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リアクション
(2)バビロン城−6
「ふっ」
減ってはいるものの、城内にも、ここ地下迷宮にも剣棘の生えた蔓は延び寝そべっている。
一行の道を塞ぐ蔓と棘を島本 優子(しまもと・ゆうこ)は『ライトブリンガー』で破砕しては道を切り開いていた。
「仕事があり続けるのはっ、幸せなことなんでしょうけどっ、ねっ」
大いにボヤきながらに彼女は優子は言った。
これらの役目は、本来ならば城外だけのつもりだった、それで終えると本人も思っていた。それでも城内をどこまで進もうにも、蔓は一向に無くならなかったのだ。
そして一行の先頭を行く者がもう一人。
「おそらくこちら?…………でしょうか」
「…………………………」
三田 麗子(みた・れいこ)の曖昧な羅針盤には誰もツッコミを入れなかった。
一行が探している『封魔壺』は、分類すれば「宝」になるのだろうが、どうにも『トレジャーセンス』に反応はしなかった。感知のできるのは妖しげな気配のみ、そこから麗子の経験と勘を駆使して進路を取っているのだった。というより今はそれしか方法がないのだ、故に―――
「おそらくこちら?…………でしょうか」
「…………………………」
曖昧な羅針盤にも関わらず誰も文句を言わないのである。
「あら?」
不意に麗子が立ち止まる。しかし見つめる先は壁、いや、不自然なほどに密集した蔓が通路を塞ぐ壁を成している。
「この先なの?」
「えぇ、気配はこの奥に続いていますわ」
「なるほど」
無論に剣棘が立ちはだかる。それでも優子は怯まない、伊達にここまで道程を剣一本で斬り抜けてきたわけではない。
「下がってて」
斬撃の後に冷気を見舞う技、『グレイシャルハザード』で表層を斬り裂き、
「はぁあああああ!!!」
凍りついた深部を更に斬り刻んでゆく。気を付けるのは棘の跳斬のみ、向かい来るなら迎え撃つ。
それらを2、3度繰り返しただけで、蔓の壁に巨大な穴を開けてしまった。
「これは……」
剣棘の壁の先、塞がれていた通路の先には小さな泉が見えた。
円形に縁取られた泉の中に9つもの『封魔壺』が体半分沈んだ状態で、しかも円を描くように並べられていた。円の中央には台座、そしてその台座の上には、たった一つだけ、ここにも『封魔壺』が置かれていた。
「奉られているようにも見えますね」
「あぁ、何かしら特別な壷なんだろう」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が泉に片足を沈ませながらに言った。
「初めに封印を解くには、お誂え向きだ」
「なっ!! 封印を解くだと?!!」
マルドゥークは声を荒げて反対した。壷にはどんな魔族が封印されているか分からない、そんな状態で封印を解くのは危険過ぎやしないかと。
「リスクはある、しかし壷に封印されている魔族が反パイモン派であるなら交渉の余地はある」
「敵は同じ、故の共闘。ということか」
「あぁ」
クレーメックは壷を手に取り戻り来ると、その壷を島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)へと手渡した。
「頼む」
「えぇ、やってみますわ」
壷を見つめて息を整える。ヴァルナは『召喚者の知識』を用いて、壷に封印された魔族との会話を試みた。
結果は失敗、しかし直接会話をすることは叶わなかったものの、力の大きさや気配は感じることができた。確かに巨大な力だが、殺気や呪気の類は感じられない。
「しかし、それだけの理由でその壷を選ぶと言うのは―――」
「その壷で良いと思うわ」
マルドゥークの言葉を遮ってジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)が言った。
「こっちもやってみたけど、どれも大差ないわ。どれを選んでも同じ」
いつのまに泉に入ったのか、ジルは残りの9つの壷に対して『サイコメトリ』で会話を試みたという。
結果は同じ、会話は出来ず。それでもどれも封印を解いた瞬間に襲いかかってくるような、そんな気配は感じられなかったという。「どれも変わらないなら、台座に乗っていた壷でしょう?」
当然でしょ? といった顔でジルは言った。冒険の鉄則か、その場のノリか。大半の契約者たちの同意を受けて、遂にマルドゥークも封印を解くことを了承した。
「それじゃあ、私が代表して」
「あっ、ちょっと」
スクリミール・ミュルミドーン(すくりみーる・みゅるみどーん)が優子の手から壷を奪い取り、そして一気に封印符を壷から剥ぎ取った。
壷口から溢れる光、その中に人並みな人影が浮かび上がる。
「さあ、どんな魔神が出てくるのかしら」
美少女な悪魔? それとも妖艶な美女? 期待を込めて願いを込めて。
スクリミールの願いが届いたのか、現れた悪魔は長身で肉付きの良い体つきをした女性悪魔だった。
トップで結われた蒼い長髪や胸元の開いた黒のタイトドレスにも惹かれたが、何よりスクリミールの目を奪ったもの、それは―――
「その美しい腰のくびれ…………ベリアル様……だったかしら?」
「…………様? ………………知らない顔ね」
「あぁ、ごめんなさい。私も直接は知らないの。えぇと……そう、彼女から聞いたのよ」
そう言ってスクリミールはステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)を紹介した。自分でも『ああ、聞いたことがある』を使ってはいたが、ザナドゥの悪魔に関する知識の大半は悪魔であるステンノーラから教えられたものだった。
「わたくしも直接お目にかかるのは初めてですが」
そう前置きしてからベリアルに問いた、自分が封印されていた事の自覚はあるのか、と。
「もちろんあるわ。あんな「坊や」に出し抜かれたなんて……思い出したくもないわ」
「……そうですか」
やはりパイモンを恨んでいる、ならば説得も不可能ではない。
「わたくしも種族は悪魔です。しかし今は地上で生きています」
記憶が正しければベリアルは魔神クラスの力を持つ悪魔。共闘してくれるなら、これほど心強いものはない。
「パイモンも地上を欲しているようですが、その為に地上に生きるものたちを殺し、その上で地上を我が物にしようとしています」
「ふぅん。なかなか面白い事してるじゃない」
「えぇ、以前の悪魔であればそう考えるのが自然でしょう。ですが時代は変わったのです、わたくしを始め、ジルのような人に在らざる者も人間と共に生きています。共生の道を選ぶだけで地上を生きることが可能な時代なのです」
「人間と手を取り合う?」
一瞬ではあったが確実に、ベリアルの表情が冷たく強ばった。
「可能であればそれがベスト―――」
「ここに居る人間を皆殺し、衣服を奪い、それを私たちが纏って地上へ戻れば。ふふ、簡単に敵陣に入れそうね」
「なっ!!」
偽装、そして騙し討ち、奇襲。
確かに各校の制服や各装備品を身に纏い、援軍を求めるフリをして橋頭堡に駆け込んだとしたら。
橋頭堡を守る契約者もカナン兵たちも、ここに居る全員の顔を覚えているわけではない、むしろ自分たちと同じ衣服を着ている事で疑うことなく「仲間」だと判断する可能性は非常に高い。
「あなたたちが築いた人間との信頼関係……私たちが有効に使ってあげるわ、感謝なさい」
全員が一斉にその場で身構えた。相手は一人、しかし彼女の手の届く範囲には9つの『封魔壺』がある。その全てに悪魔が封じられている、しかも魔神クラスの強さを持つ者が何体居るかも分からない以上、いかに数で上回っていたとしても迂闊に飛び込むことは出来ない。
張りつめる空気、息のむ契約者たち。
ブラフか否か、初動の一瞬で幾つの封魔壺を破壊できるのか、契約者たちは如何にそれを少なくできるのか。ベリアルは武器を手にしていない、スキルを多用するタイプなのだろうか、だとするとその攻撃は一度で広範囲に及ぶ可能性もある、そうなれば壷の破壊を防ぐのは実に困難―――
「ボクたちに協力してくれるなら」
場の空気をぶち壊すような抜けた声でブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)が言った。
「キミたち魔族を迎え入れる土地を用意しよう、もちろん地上にだ。キミたちは無用な血を流すことなく地上に出ることができる。悪くないだろう?」
「嘘が上手ね。血は流れるでしょう?」
「不特定多数の人間を相手にするより、パイモン一派を潰して地上に出る方が良いとは思わないかい?」
ブルタが提案する地上の地は「タシガン」の地。吸血鬼の多く住まう地であり、奈落人と魔族の良好な関係性を考えれば、迎え入れる地としては最適だろう…………とシャンバラ側に提案する予定である。
「土地を確保するだけじゃあ、足りないわ。そこに魔族の国を創ること、あなたたちの国と同じ権利を持った独立した国でなければ意味がないわね」
「ザナドゥを捨てて、そこへ移住するのかい?」
「まさか。ザナドゥとは行き来できる橋を造るわ。そうね、それも造ってもらおうかしら」
「タシガンの地と繋げるかどうか。距離的にはだいぶあるだろうからねえ」
「場所はそっちで決めることでしょ? 私たちは別にどこだって構わない、それがシャンバラだろうとカナンだろうとね」
「なっ…………そんな約束―――?!!」
そんな約束が出来るはずがない! と叫ぼうとしたマルドゥークをクレーメックが止めた。
「ベリアルの封印を解こう」と初めに提案した者として「どうにか彼女を取り込みたい」という想いは誰よりも強かった、だからこそ、ここは多少の嘘とブラフが混じっていようとも、ここで交渉を終いにされるわけにはいかない。
「たった一人だというのに、まったく大した自信ですわね」
誰よりも胸を張って神皇 魅華星(しんおう・みかほ)が交渉の場に割って入った。
「それだけの条件をこちらが飲んだとして、それに見合うだけの働きがあなたに出来るのかしら。闇の皇族であるわたくしならともかく、あなたにそれが出来るとはとても思えませんわ」
「闇の皇族? あなたが?」
「封印されている間に忘れてしまいましたか。良いでしょう、わたくしは神皇 魅華星(しんおう・みかほ)、赤銀の女王としてかつてこの地を治めていた魔王ですわ」
魅華星は堂々と胸も声も張ってそう言い切ったが、当然そのような事実はない。闇の皇族というのも赤銀の女王というのも魔王という事だって全て妄想、彼女の思い込みなのだが、
「なるほど、あなたも王でしたか」
驚くべき事にベリアルはこれに乗ってきた。
「あの時代は王を名乗る者が多くいました。私も、パイモンもそう、あなたもその一人なのでしょう」
歪曲してゆく事実。ベリアルの告白は続く。
「この壷に封印されている者たちも王を名乗る者ばかり。でも、だからこそ……私も、あなたもそうでしょう? 我の強い者ばかりなの」
「えぇ、そうですわね」
「私なら彼らと話……いいえ、取引になるかしらね。人間側に付き、パイモンを討つべく共に戦う、そう説得することもできるわ」
「それがあなたである必要はあるかしら、一人ずつ封印を解いて交渉すれば済む話でしょう?」
「私一人を説得できるだけの条件も出せずに他の9人を説得できる? 私たちは同格の悪魔、要求も欲も力もさほど変わらない、同じ場所に安置されていた事が全てを物語っているわ」
9人の説得は自分が責任をもってする、言い換えれば、説得できるだけの手札が揃わなければ説得は不可能だろうということらしい。
厄介なのは、こちらが条件を提示できなければ、パイモンと手を組まないまでも、いまの現状を利用して地上を侵略、その後にパイモンを潰しにかかるという策を取ることも考えられる事だ。むしろこれらは是が非でも阻止しなければならない。
「今ここで9人を解放するのは簡単よ、でも力を貸してほしいのは「戦場において」でしょう? だったら戦いの場まで「このまま」にしておいて、いざって時に封印を解く、そうすれば多少強引でも説得できる可能性はあるわ」
だからこそ、この場での交渉は自分が行う。満足のいく条件がを飲めなければ、この場で9人を解放して「人間への恨みを晴らす」として結託、この場も戦場となる、と。
やはり脅迫、しかも気付いた時には袋小路。契約者たちは先に提示された条件を飲まざるを得ない。
「では、戦力を増やしましょう。他にも私たちと同じように「封印された実力者」が居るかもしれません。壷さえ発見できれば私が交渉してみせますわ」
9つの壷は常に自分の目の届く範囲にあること、そして9つのうち1つでもベリアルが意図しない時に封印が解かれたときは、ご破算。即座に全ての封印を解き、契約者たちに牙を剥く。
この場を移動する、また9つの壷を移動させるにあたりベリアルが追加した条件である。これにより壷を持たされた数名の契約者たちは彼女の傍を離れることが出来なくなってしまった。
契約者たちは理不尽にも思える条件を飲み、ベリアルは人間への恨みを飲み込んで共に戦う。
新たなる戦力と驚異を手に、契約者たちは残りの『封魔壺』を探すべく迷宮内を再びに歩み始めたのだった。
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