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8


 戦部家初代当主、戦部 武蔵
 数々の先行を打ち立て、戦部家の基礎を築いたといわれる人物。
 三十歳という若さにして亡くなっている彼に、今日なら会えるのではないかと戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は人形を用意し、リース・バーロット(りーす・ばーろっと)と共に待った。
 場所は戦部家。広い和室の中央に座布団を敷いて、正座している。
「小次郎。実家に行くだなんて聞いてないですよ?」
 リースが、わずかに上ずった声で言った。
「言うようなことでしたか?」
「だって、ご実家ですよ。ご先祖様に会うんですよ。戸惑いの連続じゃないですか、私。こういう大事なことは、前もって何か言っていただきた――」
「ふむ。ここが未来の世界か」
 リースの言葉を遮って。
 聞き覚えのない人間の声が、した。大きな声だ。振り返る。
「ワシのいた頃とは全然違うのぅ。家も変わったか」
 ひげを生やした豪快そうな男が、楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。
「貴方が……戦部武蔵殿、ですか?」
「いかにも。ヌシがワシの子孫だな」
「はい。一度お会いしたいと思っていました」
 丁寧に礼をする。と、隣のリースもそれに倣った。一礼。
 そんな二人を見て、武蔵が大きな声を上げて笑った。
「いらんいらん、そんな礼。堅苦しくてしょうがないわ!」
「ですが、武蔵殿は戦部家の基礎を築いた立派なお方で……」
「何? そんな風に伝わっているのか。美談にされておるようだのう」
 武蔵の言葉に、え、と目を開いた。
「実はな。ワシはやりたいことをやっていただけだ」
 当人曰く。
 当時付き合っていた喧嘩仲間が世に出て行く時、手を貸した結果がこの身分、ということらしい。
「それだけだ。だから細かいことを気にせず身分なんぞ関係なしにやっていたらのう、人材にも恵まれて発展していったというわけだ」
「…………」
 驚愕の事実に二の句を継げないでいると、また武蔵が笑った。
「こんな細かいことを気にして黙るでない。折角千三百年という時を越えて会えたのだから、もっと色々話すこともあろう?」
 色々。言われて思い出す。自分が今日、武蔵に会ったら何をしようか考えていたことを。
「家族に会いませんか」
「ほぅ? 家族?」
「はい。戦部家の、家族です」
 武蔵からすれば、子孫の一人二人に過ぎないかもしれないけれど。
 会ってもらいたい。そして、会って話をしてもらいたい。
 だって、やはりどんな理由でも武蔵は戦部家を作り上げた人間で。そんな人の言葉を自分だけに向けてもらうだなんて勿体無い。
「面白そうだのぅ。どれ、会いに行くか。案内せぃ」
「はい。ほら、リース。行きましょう?」
 ほとんど面食らったような状態だったリースに声をかけ、肩を叩く。はっとして、リースが立ち上がった。
「ご、ご先祖様だけでなくご両親にまで会うなんて……」
「何か問題が?」
「問題って! だって、まだ心の準備とかできていません。……変なミスをしないようにしないと……」
 緊張した面持ちで呟きを続ける。
「些細なミスを取り上げるような輩は居るまいよ。ワシと同じように、自分のやりたいように自分らしくしていれば良い」
「そんな。初代様と同じようにだなんて」
「ええ。無茶ですね」
「そうかのぅ? ワシはそうして欲しいんだがの。
 家柄なんて気にしないで、やりたいことをやって。短くとも太く生きてもらいたいのだ」
 早死にの後悔など何もないように。
 武蔵が真っ直ぐ前を見て、言う。
「武蔵殿……」
「ともかく、行くとするかのぅ。ほれ小次郎、さっさと案内せんか」
「はいっ」
 せっつかれて、小次郎が歩き出す。
 今日はまだまだ長い。
 これからまた、先ほどのように大切な話を聞かせてもらえるだろう。