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20


 お盆ということで、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は空京にある高台で夜景を眺めていた。
 ひとりで、ぽつんと。
「ローザ」
 その時不意に、声をかけられた。
 聞き覚えのある声に、
「そんな、まさか」
 思わず茫然と呟く。それから、ゆっくりと声のした方に首を向けた。
 ローザマリアが振り向いた先に居たのは、養父であるフロリアン・クライツァールと、義理の祖父であるフェレンツ・クヴィスリンガー
 共に故人である。ここに存在するはずのない人物。
 取り乱したりしなかったのは、ナラカに行った経験があるためだ。事態を察して、問い掛ける。
「……パパ。グランパ。そうなの?」
 フェレンツが、ローザマリアを見て目を細め、満足げに頷いた。
 フロリアンは、はにかんだような微笑を浮かべてローザマリアへと手を伸ばす。おずおずと歩み寄ると、ぎゅっと抱き締められた。
「――ローザ。大きく、なったんだな」
 優しい声に、目が潤む。うん、と小声で頷いた。
 二人がいつまでパラミタに居られるのか。
 それはローザマリアにはわからない。
 だから、この偶然の奇跡に感謝して、今日までにあってことを話すことにした。
 他愛のない話しから始め、軍人になってしまったことを話す。と、フェレンツが悲しげな表情になった。
 フェレンツは生前軍人だった。だからきっと、この道の険しさを知っている。だから同じ道を辿るローザマリアのことを思い、悲しんでくれているのだろう。
「グランパ、ごめんね――成り行き上、こうなってしまったとはいえ……今この大陸に居るのは、私の意思なの」
 だからローザマリアは、意思を込めた声で言った。
「グランパにとって、向こう側でも誇れるような人間に、なってみせるわ」
「ローザ」
 すると、悲しそうな顔だったフェレンツが軍人の顔になり。
「人間であることを見失ってはならない」
 短いが、とても大事なことを諭すように言った。
「はい」
 ローザマリアは敬礼で返す。尊敬する一人の軍人へと。
「パパ」
 次にフロリアンに向き直り、真剣な表情で真っ直ぐに目を見た。
「私の親は、パパだけだとずっと思って今まで生きてきたわ。だから、本当の親が誰か、なんて考えたこともなかった」
 もう、ずっと訊けないと思っていたこと。
 だけど今日、こうして訊く機会を得たのなら、それは『知りなさい』と何物かが背中を押しているのではないか。
 フロリアンは、ただ静かにローザマリアの言葉を聞いていた。取り乱すことも、発言を止めることもない。いつかこんな風に訊かれる日がくるであろうことを予想していたかのように、自然な態度だった。
「今なら勇気を出して聞ける気がするの。
 ねぇ、パパ――本当のパパとママは、どうして私を顧みてはくれなかったの?」
 怖くて訊けなかったこと。
 でも、今なら訊けること。
 それでもどきどきと強く鳴る胸を押さえながら、ローザマリアはフロリアンを見る。
「母さんは、ローザを捨てたわけじゃない――本当の父さんの出自は英国の高貴な家なんだ」
 ややしてフロリアンが口にしたのは、予期せぬ内容だった。
「その本当の父さんが死んだ時、結婚を認められていなかった母さんは、彼の家の人間から猛反対されて生れたばかりのローザを泣く泣く私に預けざるを得なかった……分かってやってくれとは言わない。だが、これが真実だ」
 だけど、あまりにあっけない内容。
 同時に、安堵するもの。
「……そっか。私、別に要らない子だったわけじゃないのね」
 勿論だ。強くフロリアンが頷いて、ローザマリアの肩を抱いた。その肩にもたれかかる。
 そうして、どれほどの時間が経っただろう。
「儂らはそろそろ帰るよ」
 フェレンツの声に、ローザマリアは顔を上げた。
「もう行ってしまうの?」
「ああ。いつまでもここには居られない」
 フロリアンも、頷いて、歩き出そうとする。
 離れたくないと。
 別れたくないと。
 その時強く感じた。二人の服を引っ張って、無理矢理歩みを止めた。
「いかないで」
 発した声は、自分でも驚くほど弱々しいものだった。
「……私を置いて、いかないで」
 嗚咽混じりの声。ああ、こんなことを言ったら困ってしまうのに。
「ローザ」
 優しい声は、どちらのものだったか。二人同時に発したのかもしれない。甘く深い声だった。
「儂の可愛い孫娘や――強く生き、幸せになっておくれ」
「それが、私たちの最後の願いだ」
「待って! グランパ! パパ!」
 叫びも空しく、二人の姿は空気に溶けるようにかき消えた。
 ただひとり残されたローザマリアは、しばらくの間動けないでいて。
 それから漸く、二人からもらった言葉を反芻した。
 強く生き、幸せに。
 それが、大切な人達の願いだというのなら。
「絶対に……叶えてみせるわ」
 だから見ていて。
 ずっと、見守っていて。
 晴れ渡る空を見上げ、ローザマリアは二人を想った。