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リアクション
☆
――夜、11時。
ここはツァンダの街の廃工場。
「――来たぞ、綾耶を返せ!!」
匿名 某は叫んだ。
その傍らにはフェイ・カーライズと大谷地 康之の姿。
某の声が工場に響き渡ると、剥き出しになった二階部分に、人影が現れる。
「とぅ!!」
そこから跳躍して、さらにもう一つ上の階へと上がった全身ピンクの男は、月光をバックに宙返りをして、ひとつの椅子の近くに着地した。
「美少女擁護戦士・ペド、フィリ、アーーーンッ!!!」
ビシっとポーズを決めて、ペドフィリアンは姿を現した。
「す……すげぇ、無駄にカッコいい……!!」
康之はややズレた感想を漏らすが、綾耶を人質にとられている某はそれどころではない。
「綾耶はどこにいる……綾耶を返せっ!!」
その言葉に応じて、ペドフィリアンは椅子をくるりと回転させる。
「あ、ちみっ子!!」
康之が叫ぶ。そこには、既に魔法陣による儀式を終えた綾耶が眠っていた。
「おまえ……ッ!! 私の綾耶に何をした……ッ!!!」
フェイが今にも呪い殺しそうな声を上げ、銃を構えた。
だが、標的と綾耶の位置が近すぎる。今この銃で狙撃を行なうのは得策ではないと判断し、フェイは唇を噛んだ。
「てめぇ……ペドフィリアンとか言ったか……ふざけた名前しやがって、綾耶をさらおうとはいい度胸だ――遺書の用意はできてんだろーな?
ついでに、何が目的なのか吐いてもらうか!?」
さすがにパートナーを誘拐されては某も平静ではいられない。しかし凄む某と対照的に、ペドフィリアンは嘲笑を浮かべた。
「ふ……さしずめお姫様を救うナイト気取りか、愚かなことだね」
「……何ぃ?」
「私は君の鏡――愛すべき少女を守り抜きたいという心は、君と同じさ」
「――い、言ってる意味が分からんぞ……てめえと俺が、同じわけねえだろっ!!」
しかし、ペドフィリアンは某の叫びを無視して、続けた。
「ふ……同じさ。ただ、私の場合はこの世界の全ての少女を愛しているだけ……君の場合は、この少女一人を愛している……ということかな」
それを聞いて、康之は叫んだ。
「何言ってやがんでぇ! ちみっ子と某がラブラブなのは今に始まったことじゃねぇや!!」
その康之の後頭部をどついて、フェイも叫ぶ。
「何を言ってる。このスカタンと綾耶の間にそんな感情など存在しない。私が邪魔者ともども三途の川を渡らせてやるから、寝言はその向こう側で言え」
この場合、邪魔者とは誰のことであろうか。
そんなやりとりをすっぱりと無視して、ペドフィリアンはさらに語る。
「――君は、この少女を大切に想っていないのかい?」
いちいち律儀に応対する義務はない。そう思いつつも某は反論した。
「……うるせぇよ、てめぇなんかに答える義務はない……が、パートナーが大事でない奴なんかいねえだろ」
「……照れ屋さんだねぇ……だがね、君の愛はまだまだ足りない!!
君は気付いているはずだ、この少女が心に抱える不安に。問題は彼女が抱えているかもしれない体の問題じゃない、むしろそれを抱え込んでしまう心の問題だ。
君は恐れている……一人の少女の全てを包み込み、許容する器が自分の中にあるかどうか、量りかねているのさ」
「な……ッ!!」
某は驚いた。どうしてペドフィリアンが綾耶の体のことを知っているのか。
「ふっふっふ……少女の抱える問題はこの私には隠しきれない」
「……某……あいつ、何を言ってるんだ? ちみっ子の体とか、心の問題とかって何の話だよ?」
当然、綾耶の問題は康之やフェイも知らない。某はペドフィリアンを睨みつけ、吠えた。
「変態の言うことなんか真に受けるなっ!! 行くぞ康之、あいつぶっ飛ばして綾耶を助けるんだ!!」
康之とフェイは、戸惑いつつも某に従った。
足場を見つけて廃工場の階を登り、ペドフィリアンと相対する。
「現実逃避か……それもいいだろう……だが、目を覚ました彼女に聞くといい……時間はあまり残されていないということに、な」
「やかましいぃぃぃっっっ!!!」
ここに来て某の怒りは心頭に達し、ライトニングブラストを発射させる。
だが。
「はっ!!」
意外に機敏な動きでその攻撃を避けたペドフィリアンは、一気に距離を詰めて某に一撃をお見舞いする。
「げふっ!!」
「――気付いてもらえない繊細な乙女の痛み、その何分の一でも思い知るがいい!」
そこにトライアンフを構えた康之が切りかかる。
「でやあああぁぁぁっ!!!」
しかし、華麗に宙を舞ったペドフィリアンは、康之の攻撃をも避け、綾耶が眠る椅子の向こう側に着地した。
「こいつ――」
距離を測る康之。フェイは、椅子で眠る綾耶に万が一にも危害を加えてはならないと、射撃を躊躇している。
「ああ……思ったよりも強いぞ」
あらためてファイティングポーズを取った某。
戦闘は長期戦に入るかと思われたその時。
「はーっはっはっは!! 苦戦しているようだな一般市民!!!」
工場のさらに上の方で声がした。如月 正悟だった。その横には木崎 光もいる。
「てめぇ、独身貴族評議会の爵位バッジを付けてるクセに誘拐事件とか起こしてんじゃねぇよ、評判下がるだろっ!!!」
遊園地でペドフィリアンのマントに評議会の爵位バッジを見つけた二人は、こっそり某達の跡をつけていたのだ。
だがペドフィリアンは、そんな二人に冷笑を浴びせた。
「ふん……見たところ君達は独身男爵だな……放っておいてもらおう……追放された身とは言え、この私は独身子爵――」
しかし、それを最後まで言わせる光ではない。
「うるせぇーっ!! 追放されてんなら無効に決まってんだろ!! よっておまえは男爵どころかただの独身貴族!! つか追放されてんなら評議会ですらねぇし!! よってただの誘拐犯!! ハイハイ決まり決まり!! おまえ悪だから正義であり評議会であり独身男爵であるこの俺が成敗だ!! ヒャッハーーーッ!!」
一気にまくし立てた光は、階上からペドフィリアンに切りかかった。
「ま、待て!! 少女がそのように汚い言葉使いではいけない!!」
「!?」
攻撃を避けたペドフィリアンの言葉に、光は驚いた。確かに光は12歳の女子ではあるが、外見的にははっきり言って男の子そのもので、隠しているわけでもないのに女性に見られたことはほとんどない。
「私の『ペドフィリアイ』には外見の性別など無意味ッ!!!」
胸を張るペドフィリアン。しかし、独身男爵はもう一人いることを忘れてはいけない。
「確かに大した眼力だが……この場においてそれ以上の役に立つとも思えないがな……」
ペドフィリアンの隙を縫って、正悟が手に持ったアプソリュート・アキシオンで攻撃を加えた。
「――ぐっ!!」
さすがにその攻撃を避けきれずに、バランスを崩すペドフィリアン。その隙をついて某と康之が攻撃を仕掛けようとしたその時!!
「はーっはっはっは!! ヒーローは遅れてやって来るのだーっ!!!」
正悟と光が姿を現したさらに上の階――つまりもう屋上――から姿を現したのは、ライカ・フィーニスとブレイズ・ブラスだった。
月をバックに背中合わせに立った二人は、ビシッとペドフィリアンを指差す。
「色々と事情があって何だか大変みたいだけど、とにかく誘拐は良くないよ!!」
それに呼応して、ヒーローショーの後でライカにスカウトされたブレイズも叫んだ。
「そうとも、確かに人それぞれに事情があって当然ではある……だがな、それを犯罪や暴力という手段に訴えちゃいけねぇんだ!!
俺がそのことを教わったこの場所で、今夜は俺がそのことをお前に教えてやるぜっ!!」
この廃工場は、かつてブレイズがマジックアイテム『正義マスク』を使って暴れた時の黒幕がいた場所でもあった。
屋上の端からひょっこりと顔を出したスティーデ・ゼルニナは、ウィンターの分身を連れて、言った。
「さぁ、私の分も雪めんマーも使って下さい、共に神の愛の力を見せるのです!!」
「……雪だるマーでスノー」
「はい、雪ぱるマーですね!!」
「……雪だるマーでスノー」
「はい、雪とりマーですね!!!」
「……もういいでスノー!!」
何かを諦めたウィンターは、黙ってライカに二人分の雪だるマーを装着した。
「行っくよーーーっっっ!!!」
「よしライカ、お前の力を見せてやれっ!!」
「うん、暴風のブースト、ダブル!!」
そして、ライカはブレイズの背中に手を当てた。
「ブレイズ・ミサーーーイルッッッ!!!」
「おおおおおおおおおぉぉぉっ!!?」
ダブルブーストの力で射出されたブレイズは、正悟と光の間を目にも止まらぬ速さで飛びぬけ、ペドフィリアンのボディに深々と突き刺さった!!
「ぐほぁあああぁぁぁ!?」
「よし――今だ」
ペドフィリアンが綾耶か離れたのを確認して、フェイは遠慮なくクロスファイアを放つ!!
もちろん、ブレイズも一緒である!!
「ぎゃあああぁぁぁっ!!」
「これでも喰らいなっ!!」
二人の叫びがこだまする中、康之のソニックブレードと、某のロケットパンチによるサイドワインダーが炸裂した!!
当然だが、、ブレイズも一緒である!!
「うひゃあああぁぁっ!!」
「――止めだ」
そこに正悟の歴戦の武術による必殺の一撃、そして光の爆炎波が襲いかかる!!
言うまでもないが、ブレイズも一緒である!!
「どしぇえええぇぇぇっ!!」
さすがに、これだけの攻撃を受けては意外と実力者のペドフィリアンであってもひとたまりもない。ブレイズと共に黒コゲになって地面に転がるのだった。
「ふん……追放者には似合いの最後だな」
そう言って、正悟はペドフィリアンから独身男爵のバッジを二つ、もぎ取った。
そのバッジを一つ、光に投げる。
「お――いいのか?」
男爵よりも下位の爵位はないので、奪い取った称号でも男爵の効果を持つことになる。これにより二人は評議会内部において独身子爵の資格を得ることになった。
「ああ――同じ評議会の仲間――お前がそう言ったんだぞ」
と、正悟と光はニヤリと互いに笑い合うのだった。
「えーと……大丈夫かな……?」
と、地面に倒れたライカはブレイズをつついた。
その様子を見て、風森 巽は言った。
「はっはっは……ブレイズなら大丈夫ですよ。正義マスクはそんなにヤワじゃない……そうだろ、ブレイズ?」
その言葉通りだった。ブレイズは、ピクリと動いたかと思うと、ゆっくりと上半身を起こした。
「ああ……さすがに先輩はキビしいぜ」
巽とティア・ユースティはブレイズを見て、微笑む。
そのまま、巽はブレイズに言った。
「まあ、思いきり自爆だったけど……結果的には人質を解放できたな、良くやったじゃないか」
先輩ヒーローである巽に褒められると悪い気はしないのだろう、ブレイズも笑う。
「あ、……でも、今日はどうして一緒に戦わなかったんっすか、ツァンダー先輩?」
ブレイズの問いに、巽は答えた。
「ああ……貴公の成長を見たかったのもあるが……人質がいるたからな……イザという時ににフォローできる人間がいないと困るだろ?
我々の目的は敵を倒すことじゃない……弱き者を――みんなの笑顔を守ることだ。そうだろ、正義マスク」
その言葉に、ブレイズは深く頷くのだった。
「あの……ごめんね」
と、ライカはそのブレイズに謝った。
「ん……何で謝るんだよ?」
「うん……ブレイズさんなら大丈夫かなって思ったんだけど……よく考えたら私、ブレイズさんをミサイル扱いして、ヒドいことしちゃったかなって……」
確かに、明るく元気で脳天気なライカは、面白そうなことは後先考えずやってしまうところもある。
今回もそうだった。確かに、結果としてうまくいったが、いつもそうとは限らない。
しかし、ブレイズは立ち上がり、ライカの頭をぽんぽんと大きな手で撫でた。
「――気にすんなよ」
「え?」
「確かに、俺じゃなかったらちょっと悲惨なことになってたかも知れねぇよ。ただな、お前が俺をここに連れてこなかったら、俺はあの人質を助かることはできなかった。だから俺はお前に礼こそ言っても、お前に謝られるようなことは何ひとつねぇ。
――胸張れよ――お前とウィンターこそが、今日の俺のヒーローだぜ!!」
「……うん……!!」
その言葉に、嬉しそうに頷くライカだった。
「……これもまた、神の愛の形ですねぇ……」
という、スティーデの呟きを残して。
「綾耶……」
某は、椅子に眠らされた綾耶を揺すり起こした。
「……某……さん……」
綾耶は、まだぼんやりとした頭で、心配そうに覗きこむ某と康之、そしてフェイの顔を見た。
「……みんな……ごめんなさい……」
そのまま綾耶の体を抱き締める某。その傍らでは某の脇腹を激しくつつきながら、フェイが綾耶の結い髪の先端を大事そうに握っている。
「ともあれ、ちみっ子も無事で良かったな、みんなのおかげで変態も無事に倒せたし!!」
明るく言う康之。だが某は内心、ペドフィリアンの言葉が耳に残って離れない。
「恐れているだけ……か……」
その某の呟きに、綾耶は反応した。
「某さん……私……」
だが、某は綾耶の体をきゅっと抱き締めて、言った。
「今はいい……今は、ゆっくりお休み……起きたら、考えよう……二人で……みんなで……」
「……はい……」
綾耶は、その言葉と共に、ゆっくりと眠りに落ちるのだった。