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23


 折角の夏祭りとあらば。
「まずは浴衣の着用ですよね。祭りでなくとも夏ですし」
 と、橘 舞(たちばな・まい)は浴衣に着替えた。
 花火の柄が入った、いかにも夏祭りといった浴衣である。華やかすぎないあたりが舞によく似合っている。
「太鼓の音がわらわを呼んでおるのじゃ! さあ舞、あほブリ! いざ祭りへ!」
 ハイテンションで声高々に宣言するは、紫陽花柄の神秘的かつ大人っぽい浴衣を着用した金 仙姫(きむ・そに)だ。
「あーもう、うるさいわね。言われなくても祭りには行くつもりなんだから少しは落ち着きなさいよ、はしたない」
 相変わらず冷淡に返すのは、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)。ふわりと髪をかき上げる様はさすが御令嬢、といった様子だが、着ている浴衣が酷かった。荒々しい海の男風のフォントで『大漁』と書かれたものだったからだ。色は青で、これでは祭りに行くというより漁に出るような出で立ちである。
 まあ、着物の柄がなんであろうと。
 夏祭りはもう始まっているのだ。
「いざ行かん!」
 仙姫の嬉々とした号令によって、出発進行。
 大通りを歩いていると、精霊船を流す際の段取りなどの話しがちらほらと聞こえてきた。
 舞にもブリジットにも、幸いというかなんというかで亡くなった親しい人はいない。
 仙姫は、生前のことはほとんど覚えてないというし(そもそも今これほどまでに楽しそうなのに、死者が関与できる余地があるのだろうか)。
 だから純粋に祭りを楽しむのだろうなあ、と思いつつ、歩く。
「ブリジット、仙姫。私、今年はクロエちゃんとリンスさんも是非お誘いしたいんですよね」
「祭りに?」
 舞の発言に、ブリジットがきょとんとした声を出す。
「はい。……その、私入院の一件で、リンスさんが不治の病なのではないかとか……とんでもない勘違いをして大騒ぎしてしまったじゃないですか。そのお詫びと言いますか」
 ……というのは、ブリジットへの建前だ。
 あの日大騒ぎした時、ブリジットが妙に慌てていた。
 ――『……もしかして、リンス、死んじゃうの?』。
 そう言った声は、いつにもなく弱々しくて、不安そうで、悲しそうではなかったか。
 そしてあれほどまでに顔を真っ赤にしたり、必死になったり、慌ててみたりするブリジットを見ることも稀で。
 ――私、わかってます。ブリジットはリンスさんのことが……。
 好きなのかどうかまでは知らないけれど、関心を持っていることは確かだろう。
 だからこうして一緒に祭りに誘えば、仲良し度アップも間違いなし。
 ――ここは何としても汚名挽回! ですよ。
 意気込む舞。
 ちなみに、汚名は挽回するものではなく返上するものである。しかし心の中の叫びなので、誰もツッコむことはできなかった。
「誘うのはいいけどさ。あの引きこもりが祭りに行くのかしら?」
 ブリジットが言った。そこで舞はちっちっち、と指を振って見せる。
「我に秘策ありです」
「舞の秘策? ……なんかそれだけで疑わしいんだけど」
「そんなことありませんよ。リンスさんのことだから、クロエちゃんと一緒にみんなで行こうと誘えばしぶしぶでも出てくるはずです」
「……あー」
 確かにそうだ、とでも言いたそうにブリジットが頷く。
 そうやって祭りに誘いだせればもう大丈夫。
 ――あとは、適当に二人で話をする時間を作ってあげればいいんですよ。
 完璧な作戦だ、と自画自賛しながら工房へ向かったけれど。
「祭りなら行かないよ?」
 と、一刀両断されてしまった。ここまでは想定の範囲内だ。何せリンスは引きこもり……もとい、人混みが苦手なタイプなのだ。普通に誘っただけではこうなることは必定。
「クロエちゃんを誘ってみんなで、でしたらいかがです?」
「クロエはもう誘われて祭り行った」
 この展開は想定外だった。
 でも改めて考えれば、クロエだって魔法少女デビューを果たしたりと様々なことをやっているのだ。祭りに誘いに来る友達が多いと、どうして思い至らなかったのだろう。
「私は、孔明にはなれなかったようです……」
「は?」
 がっくりとうなだれる舞の肩に、ブリジットが手を置く。
「ブリジット……」
「だから、舞の秘策なんて疑わしいって言ったでしょ?」
「う、うわぁぁん」
 惨敗だった。


「でもねリンス? 祭りの日くらい外に出なさいよ。そもそもレディーがわざわざ足を運んで迎えに来たんだから、断るなんて無作法じゃない?」
 しょぼくれて工房の隅に行ってしまった舞は一先ず置いておいて、ブリジットはリンスに詰め寄った。
「なんで祭りだと外に出なきゃいけないの」
「う、それは」
 まさか真顔でそんなことを言われるとは思わなかった。
 ――っていうか花見の風情は理解できるくせに、祭りの風情は理解できないなんてどういう神経してるのよこいつは。
「なぜ人は祭りに行くのか。そこに祭りがあるからじゃ。ばーい、わらわ」
 助け舟……というほどではないが、口ごもったブリジットに代わって答えたのは仙姫だった。
「目の前で祭りがあって参加せぬなど罪じゃ。リンスももっと視野を広く持って心を豊かにせねば、いい作品は作れぬぞ?」
「いい作品?」
「そうとも。心を育てるには、色々な肥しが必要なのじゃ。それは狭い工房の中に転がっておるようなものではないぞ」
「…………」
 仙姫の言葉に、リンスが押し黙る。仙姫は普段おちゃらけているくせに、やたらとこういうときに説得スキルを発揮するから侮れない。
「……でも、人が多いのは苦手だから。もう少し人がはけたら、でもいいかな」
「ふむ。それでも行くという選択肢が生まれたのは進歩じゃな。よかろよかろ」
 と、いうことで。
 まだ祭りに行くことはせず、リンスが人形を作る傍らでブリジットたちはお茶を飲むことにした。一応、夏らしく麦茶だ。
「リンスさんとクロエちゃんって、本当の兄妹って感じですよね」
 立ち直って輪の中に戻ってきた舞が言った。
 見ているのは、花見の時に撮ったのであろう写真。
「なんだか羨ましいです。私は一人っ子だったので。兄と妹が欲しかったんですよね。兄に甘えたり、妹に甘えてもらったりしてみたかったんですよ。ブリジットや仙姫はどうでした?」
「うーん? 兄弟姉妹のぉ……。覚えてはおらぬが、わらわにもおったかのぉ」
 腕組をした仙姫が答える。思い出そうとしているのか、視線は天井に向いていた。
「少なくとも父母はおったわけじゃし、いまだナラカにおるのか、はたまた転生してどこぞで元気にやっておるのか……そう考えると、精霊船流しも感慨深いものじゃな。後で見に行くとしよう」
 仙姫の答えが終わったと見るや、舞がブリジットを見つめてきた。
「私? 私も一人っ子よ」
 腹違いの妹はいるけれど、まあそれはいいとして。
「もし、なら……兄が欲しかったわね。兄がいたら、もっと気楽だったろうし」
「あほブリが、今以上気楽に生きてどうするんじゃ」
 仙姫の揶揄は無視して、リンスを見た。
「でも、リンスみたいな兄じゃ逆に困るわね。ほら、女装癖のあるヒッキーの兄とか、恥ずかしいじゃない」
「ひどい言い様だね、パウエル。それに俺は女装なんてしないよ? するのはフィルだけだ」
「どうだかー。パラミタ女装連合とかにこっそり加入してそうだし」
「や、まったく意味がわからないから。パウエルは俺の性別をなんだと思ってるの」
 軽口を交わしていると、
「そうだ。もし、私がリンスさんと結ばれたら……兄と妹が出来るみたいな感じですかね?」
 舞が、また突拍子もないことを言った。ちらり、ブリジットを窺っている。
「…………」
 思わず黙り込んだのは、こんな見え見えの挑発に乗ったからではない。と断言しておく。
「何言ってるんだか。リンスと結婚しても兄は増えないわよ」
 けれど何も言えないままなのも癪だったので、言い返しておく。
 途中ふと気付いた。リンスが兄にならなくとも、リンス自身に兄弟姉妹がいればどうか。
「ねえ、リンスって兄弟姉妹いるの?」
「いたよ」
 返ってきた答えは、過去形。
 ――やば。地雷?
 僅かに焦りながら、「そ」と淡泊に返しておいた。
 沈黙が落ちる。
「リンスには、逢いたいと思う者はおらぬのか?」
 しばらく続いた沈黙を破ったのは、仙姫だった。
「逢いたいけど、逢わないかな」
 なによそれ、と思ったけれど、何も言わない。
 だって、リンスの目が、寂しそうだったから。
「そうか。逢おうと思う時が早く来ればいいのぅ」
「うん」
 仙姫がそう締めて、リンスが頷いて。
 この話はもう、おしまい。