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リアクション
21
「こんにちはーっ。差し入れだよー」
工房に入り、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は元気良く声を上げた。
「あれ? クロエ、居ないんだ?」
それから気付いた。普段なら「みわおねぇちゃんだ!」などと言って飛びついてくる彼女が居ないことに。
「もう、祭り行ったよ」
「えっ、そうだったんだ」
実を言うと、美羽もクロエを祭りに誘うつもりでいた。
正確にいえば、クロエを、というより、クロエとリンスを、だ。
人形作りの仕事が終わらなければ遊びに出掛けようとしないであろうリンスを、手先の器用なベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がお手伝いして、その間にクロエと美羽が差し入れの品を買ってくる。
晴れて仕事が終わったのなら、心おきなくみんなで祭りにでかけようと思っていたのだけれど。
「ちょっと残念」
「今から追いかけみたら? 会場で会えるかもしれないよ」
「んー……そうだね。追いかけがてら、また差し入れ買ってくるよ!」
元気良く宣言して、美羽は再び工房を走り去っていった。
「二人は行かなくていいの」
リンスの言葉に、細々とした作業を手伝っていたベアトリーチェは顔を上げる。
「お祭りですか?」
問うと、うん、と素っ気なく頷かれた。
「だって、みんなで一緒に楽しみたいじゃないですか」
「でも俺、祭り行く気、ないよ?」
「ないんですか?」
「人混み苦手だし」
「お花見の時は楽しそうだったじゃないですか」
「だって花は好きだもの」
なるほど。花見の時の人混みは、花という好物で相殺できるけれど、祭りの喧騒は相殺しきれないのか。
――浴衣とか、用意してきたんですけど。
ちらりと見遣るはみんなで夏祭りへ行くために、と作ってきた浴衣。
着てもらうことは無理でしょうか、と小さく息を吐く。
「ところでさ。ソーロッドは今日どうしたの?」
リンスが気遣わしげにコハクを見るのも頷けた。
どこか寂しげな表情で、たまに遠くを見るような目をして、静かに目を伏せて。
普段からあまり付き合いのない相手だとしても、気になってしまうだろう。
――それに、リンスさんって人のことをよく見ていますし。
――こんな風に、意外と心配性なんですよね。
「コハクさんは――」
だから、ベアトリーチェは安心させるためにコハクがしんみりとしている理由を話す。
今から約二年前。
コハクの故郷――セレスタインは、突然の襲撃者の到来によって壊滅させられてしまった。
生き残ったのは、コハクただ一人だけ。
その際に片方の翼も失い、身も心もボロボロになって。
どうして、と嘆くばかりの毎日。
悪夢にうなされ、飛び起きる夜。
あの時一緒に死んでいればよかったのではないか、という思いが強くなり始めた頃、コハクは美羽に出会った。
美羽とのパートナー契約を経て、仲間とも出会い、当たり前の日常にまた戻って来れて、傷も癒えて。
今では立派に立ち直れて。
……いたのだけど。
今日一日だけ死者に会えるという話を聞いて、さすがに思い出さざるを得なかった。
死んでしまった故郷の人たち。
もちろん、会いたいと思う。
会って、久しぶりに話をしたいと思う。
自分は今、元気にやっているよと。
楽しくやっていけてるよ、と。
伝えたいことがたくさんある、けど。
――故郷の人全員に会うなんて、さすがに無理だよね。
リンスの店にある依り代の人形の数は、あとわずかだ。
――それに。
――今の僕には、みんなと……美羽が居る。
だから、結局会わないことにした。
元気に頑張っている自分のことを、見守っていてほしいと。
ただやっぱり、寂しく思ったりもするけれど。
「……ということなんです」
「じゃあソーロッドの中ではもう、答えは出てるんだね」
「はい。だから、大丈夫なんです」
「そっか。ならいいや」
説明を終えると、リンスは中断していた人形作りに戻った。ベアトリーチェはそんな彼の横顔を見る。
「……リンスさんは、会いたい人っていますか?」
「うん、いるよ」
問いに、さらりとリンスが答えた。
「でも、会わない」
そして、それ以上は何も言わなかったから。
そうですか、と小さく相槌を返して、以降ベアトリーチェも何も言わなかった。
「差し入れ第二弾!」
しばらくして帰ってきた美羽が手にしていたのは、カラフルなチョコスプレーがトッピングされたチョコバナナだった。
「チョコにもバナナにも元気になる成分がたくさん入ってるんだよ! それにリンスチョコ好きでしょ?」
はいどーぞ、と三人に渡して周る。
「さーたくさん召し上がれっ♪」
みんなの手に行きわたったなら、いただきますとチョコバナナを食んで。
みんなが元気になって仕事を終わらせたら、もう一度チョコバナナを食べに祭りに出掛けたいな、なんて。