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リアクション
■□■第二章――一日目――午後
■0――一日目――17:00
未だ、日が沈みきる前の刻限。
――やはり、山場弥美を怪しむ人間は多かった。
その為か、山場本家には、単に祭りだからと断言するには賑々しい程の、人の気配があった。
「叔母様、お目にかかれて光栄です」
青い髪を揺らしながら、火村 加夜(ひむら・かや)がそう声をかけて会釈した。
「こんなに可愛らしい婚約者がいるだなんて、涼司ちゃんも隅にはおけないのね。叔母さん、とっても誇らしいわ」
弥美が子供らしく愛らしい瞳で微笑む。
叔母であるというのに、童女の姿をしている彼女は、どこか異質な存在に見えた。
その傍らで、山葉 涼司(やまは・りょうじ)が、差し出された湯飲みに手を伸ばす。
お茶の用意をしたのは、弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。菊は、加夜と涼司の前に、茶請けと称してみたらし団子を差し出す。
上品な仕草でそれを手に取った加夜と、豪快にかぶりついた涼司を一瞥しながら菊は考えた。
――死人は飯を食わないはずだ。
――飯を食う人間は生きているんだろうな。
菊がそんな風に考えながら、一同を見渡していた時、神社から挨拶に訪れたという山場愛と山場敬の姉弟がそれぞれ顔を上げた。
二人は、山場本家に迫る程の権力を持つ、山場神社の末裔だ。
「暫く、村から離れていたから、改めて聴きたいんだけど――死者への弔い方……この村の風習は変わっていませんか?」
愛が言うと、弥美が唇の端を持ち上げた。
「ええ」
弥美は少女らしい甘い表情の顔立ちに、懐かしむような色を浮かべた。
「村で誰かが死んだときは決して死体に傷をつけず、面をつけ一晩、本殿に一人になるよう安置して、神と対峙させる――これは、変わらない風習です」
「そんな風習があるのか」
驚いたような顔をしながら、涼司が再び団子を口へと運ぶ。
それに頷きながら、弥美が続けた。
「神殿を血で汚したものも同様に本殿に面をつけ、一人一晩閉じ込め、神に謝らせる――この掟は変わりませんよ」
「安心しました」
神主である敬が、弥美の声に優しく頷いてみせる。
そんなやりとりを見守っていたスウェル・アルト(すうぇる・あると)が、淡々とした表情で首を傾げた。
「村についての資料は、どこかにある?」
村の調査に協力する為にここへ来た彼女は、白い髪を揺らしながら、真摯に赤い瞳を弥美へと向ける。
「一番は、図書館ね」
「さっき、見てきたわ」
「――そう。後は、秘祭に関連するものだと、神社にある文献も有用かしら」
スウェルに対してそう応えた弥美は、唇の両端を持ち上げた。
「兎に角、一番は図書館か」
ヴィオラ・コード(びおら・こーど)が言うと、作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)――ムメイもまた頷いた。
「日が暮れると死人は、動きが活発になるらしいし、また明日、見て回るか」
ムメイのその声に頷いて、スウェルが立ち上がる。
「誰か、一緒に来てくれると、良いんだけど」
日本の文字に詳しくないスウェルが呟いた。
そうして立ち上がった彼女に従って、ヴィオラ達も立ち、山場本家を後にした。
彼らを見送ってから、加夜が再度弥美に尋ねる。
「もう少し詳しく秘祭について教えてもらえないでしょうか?」
「勿論よ」
微笑して弥美が応える。
「ダムの底に沈んだ村が、どうして今、地上にあるのでしょうか」
「おかしな事を言うのね、涼司ちゃんのお嫁さんになる方は。ダムに沈んだりしていないのよ、この山場村は」
「――……村が『永遠』:になるというのは死人は転生せずに、ここに留まるという意味なのでしょうか」
「そうねぇ……死人……そう呼ばれることが、果たして本意なのかなぁ。私には分からないです。この村には様々な伝承があるし、死者の国にまつわる話しも伝わっているけれど、全て、概念的に、この山場の家で、仏教的な呼称をあてがっただけなのよ」
「弥美さんは、涼司くんを死人にするつもりなんでしょうか?」
「私が死人だというのね? そうね、私が死人であれば、涼司ちゃんは可愛い甥だもの、側にいて欲しいと思うかな」
「――そうですか」
弥美の返答に、何かを決意したように、加夜が頷いた。
「行こう、涼司くん」
加夜の声に頷き、涼司もまた立ち上がったのだった。
そんな彼らを外で待ち、涼司に声をかける者がいた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)のその声に、皆に待つように告げてから、涼司が歩み寄る。
二人は山場本家の片隅にある井戸の前に、静かに立った。
「なんだよ?」
涼司が首を傾げる正面で、玄秀が腕を組む。
「この村の詳細を知りたいんです」
「詳細って言われてもな――俺も、小せぇ頃に来たっきりだし」
「僕は率直に言って、この村に、何らかの結界がはられているのではないかと疑っています。その仮定を真とするならば、まずは、中心地が知りたい」
「村の真ん中って事か?」
「ええ、端的に言えばそうなります」
「それなら――やっぱり、公民館だろうな」
少し考えるように、頬を指で掻きながら、涼司が言った。
「保証は出来ないが、行ってみる価値はあると思う」
「分かりました、有難うございます」
涼司の言葉に、黒い髪を揺らしながら玄秀は頭を下げたのだった。
彼らのそんな様子を、上空からルカルカ・ルー(るかるか・るー)が眺めていた。
彼女は、金色の髪を揺らしながら、マントの隠れ身と飛行魔法で空から双眼鏡を使い、 涼司周辺を観察している。
「誰が味方か分かるまでは……」
ひっそりとそう呟いた彼女は、次々に涼司の元を訪れる人々を見守った。
――会話に耳を欹て、唇も読む。
襲撃されるのを見ても、死者か生者かが判別できるまでは加勢せずに、ビデオで撮影する事。
誰かが殺されても、こらえて撮影する事。
それが親友と共闘する為に必要な事柄であると、悲痛な思いを押し殺し決意して、ルカルカはカメラを回し続ける。
その頃、アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)にもまた、声をかける者があった。
山場の本家から帰路についていた、山場愛と山場敬である。
「旅の学者さん」
敬の声に、アクリトが振り返る。
「秘祭について調べて居るのよね」
愛が言うとアクリトが頷いた。
「ああ、そうだ」
その様子を見て取り、敬が続ける。
「僕たちも便りがあって呼び戻されたんですが、元実家の本殿に何かあるかも知れない――見にいらっしゃいませんか? 僕たちも神社の事に、そこまで通じている訳じゃありませんが、何せ『祭り』ですし」
アクリトは少しばかり思案するようにしてから頷いた。
「ぜひ――ただ、いつうかがえるかは、現時点では判断が出来ない」
「大丈夫よ、祭りの間は、神社は夜通し灯りがついてるみたいだし。全く、私達もいつ寝れば良いんだか」
愛の声に、アクリトが確かめるように言った。
「本当かね? もしかしたら、深夜になるかも知れないが」
「構いませんよ。ただまぁ、あんまり大勢での見学となると、ちょっと神様に怒られるかなぁ……」
冗談交じりに口にしながらも頷いた敬に対し、同様の仕草で返してから、アクリトは歩き始めた。
その直後、さらにアクリトに声をかける者が居た。
椎名 真(しいな・まこと)である。
「最低限の水が確保できて、姿を隠せそうな場所をさがしたんだ」
彼の声に、アクリトが足を止める。
「山場村には分校があった。そこの保健室なら、多少の医療設備もあるし、どうかなと思って」
真の短い茶髪が揺れる。情に厚そうな彼の茶色い瞳を真摯に眺め、アクリトは頷いた。
「最適な場所だろうな。だが、何故それを私に?」
「対死人のアンプルを配った段階では、アクリトさんは人間と判断できると思ったんだ。だから拠点の場所は伝えておこうと思って」
「有難う」
アンプルの真偽を疑われた事が多かったアクリトは、フッと表情を和らげた。
「何かあった際は使ってほしいから、なんて、ね」
真は穏やかにそう言ってから、真面目な瞳でアクリトを見る。
「……その前に俺が人間であることを証明したいから……誰か証明する方法を提示して来たら、それを実践するつもりだ。だけど、最終手段はアンプルを自分に打ち込むしかないか……?」
「――勧められないが、一つだけ、確固たる対策はある」
「それは?」
「死人は死なない。よって、死んだ者は、死人ではない」
「それじゃあ――証明できても、命が……」
「だから、勧めはしないし、勧める気もない。ただ私は、死人になるくらいであれば、死ぬことを選ぼう。君には期待しているよ、拠点のことも、集合場所を探している生者に会ったら、伝えておこう」
アクリトはそう告げると、再び歩き出したのだった。
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