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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】憑かれし者の末路(第2回/全2回)
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第三章 韻衝

(1)集落外−2

「……ここも、戦場……」
 未だ定まらない揺れた瞳で椿 椎名(つばき・しいな)はそれらを見つめた。
 剣を振るカナンの兵士、それを受ける悪魔兵と幻獣グリフォン。集落外で衝突したマルドゥーク軍パイモン軍の戦場の端に椎名は居た。
「戦場なんて難しい言葉を、よくご存じでしたね」
 馬鹿にしたのではない、心から感心したようにアドラー・アウィス(あどらー・あうぃす)椎名に言った。アドラー椎名のパートナーである。
「え、あの、でも……さっきアドラーさんが教えてくれたのと、似てるって思ったから……」
「俺が? 何を教えましたっけ?」
「え……あの、『戦場』って言葉について……」
「ほぉ、『戦場』の意味か。いったい俺は何て言って教えたのかな?」
「……人が武器を持って……それで、自分の命を守るために敵と戦うの……敵も自分の命が大事だから……だからどんどん戦いが大きくなる、の」
「おぉー、よく覚えてたねー、正解、正解だよー偉いぞー」
 よしよし、と頭を撫でてあげた。撫でられた椎名は恥ずかしそうに俯いてしまったが、素直に嬉しかったのだろう、ほんのり赤らんだ頬が長い髪の隙間から見てとれた。
 一応断っておこう、これは断じて幼児プレイなどではない。二人の名誉のためにもう一度、これは断じて幼児プレイなどではないのだ!!
 時を遡って少し前、二人がまだ集落内に居た頃のこと。椎名は起動直後のイコン『サタナキア』に挑み、そして巨大で強力な拳撃をその身に受けてしまった。僅かな間、気を失っていたのだが、次に目を覚ましたその時、椎名は記憶喪失になっていた、つまり記憶の大部分が欠落してしまっていたのだった。
 ここまではアドラーの初診、椎名の様子から記憶喪失になったのだと思ったのだが実は―――
「守るのは、自分の命だけじゃあ無ぇぜ」
 ………………大事な説明の途中なのだが…………仕方がない、一度中断して……。
 突然に声がした。それもずいぶんと荒い声がした。命を「タマ」と言っているような乱暴なセリフが聞こえてきた。声の主はジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)、やさぐれ魔鎧の一人だ。
「仲間の命ってのも当然だ、テメェの信念ってのもあるなぁ。だが、それだけとは限ら無ぇ…………ん? お、おい、どうしたどうした?」
 雄弁に語り出していたジャックがそれに気付いた。怯えた表情でジャックを見つめていた椎名が急に頭を押さえてうずくまったからである。
 …………ちょうど良い、先ほどの続きをお話ししよう。
 頭の痛みが止んだのだろう、顔を上げた椎名がまず初めに口にしたのは「何だ? お前は」とジャックに言った言葉だった。正面から鋭い瞳を向けて、そしてすぐ後には「ていうか、ここはどこだ?」と辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
 突然の変貌。内気で幼い椎名から勇敢で乱暴な口調が特徴のいつもの椎名へ。少しばかりそうしていると、また「うっ……」と呻いて頭を押さえる。
 脳に受けた衝撃がもたらしたもの、それは記憶喪失ではなく、もう一人の椎名を彼女の内に作り出す事だった。
 『二重人格』、不定期に訪れる頭痛が『二つの内面』を切り替える。しかも入れ替わっている間の記憶はもう一方に引き継がれない。今は再び『幼い椎名』が表に出ているというわけだ。
椎名椎名、大丈夫かい?」
「ん……ぁ、アドラーさん」
「違うだろ、椎名。『アドラーお兄ちゃん』だろ?」
「お兄ちゃん? でも私にお兄さんは居ないはずじゃ……」
「そうだよ椎名、よく覚えてたねー、でも俺は君の『恋人』だからね、お兄ちゃんって呼んでも構わないんだよ」
「恋人? 恋人なの? 『アドラーお兄ちゃん』」
「んんーー良い! 実に悪くないですね」
「オイこらテメェ、マジで犯罪の臭いがするから止めやがれ」
「冗談ですよ」
 正直もう少し堪能していたかったが、本来の強気な椎名にバレた時の事が怖いのでこの辺りで止めておく事にした。ふむ、全くもって残念だ。
「それで何でしたっけ? 守るのは自分の命だけじゃないって話でしたっけ?」
 アドラーが顔を向けたとき、『トゥーハンディッドソード』の切っ先が突きつけられていた。
「大人しく寝てるっつーなら峰打ちにしといてやるよ」
「……マルドゥークを、シャンバラを裏切るという事ですか?」
「まぁ、そういうことだ」
 この集落を目指す最中、ジャック和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)パイモンの軍勢に遭遇して捕まった。絵梨奈は今も小さな馬車の中で幽閉されている、つまりは人質だ。
「抵抗するなら容赦はしねぇ。さぁ、嬢ちゃんと一緒に考えな」
 奴らに荷担する事で、また手柄を立てる事でまずは絵梨奈の自由を確保しなければ……。長時間も幽閉されていては精神に異常をきたす可能性もあるし、何より時間が経てば経つほど絵梨奈が自力での脱出を試みる危険性が増してしまう。
 温和に見えて行動力抜群、そんな絵梨奈の決意に満ちた表情をジャックはこれまでに何度も目にしている。
 あの顔をさせるより前に、どうにか彼女を平和的に解放させる。そのために。
「テメェ以外を守る、そのために戦ってる奴だって居るってこった」
 相手を蹂躙し殲滅する、通常、戦争ともなればそれを目的に戦うのが正解かもしれない。しかしこの戦場においては、それ以外の目的を秘めて戦う者たちが、少なからずジャックの他にも居る。その内の一人が、
「死にたくなければ武器を捨てろ!!」
 木本 和輝(きもと・ともき)である。
 鬼のような形相……いや、見た目は鬼そのものである。『鬼神力』を発揮した彼は身長3m、頭には角を生やした『牛鬼』の姿でカナン兵たちの剣を薙ぎ払っていった。
「忠告はした! 退かないなら潰されても文句はないということだな!!」
 この場合の『潰す』は文字の通り、和輝の『如意棒【朱天】(如意棒)』で脳天を叩き潰すことを意味している。
 イナンナの真意を確かめるべく、またこの戦場を沈めるべく和輝はカナン軍への攻撃を行っている、そこには一切の躊躇も葛藤もない。
「離れなさい」
 脚部を狙った白星 切札(しらほし・きりふだ)の銃弾は和輝に届かずに地面に刺さった。
 高速に動かれた訳ではない、狙撃する前に気付かれたのだ。力のままに如意棒を振り回しているだけの暴鬼かと思ったのだが、意外と周りも見えているようだ。
「当然じゃ、わらわが纏われてやっているのじゃからな」
 魔鎧化した雹針 氷苺(ひょうじん・ひめ)が得意げに言った。暴れ回っているだけに見えた和輝の動きは彼女の『銃舞』を用いた動きだったようで。彼女はそれを攻撃を主体としながらも周囲を見渡せるよう応用して和輝を上手く誘導していた。
和輝、銃を持った女が狙っておるようじゃぞ、少し移動するかのう」
「了解。まぁ、どこに向かっても倒すべき敵で溢れてるからな」
「待ちなさい」
 銃撃から逃れるように、それでいて駆けながらにも『如意棒【朱天】(如意棒)』を振っている。むやみやたらに人を傷つけたくはないが、人が傷つくのを黙ってみているだけというのも我慢がならない。
「止まりなさい! なぜ私たちを攻撃するのです! 同じ地上人なのでしょう?!!」
「種族の問題ではない! これは侵略だ! 侵略戦争を、侵攻を正当化する事など決してあってはならん!!」
「侵攻って……地上に侵攻してきたのは悪魔の方―――」
「そんな事を論じている場合ではない! 現に今ここで行われている事は『人間がザナドゥに押し入り、我が身を守るという名目の元に悪魔たちを蹂躙しようとしている』のだ!! まずはこの戦いを終わらせる、それが俺たちの義務だ!!」
「だからって……」
 視界の先に水引 立夏(みずひき・りっか)の姿が見えた。立夏和輝のパートナー、想いは彼と同じである。
「はいはい皆さん、集まってくださーい」
 数名の悪魔兵をハベらせて……いや、自分の周りに寄せ集めると、哀しみに満ちた声で歌を唄い聞かせた。
 『怒りの歌』、聞いた者に怒りの感情を抱かせる歌。これにより悪魔兵たちの攻撃力は大幅に増す。
「さぁ、これでもう平気だよ、侵攻してきた地上人なんかに負けちゃダメだからね!」
 ムンと組んだ手を胸前に添えてエールを贈る。地上人に地上人を倒せと言われた悪魔兵の心境は複雑かもしれないが、
「疲れちゃった人も言ってくださいね、回復してあげますからね」
 献身的なサポートの数々に、徐々に彼女を頼る悪魔も現れ始めていた。
「見るがいい、娘」
 魔鎧状態の氷苺が優しい声で、
「あれもまた、種族を越えた信頼関係の構築の様じゃ。地上に生きる者とザナドゥの悪魔たちともそのように信頼関係を築けるのじゃ、それをおぬしたちは自らの手で拒絶するばかりか排除しようとさえしておる」
「それは……でも初めに侵攻してきたのは悪魔たちの方よ。いきなり攻撃を仕掛けてきたのも悪魔たちだったじゃない」
「理解しようとしたか? なぜそのような事をしたのか、その理由を考えてはみたのか? 地上の誰がそれを真剣に考えているのじゃろう」
「そんな……どっちが最初だの、どっちが悪いだの、そんなこと私は……」
 私は知らない。だって私には白星 カルテ(しらほし・かるて)が全てだから。親バカと言われても構わない。そして戦場のにおいを感じ取り、勝手に飛び出したカルテを追ってきただけというのが事実である。正直どちらが正しかろうと、関係ない。ただし、それでも―――
「それでも娘(カルテ)が願っているの! 『これ以上、自分のように傷つく人が増やさないで』と。だから私はあなたたちを止める!」
「やってみるが良い、できるものならのう!!」
 この戦場のどこかで小さくなって祈っているカルテを保護する事が最優先、だが目の前で起ころうとしている殺生を見過ごすわけにはいかなかった。カルテを助ける為に、またカルテの想いを貫くために。
 それもまた戦う動機、戦場を生き抜くための指標ともなる。
 戦場。それは様々な想いが交錯する死局。その中の一角、両軍の長たちが衝突した地も、まさに死地となっていた。