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36


 ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)矢神 出に出会ったのは、薔薇の香りに満たされた花園だった。
 剪定鋏を持って、真剣な眼差しで薔薇の手入れをしている出に惹かれた。
 ――というか、魂に一目惚れしたというか。
 それで、契約してほしいと頼んで、でも断られて。
 諦めきれずに花園に居つき、僅かな時だが一緒に過ごした。
 楽しい日々だった。
 けれど夏を迎える直前に、夏は忙しくなるからと追い出され。
 夏の終わりに再来すると、出はもう亡くなっていた。遺影の中の彼の笑顔が妙に作り物じみていたことと、蝉の声がまだうるさかったことが記憶に残っている。
 ロビンは花園に置かれたままだった剪定鋏を持って、その場所を離れた。
 ――今日、僕は出に会えるのでしょうか。
 過去に想いを馳せながら、ぼんやりと歩く。
 会えたらいいなと思う。
 もしも会えたら、恨み言を言ってやるんだ。
 看取らせてくれなかったことや、そのことに関して何も言ってくれなかったことに。
「……あれ?」
 ふと、先ほどまで隣を歩いていた三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の姿がなくなっていたことに気付く。はぐれてしまったらしい。あんな風に考え事をしていたらそれも当然か。
 もとよりロビンは夏祭りを楽しむつもりはあまりなかった。ので、喧騒からすっと離れる。
「…………」
 提灯のあかりや、屋台から漏れる光を見ていると、
「ロビン?」
 柔らかな声が、聞こえた。
 聞き覚えのある声に、驚きながらも振り返る。
 そこには、出が居た。
 気弱そうに垂れた眉。その下にある優しい目。目尻には笑い皺。あの頃と同じ姿の出が。
「ああびっくりした。本当にロビンだ。どうしたんだい、こんなところで」
「それは僕のセリフでしょう。……久しぶりです」
「うん、久しぶりだね」
 柔和な笑みに、言ってやろうと思っていた言葉が頭からとんだ。そんなことを言うよりも、ただこの人と一緒に居たい。
「祭りを見に来たんじゃないの?」
「祭りは、のぞみが――あ、僕のパートナーが回りたいって言って連れてこられただけなので。あまり興味は」
 のぞみ、という名前を聞いて、出が少し驚いたような顔をした。疑問に思いつつも、問うことはしない。
「そうか。君もちゃんと契約できたんだね」
「どういう意味ですか」
「いやいや。深い意味はないよ。元気に過ごしているのかい?」
「ええ、それなりに」
 それなりか、と出が笑って、ぽふんとロビンの頭に手を置いた。
「なんですか」
「手持ち無沙汰だったからね」
「子供扱いされているみたいですね」
「俺からしたら子供だよ。……元気そうで、よかった」
 愛しさや、親しみを込めて呟かれた言葉。
 そんな風に言われたら、子供扱いされたことに口を尖らせることも出来やしない。
「子供らしく我儘を言ってもいいですか」
「内容次第だね」
「今日、時間が許す限り……僕と一緒に居てください」
 それだけでいいから。
 きゅっと出の服の裾を握り、出の目を見てロビンは告げる。
「子供らしい願いだ。いいよ」
 出が頷いてくれたから、ああ今度は拒絶されなかった、と心のどこかでほっとした。