「よし、理子様。和菓子もお勧めですよ。日本の店が沢山ありますし、みたらし団子の食べ比べ、しませんか?」
「するする! 負けないわよーっ」
「では、あのお店から入ってみましょう」
 陽一は和菓子屋に理子を誘った。
 理子はすごく嬉しそうだった。
 彼女の笑顔に、陽一は満腹になってしまう。
 だから、この勝負は理子の圧勝だった。

「あっという間でしたね」
「うん、遊び足りない〜。食べたりない〜」
 理子はお土産を沢山持ちながらも、まだまだ遊び足りない様子だった。
「また理子様に時間が出来たら、お誘いしますよ」
 そう言って、陽一は自分が作ってきたお土産を理子へと差し出した。
「……何かな?」
「手作りのみたらし団子です。プロの味には程遠いですが……」
「ううん。食べなくても分かる。とっても美味しいってことが。……手作りは、心がこもってるから美味しく感じるんだよね。ありがとうございます、先生」
「こちらこそ、今日はありがとう」
 いつの間にか、宮殿の側に着いていた。
 付き人達が理子を迎えに出ている。
「……それじゃ、またね」
「はい、また出かけましょう」
 陽一は、掴んでいた理子の腕を離した。
 理子は淡く微笑んで、陽一に軽く頭を下げた後、付き人達の方へと走っていく。
 陽一は彼女の姿が見えなくなるまで、その場で見守っていた。