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15


 八月中旬のお盆の日。
 そんな今日、パラミタ各所で死者が蘇るという現象が起こり、一日限りの逢瀬を楽しんでいるらしいと聞いても。
 七刀 切(しちとう・きり)は、ふーん、とさほど興味なさそうに相槌を打つだけだった。
「貴様には会いたい相手は居ないのか?」
 あまりに関心がなさそうだったせいか、黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が不思議そうに問い掛けてくる。切は、その場でうーんとひとつ唸ってから、
「会いたいけど会えない人しか居ないからねぇ」
 と、答えた
 会いたい死者は、そりゃあ切にだって一人くらいは居る。
 だけど。
「会いたい、伝えたい、どうしても。……そう思っても、叶わないのが死者だからねぇ」
 会えるからって、そう簡単に会ってしまっていいとは思えなくて。
 じっ、と音穏が切を見ていた。自分の発した言葉を思い出し、
「ああいや。会いに行くみんなを否定する気はないんだ」
 取り繕うように、付け足す。
「けど、ワイは会う気にならないねぇ」
「そうか。……なるほど、意外と真面目に考えていたのだな」
「意外って何さ。もー音穏さんってば、たまには素直に褒めてくれてもいいんだよ?」
 茶化すように笑って言ったら、誰が褒めるか、と素っ気無く返された。ツンツンな彼女である。
「ていうかねお盆とかそれ以前にね、夏なわけだよ音穏さん」
 切は、窓の外を手のひらで示した。澄み渡る空。遠くに見える大きな白い雲。みんみんと鳴く蝉の声。どこをどうとっても夏真っ盛り。
「しかもお誂え向きに今日はお盆祭り! 祭りと来たら、さあ何だ?」
 ずいっ、と音穏に問い詰める。突然のことなので、音穏が言葉に詰まった。「あ、う、」とかどもる音穏の顔を三秒堪能してから、
「正解は女の子の浴衣姿です。ということで音穏さん、着ませんか」
 ばっ、と取り出したのは切お手製の浴衣である。白い生地に赤いなでしこがちりばめられた柄で、女の子らしく可愛らしい。帯も用意した。浴衣とは逆で、赤地に白のなでしこ柄のものだ。
 ちなみに、学業や冒険の合間を縫って一から手作りした品である。正直、『ちょっと器用な男の子』のレベルは遥かに超えていた。切だってこの日までに完成させられると思っていなかったし。
 ――あれだねぇ。情熱は何物にも勝るのさ、ってことだね。
 だって、夏といえば祭り、祭りといえば浴衣姿の女の子。そこはもう、譲れないだろう?
「断る」
 が、音穏は一刀両断した。ツンツンどころかツンツンツンくらいの即答っぷりだった。
 だけど、切だって音穏の性格くらい把握している。パートナーになってもう長く経つんだ。
「そう? クロエちゃんとお揃いだよ?」
「…………」
 ぴたり、音穏の動きが止まる。予想通りだ。相手のことを把握した切の行動は、的確なものだった。
 数秒、数十秒、と固まった後、
「……クロエが着るとは限らない」
 音穏がまだ渋るように言う。けれど言葉に強さがない。あと一押しといったところか。
「じゃあ、工房行って誘ってみようよ? さあ善は急げだ、行こうか音穏さん」
 その一押しをすべく、切は音穏を連れてヴァイシャリーに向かった。


 ことのあらましを話した切が、目の前で浴衣を広げてみせた結果。
「ゆかた!」
 クロエは、目をきらきらと輝かせて甲高い声を上げた。それが喜びの声であることはたやすくわかる。
 浴衣を見ていた目が、切へと移った。音穏は二人のやり取りを眺めることにする。
「きりおにぃちゃんがつくったの?」
「ワイ、頑張った」
「すごいわ! すごい! わたし、これ、きていいの?」
「もっちろん。これね、音穏さんの分もあってね。二人で着たら可愛いだろうなぁ、だってワイ、頑張ってお揃いに仕立てたからね」
 お揃い、という言葉にクロエの目がさらに輝いた。ああ、純粋さに溢れた綺麗な瞳だなぁ、と思う。
「ねおんおねぇちゃん!」
「……うん?」
「おそろいねっ」
 にこぉ、と自分に向けられた笑みが、あまりにも自然で可愛くて。
 思わず音穏は、「あぁ、そうだな」と答えていた。クロエとお揃いの恰好が出来ることがものすごく嬉しくて、声が弾んでいたなんてことは、ない。はずだ。
「着替えるか、クロエ。着替えたら祭りへ行こう」
「はぁいっ」
 リンスに声をかけて、着替えのための部屋を借りて。
 慣れないながらに着付けた浴衣は、なかなかさまになっていた。
「ねおんおねぇちゃんかわいい! すてきー♪」
「それは我の台詞だろう。……クロエ、よく似合っている」
 浴衣もだけど、髪飾りもだ。用意してくれたのは、工房で働いていた衿栖だった。和風な品で、浴衣にもクロエにもよく似合っていて愛らしい。
「ほんとう? えへへ。うれしい」
 服装が違うからか、クロエの笑みもいつもと違って見えて。
「さぁさぁ祭りだ! いつもと違った浴衣姿の女の子の魅力を楽しむぞー!」
 なんて騒いでいる切は放っておくにしても。
「今日は精一杯楽しもうな」
 音穏は、クロエの小さな手を握って微笑んだ。
「きんぎょすくいとか、しゃてきとか、できる? わたしね、あのね、おまつりいったことないの」
「クロエがしたいというなら、我は何だって付き合うぞ」
「ほんとう!? じゃあね、あのね、さいしょはね――」
 楽しそうに祭りの屋台の話をするクロエを見て、とても愛しく大切に思う。
 そして、大切な人、という単語が浮かんだ時、同時に家族の顔が浮かんだ。
 会いたいけれど、会えない人。
 だけどそれは死んでしまったからではなくて。
 生きているけれど、会えない存在で。
 それはああ、どうしてこんなに残酷なのだろう。
 ――でも、今の我は、……幸せだ。
 だって、すぐ傍に大切な人がいる。
 それはとても素敵なことだと、教えてもらった。そもそも大切な人が居るということが幸せなのだと。
 だからこそ、たくさん会いに来たいんだ。
 一緒に笑って、言葉を交わして、色々共有したいんだ。
 だから決して、クロエとお揃いの浴衣につられたとか、そんなことはないのだ。