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17


「クロエちゃーん!」
 祭り会場に着いたクロエに声をかけたのは、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)だった。
「ちーちゃん! ちーちゃんもおまつりにきてたのね!」
 友達が居た。会えた。それだけでテンションが上がる。これがお祭りの効果なのだろうか? 不思議なものである。
「やー兄やラミちゃんも来てるよ! 二人とも屋台やってるんだー♪」
「やっしーさん、屋台やってるの?」
 楽しそうに報告する千尋へと、歩が問いかける。
「うんっ♪ やー兄がお好み焼き屋さんでね、ラミちゃんはヨーヨー屋さんなの!」
「へー、社にーちゃんたち頑張ってんだー。ねー、遊びにいこー?」
 千尋の答えに、巡が笑って言った。クロエは音穏を見上げる。
「ねおんおねぇちゃん、いってもいーい?」
 遊ぶことはとっても楽しいけれど、最初に誘ってくれた音穏を振り回してしまうのも忍びなく思えて。
「勿論だ。今日はクロエに付き合うからな、どこでもクロエが好きなところへ行こう」
 ぽふん、と頭を撫でられた。なんだかくすぐったくて、はにかむ。
「遠慮など、我にしなくていいからな」
「え」
「めいっぱい遊んでおいで。楽しそうなクロエを見ているのも、我は楽しい」
 優しく笑った音穏がクロエの背を押した。そのまま数歩、歩く。
「クロエちゃん、行こっ」
「いこー」
 千尋と巡に手を取られ、
「うんっ」
 笑顔でクロエは走り出す。


 時間は少し、遡る。
 日下部 社(くさかべ・やしろ)には、故人となってしまった人で会いたいと願う相手は居ない。
 だったら今日、誰のために何をするか?
 決まっている。祭りに来る人――それこそ、死者でも生者でも関係なく楽しんでもらいたい。そのために動きたい。
 と、いうわけで。
「勝負や寺美!」
 びしり、望月 寺美(もちづき・てらみ)に宣戦布告。
「はぅ!? 何がなんだかわかりません!」
「せやから。今日はお盆祭りやろ? 屋台出すねん」
「うんうん。それはいい提案だとボクも思います〜」
「で、寺美も屋台を出す」
「はぅ? 二人でひとつの屋台ではなく?」
「せや。俺ら別々の屋台出して、たくさんの人に楽しんでもらうねん。ついでにどっちが人気か勝負や!」
 わたわたと慌てていた寺美も、きちんと説明すると目の色が変わった。キリッ、としている。社も触発されて不敵に笑う。
 十数秒の間、そうして笑い合った後。
「それじゃあボクは遊び部門の代表格! ヨーヨー釣りで勝負ですぅ!」
「俺は勿論、お好み焼き屋を出すで! 祭りゆーたらお好み焼きやろ!」
 お互いに何をやるかバラし合って猛スピードで準備して。
「さーよってらっしゃいみてらっしゃい! 社特製超お好み焼きやでー! 美味い安いデカい! 三拍子揃ってます!」
「ヨーヨー釣りはいかがですかぁ〜♪ 小さい子にはサービスもしちゃいますよ、はぅ〜♪」
 妙に慣れたノリのいい呼び込みで、屋台に列を作らせた。
 途中、手伝ってくれていた千尋がクロエを呼んでくると言って抜けて。
 それからおよそ三十分。一段落ついたかな、というところで、
「やー兄ー!」
「やしろおにぃちゃん!」
「やっしーさん、こんばんは〜」
 女の子の声が、みっつ。
「おー! クロエちゃんにあゆむん! よう来てくれたな〜♪」
「お好み焼き屋さんやってるんだね〜。なんか似合ってるー」
 歩が無邪気に笑って言った。頭にタオルを巻いた、いかにも屋台のお兄ちゃんな格好を似合うと言われるのはちょっと複雑だけど、彼女の笑顔は純粋に嬉しい。ほんまー? と笑って焼き途中のお好み焼きをひっくり返した。
「あ、せや。折角やからみんなウチのお好み焼き食ってかへん?」
「食べるー!」
「たべたい!」
「ちーちゃんも!」
 巡とクロエと千尋が即座に反応した。さすがちびっこたち、元気の良い返事である。
「その前にっ!」
 割り込むように、寺美が声を上げた。
「食前運動としてヨーヨー釣りはいかがですか、はぅ〜♪」
「いやそれ、運動ちゃうやん」
「無粋なツッコミは禁止ですぅ〜。ささ、クロエちゃん、巡ちゃん、千尋ちゃん、こよりをどうぞ〜♪」
 寺美がJの字に曲がったこよりを手渡す。
「これ、どうするの?」
「なんだよクロエ、やったことないのー? あのね、ヨーヨーのこのわっかに引っ掛けるんだよ。ボクお手本みせたげる」
 先にチャレンジしたのは巡だった。二回ほどスカッたけれど、三度目の正直とばかりにヨーヨーを獲得する。
「寺美ねーちゃん、なかなか手ごわい相手だったよ。やっつけ甲斐があった!」
「それは何よりですぅ☆ ではではクロエさん、どうぞー」
「うんっ」
 続いてクロエがしゃがみこみ、こよりをプールに垂らした。
 が、初めてのことだからだろう。上手くいかないまま、こよりは水に濡れて千切れてしまった。
「……むぅ。てごわいわ」
 唇を尖らせて、クロエ。
 そんな様子に寺美が笑って、ヨーヨーをひとつすくいあげた。
「はい、どうぞ」
「もらっていいの?」
「もちろんですぅ〜。もらっていってください☆」
 嬉しそうな笑顔になったクロエが、ありがとう、と言おうとした瞬間、
「うわ、千尋すげー! ヨーヨー四個目!!」
「ちーちゃんがんばるよー!」
 なにやら千尋が妙なところで特技を披露していた。どうやら意外に器用だったらしい。
「お好み焼きもいい感じやで。ほら冷めないうちに召し上がりー」
 人数分をパックに包んで、社は各々に手渡した。ありがとー、とお礼を言って、ちらほらと屋台から離れていく。
 少し離れた場所で食べる姿を、社は屋台から眺めた。千尋とクロエが楽しそうに笑っているのが見える。
 仲良さそうに喋る二人は、
「本当の姉妹みたいやなぁ」
 屈託無く笑い、時に怒るような素振りも見せ、でもまた笑い合って。
 だけど。
 ――ほんまはクロエちゃん、人形なんよね。
 作り物の身体に、死んでしまった娘の魂が入っているだけ。
 それは、今日一日だけ蘇る死者の存在ともまた違って、だけど生者とも決定的に違って、……。
 続く言葉が浮かぶ前に、社は自分の頭を叩いた。
 ――あかん。そない無粋なこと考えてどないすんねん俺は。アホか。アホやな?
 現実には、千尋とクロエが楽しそうに笑っている。
 その事実だけでいいじゃないか。
 クロエが来たときのことを思い出したりもするけれど。
 今こうして笑えている幸せを、ただ素直に喜べばいいじゃないか。