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31


 死んだ人に会えると聞いたとき、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が悩むような表情を浮かべたのを遠野 歌菜(とおの・かな)は見逃さなかった。
 ほんの少しだけ、僅かな変化だったけれど。
 羽純から聞いたことがあった。
 歌菜に出会い、封印を解かれるより前――それ以前の記憶が、過去が、頭を過ぎったと。
 ――もしかしたら羽純くんは、『マスター』さんに会ってみたいんじゃないかな。
 封印前に仕えていた人に。


 工房に行って、人形を買ってきた。
 どうすれば死者を呼べるのかわからなかった歌菜は、目を瞑りただただ強く念じる。まるで、祈るように。
 ――羽純くんが会いたいと願う人に、会えますように。
 曖昧な、漠然とした願い。
 されどそれは届いたらしい。
「……ここは……?」
 声に気付き目を開けると、歌菜の目の前には黒髪の男性が立っていた。
 ――羽純くんに、似てる。
 彼を見た瞬間、そう思った。
 だから、迷うことなく問うことができた。
「貴方が羽純くんの仕えていた『マスター』さん……ですか?」
 歌菜の言葉に、彼は数度目を瞬かせる。
「君は? 羽純とは……月崎羽純のことか?」
「あ……名乗りもせずにごめんなさい。私は遠野歌菜。羽純くんの……妻、です」
 妻、と言葉にするのは、まだ少しばかり恥ずかしかったけれど。
 けれど彼は、妻と聞いてほっとしたようだった。歌菜に対して警戒していた表情が、ふっと緩む。
「羽純が……結婚したのか、君と。そうか……よかった」
 ぽつり、呟かれた言葉。それは小さく、聞き逃してしまうかもしれないほどのものだったけれど、歌菜はしっかりと聞いた。
 『よかった』と。
 彼は言った。確かに言った。
「貴方……今、『よかった』って言いました?」
 それでも思わず確認してしまう。
 だって、羽純が言っていた。
「羽純くんは、貴方に人間らしく接してもらったことがないと……ただの兵器として扱われていたって私に教えてくれました」
「…………」
「でも、本当に……本当に、貴方が『兵器』として羽純くんを見ていたなら、『よかった』なんて言いませんよね?」
 まして、祝福するように笑んだりなんて、するものか。
「……私は弱い人間だ」
 少しの間を置いて彼が言ったのは、歌菜の問いへの答えではなく。
「君は『殲滅塔』を知っているか?」
 新たな問いかけだった。殲滅塔のことはともかく、話の流れがわからない。
 歌菜が黙ったままでいると、彼は言葉を続けた。
「いずれ砲台のエネルギー源となり、犠牲にするヤツに情が移るのが……人間らしい感情をヤツが持ってしまうことが怖かった」
 殲滅塔。それがなんだったかを、歌菜は必死に思い出す。
 たしか、光条砲台のことだ。エネルギーに剣の花嫁と機晶姫を必要とし、発射する際に彼らの命をも奪うという最終兵器。
「まさか、羽純くんは」
「殲滅塔のエネルギー源として、命を落とす役目を負っていたんだ」
 そんな相手に優しく接して、人らしい感情を持たせてしまったら。
 その運命を受け入れる際に、辛くなるのではないかと。
「……そう考えてたんですね……?」
 だからこそ、兵器として扱った。
 優しさを教えず、理解させず、せめて余計に傷つくことなく済んでくれと。
 肯定の言葉はなかった。否定の言葉も。
「羽純が封印された時は、心底ホッとした」
 その時のことを思い出すように、遠い目をして彼は言う。
「これで、犠牲になれと残酷な命令を下さずに済む。
 平和な時代に封印を解かれ、幸せになって欲しいと思った。
 私は酷い人間だったが、神様も慈悲深い。願いを叶えてくれたらしいな。君を見ていれば、わかる」
 言って、ふっと笑った。優しい笑みだった。親が子を見て笑うときのような、暖かなもの。
「貴方は……貴方は羽純くんと会うべきです。羽純くんは、孤独だったって思ってる。でも、それは間違いだ。彼に教えてあげて下さい……!」
 切願するも、彼は静かに首を振った。
「合わせる顔など、ないよ」
「でもっ……」
「私が羽純を孤独にしたことは事実で、変えようがない。
 それに……君と会えて、羽純が幸せだと分かっただけで十分だ」


 話は。
 話はずっと、聞こえていた。
 普段なら、出かけるとき必ず羽純に声をかける歌菜が、こそこそと出かけていくのが気になってつけて、この状況。
 羽純も最初は戸惑った。主が――月崎 晃がどこからともなく現れて、歌菜と会話をし始めたことに。
 そして、次々と聞かされる事実に。
 隠れた先で、何度息を呑んだことだろう。
 当時の晃の胸中を思って、内臓がきりりと軋んだ。
 ――俺は……考えない振りをしていただけかもしれない。
 ただの兵器でしかないのか、とか。
 優しさなんてなかった、とか。
 本当は……本当は、ずっと気付いていたんだ。
 気付いていたことを、そっと心の奥にしまい続けてきた。
 だって、そのことについて考えてしまうと、もうそこから一歩も動けなくなりそうで。
 歩くことができなくなりそうで。
 考えを閉ざすことしかできなかった。
 だから、晃が思い悩んでいたことに気付きながらも、目を逸らしていた。
 今は?
 今もまだ、逸らし続けるのだろうか。
 答えは否だ。
「……マスター」
 足を踏み出し、姿を現す。
 晃が目を瞠った。歌菜も、驚いたような、だけど嬉しそうな顔をしている。
「過去は変えられないが、未来は変えられる。
 俺は、歌菜にそれを教えてもらいました」
 言いながら、一歩、また一歩と、晃へ近付く。
 手を伸ばせば触れられるほど近くへ寄って。
「合わせる顔がないとか……今更なこと、言うな」
「……すまない」
「謝ったりもしないでくれ。……謝りたいのは、俺もなんだ」
 気付かないふりをしていて、ごめんなさい。
 貴方一人を苦しめて、ごめんなさい。
「晃さん」
 初めて、彼のことを名前で呼んだ。
「俺のマスターでいてくれて、ありがとう」


 時が来て。
 晃が、ナラカへと続く道に向けて足を踏み出した。
「君の幸せを祈っている」
 羽純へと晃が微笑む。次いで、歌菜を見た。よろしくな、と言うように。
 はい、と歌菜が頷いてみせるのとほぼ同時。晃の姿は掻き消えた。まるで最初からここには居なかったかのように。
 ぎゅ、と羽純に抱きしめられて、歌菜もその背に手を回す。
「歌菜」
 名前を呼ぶ声は、涙声だ。
「うん」
 ――羽純くんは、孤独じゃなかったよ。
 声にならなかった羽純の言葉に、心中で返し。
 嬉し涙を流す羽純の背を、そっと撫で続けた。