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26


 クロス・クロノス(くろす・くろのす)が春先に頭痛で倒れてしまった時、カイン・セフィト(かいん・せふぃと)はずっと傍に居てくれた。
 とてもたくさん心配をさせて、きっと心苦しい思いもさせたのに、それでも居てくれた。
 だから、謝りたくて。
 けれど、クロスの頭痛のことは他のパートナーたちは知らないことで、また教えるつもりもないから、あの時のことを堂々と謝る場もなくて。
 そんな時、お盆祭りが開催されることを知った。
 ――ここでなら、伝えられるかな。
 そう判断して、クロスはカインを祭りに誘った。


「ごめんね、突然で」
 夏祭りに行きたいという突然の誘いにも、カインは嫌な顔ひとつせずに応えてくれた。
「今回のお祭りを逃したら、今年はもう行けそうにないからさ。行っておきたくて」
 建前半分、本音半分である。
「夏も終わりに近いもんな。もう半分過ぎたとか、時間の流れは早いよ」
「だね」
 先ほど吊り上げたヨーヨーをぱしょんぱしょんと弾ませながら、二人は祭りを見て回った。
 りんご飴に綿飴。チョコバナナ、焼きそば、お好み焼き。
 祭りの雰囲気満載の屋台を横目に見ながら、ふとクロスは呟く。
「今年は花火の打ち上げ、あるのかな」
「どうだろうな? 終わりまでいるか?」
「付き合ってくれるの?」
「付き合わない理由なんてあるか?」
 さも当然のようにカインが言った。ありがと、とはにかんで歩く。
 祭りをある程度楽しんでから、二人は人ごみから離れた。休憩も兼ねて、適当に休める場所を探す。
 丁度良く広場のベンチが空いていたのでそこに腰掛けると、
「……あのさ。この間倒れたでしょ?」
 あの時の話を切り出した。
「カインにはすごく心配かけたと思うんだ。……ごめんね」
 俯き、拳をきゅっと握って謝罪の言葉を口にする。
 と、カインの手がクロスの頭を撫でた。ぽんぽん、と優しく二回。
「お前が謝る必要はない」
「でも、」
「謝られるぐらいならありがとうと言ってくれた方が嬉しいんだが?」
「わかった。……ありがとう」
 言ってみたものの、心の中ではまだ悪く思ってしまっていて。
 でも、と言葉を続けてしまう。
「私の記憶、ずっとこのままじゃいけないよね」
 心配をかけさせまいと他のパートナーに黙っていたが、いつまでも隠しておけるとも思えない。
 かといって、カインに頼りきりというのも申し訳なくて。
「カインの負担になりたくないんだ」
「気にするな。俺は好きで傍に居るんだ、負担だなんて思ってない。それに、記憶のことはゆっくり考えればいいと言っているだろ? 無理に思い出して、お前が辛い思いをする方が嫌だ」
「でも。今はカインが居てくれるから、ああして倒れても誰にも知られることなく入院できるけど……」
 カインがずっと傍に居てくれる保障なんて、どこにあるというのだ。
 再び俯いたクロスの言いたいことを悟ったのか、カインがそっと手を握ってきた。自分よりも大きな手に包まれて、ふっと安心した。
「ずっと、一緒に居る」
「……ずっと?」
「ああ、お前が契約解除を望まない限りずっとそばに」
 真摯な顔で、真剣な声でそんなことを言われたら。
「……なんだか、プロポーズされたみたいで照れる」
 おかげで顔が熱いじゃないか。絶対、赤くなっている。
 指摘されたカインが、「プロっ……」と言葉を中途半端に切って硬直した。それから数秒視線を宙に迷わせて、
「……いや、まあ、……そんな風にとってもらっても構わない」
「……えっ?」
 今、なんて言われた?
 聞き間違い? 幻覚? 自分の耳を信じられなくて、思わずカインの顔をじっと見た。
「あー、その、……俺と結婚を前提に付き合って欲しい」
 返答は、聞き間違いではなくその通りだと。
「……え、と、急に言われても……」
「……困るよな。すまない、忘れてくれても」
「違っ、違うの。困るんじゃなくて……!」
 どんどん顔が熱くなる。
 ああどうしよう、こんな顔じゃ人前に出られない。
 顔を隠す意味も兼ねて、クロスはカインの肩に額を当てた。
「……嬉しすぎて、どうすればいいかわからないの」
 それから深呼吸して、どきどきする心臓を押さえて。
「えーと、えっと。……よろしくお願いします」
 にわかには信じられなくて、頭も上手く回っていないけれど。
 お礼を言って、ぺこりと頭を下げて。
 カインを見たら、彼も同じように顔を赤くしていたから、少し笑った。
「……まだ出店見るんだろ。行くぞ、クロス」
 照れ隠しのように話題を変えて、カインが手を差し出す。
 うん、と小さく頷いて、差し出された手を握り締めてクロスは歩き出した。