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リアクション
(2)バビロン城−1
誰も手入れをしなければ、そうなる事は必然だったことだろう。
城壁や城門、おそらくは城内にまでまとわり延びている。
黒薔薇の蔓は、ここ城庭部においても自由に生え絡んでいたようで、庭園に置かれた植物像のように固まり立っているものもあれば、引き上げられた地引き網のように地を這い覆っているものもいる。とりわけ厄介なのは「地引き網」の方である。
綺麗な花と女性には棘がある。
棘のない女性に「物足りなさ」を覚える男性諸君も居ることだろう、いや、そんな「女性に無意識で挑むことができる」男性こそがモテるのかもしれないが、それでも、契約者たちの眼前に居座る「棘」ばかりは容易に愛することは叶わないことだろう。
蔓に生えるその棘は「平兵が持つ剣」にも似て鋭く大きい。真摯な愛だけを胸に抱き寄せようものなら、愛しの「あの娘」はローゼンメイデン、無数の斬穴が君の体肉に空くことだろう。そうして気付いた時には「愛」も雫れ逃げているのである。
「何が愛も雫れて逃げている、よ」
一閃。
鬱陶しい御託もろともに五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は蔓の一つを斬り裂いた。
「懐に飛び込んだら一思いに刈る、それが恋の秘訣ってもんでしょ!」
パートナーの発言にセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は「あら、まぁ」と溜息を漏らした。
「理沙……空想ならせめて、もう少し良い恋を思い浮かべましょうよ」
「何言ってるの、恋は戦いなんでしょ? 相手が隙を見せたら一気に突く! これが正解よ、それ以外に無いわ!」
断言されてしまった……人並みの恋で構わない、そうすれば理沙も少し女の子らしくなるに違いないと期待しているのだが。あの調子ではそれも実に怪しいことだろう。
剣のような形をした棘を『根本から』斬ってゆく。理沙が放つは『煉獄斬』。武器に炎を纏わせる斬撃は予想通り切断面をも焼いてみせた。
相手が未知の植物である以上、思考力を奪う香りや幻覚を見せる樹液を発しないとも限らない。必要以上に棘を刈る気は無いが、マイナス要因は排除して進むに越したことはない。
「頼もしい限りですわね」
理沙の様に安堵して、セレスティアはもう一つの不安要素へと瞳を向けた。
彼女たちの護衛対象であり、何度も戦場を共にしたドン・マルドゥーク(どん・まるどぅーく)。そんな彼に、同じく護衛を行うラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が、セレスティアが掛けようとしていた言葉を投げ掛けていた。
「マルドゥーク、本当に傷大丈夫か? ざっくりいってただろう……」
「あぁ。問題ない!!」
証明すると言わんばかりにマルドゥークは無駄に体を捻っては、剣を振り抜いて棘を3本ほど一度に薙ぎ斬ってみせた。
「この通りだ、傷口は塞がっている。城の瘴気にやられる事もあるまい。お主こそ良いのか? 派手に斬られたのだろう?」
「アンタ程じゃねぇよ。ま、俺も似たようなもんだ、傷口は塞がってる、動くのも問題は無ぇ」
「それは何よりだ」
「だからといって、決して無理はなさらないで下さいね」
もはや『一応』といったニュアンスでセレスティアが釘を差した。
「その為にわたくしたちがお供しているのですから」
「そうだぜマルドゥーク、アンタの帰りをウヌグの人たちはみんな待っているんだからよ」
「あなたもですよラルクさん」
「お、おぉう」
思わぬ飛び火にラルクは目を丸くした。とっさに二の句が継げずに会話も途切れた、だからだろうか、少しと離れた所で沸いた言い合う声が、やけに鮮明に聞こえて取れた。
「冗談じゃねぇぞ! 止めろコラ!!」
「まぁまぁそー言わずに、ほらぁ、グイっと」
拒むはジバルラ、その口に器を押しつけているのは鳴神 裁(なるかみ・さい)、器の中身は『謎料理』で作った蒼いスライムジュース「蒼汁」だ。
「さぁ、飲むんだ☆ それだけで身も心も健康になって正気に戻るんだから」
「ふっざけんな! んな臭いのもん飲めるわけ―――んぶっ! う゛ぅっ……」
強引に口を開けられれば、後は重力に物を言わせて流し込むだけ。あまりの量に驚いたのか、ジバルラはそれを大きく飲み込み、そして噎せ吐いた。
「ぶはっ、がはっ、がっあ゛っ……」
「どうかなー?」
「テメ……ェ……」
「どう思う? ドール?」
「そうですね〜?」
裁に装着した状態のままだったが、ドール・ゴールド(どーる・ごーるど)の声色は確かに首を傾げていた。
「『殺気看破』の必要はないですよね〜?
心が乱れている証拠なのですよ〜?」
「なるほどー」
「なるほどじゃ……ねぇ……、んなもん飲ませられれば……誰だって―――」
ようやくに息を整えたジバルラ
だったが、時既に遅し、裁は次なる手に取りかかっていた。
「そうだよねーそうだと思ったよ、足りなかったよねー」
「また『蒼汁』ですか〜?」
「そうよ、でも違う。これは濃度10倍の『特製蒼汁』なのだー、これを飲めばー、そりゃーもう一気に正気に戻るはずだよー」
「いいや、それじゃー足りないねっ☆」
「九十九?」
アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)に憑依した物部 九十九(もののべ・つくも)がズイと前に出る。アリスも大概に子供っぽいが、中身が九十九であるために、より幼く、そしてより「いたずらっ娘」に見えた。普段のアリスに見え隠れする「色っぽさ」が見事に消えていた。
「濃度を上げるだけではダメなのだよっ☆ 『蒼汁』に必要なもの、それはこの『桃汁』さっ☆」
「なっ……なんだってー☆」
☆と☆が行き交っている。繰り返されればされるだけ、横行すればすればするほどに被検者のリスクは増してゆく。
「神が居れば悪魔が居る。そういうことだよっ☆」
「そうか……それに神様の周りには天使も居る……そういうことだね?」
「そういうことだよ☆」
「ちょっ待て、お前等っ!! 全然噛み合ってない―――ぶぶっ―――」
怪しく蒼いスライムジュース『蒼汁』に続いて、『蒼汁』に『どぎ☆マギノコ』をブレンドした『桃汁』が彼の口に流し込まれた。
当然の悶絶、そこに、
「そうそう、正気に戻すならこれもやらなきゃねー」と裁が彼の額にフライパンアタックを加えて、ノックアウト。
『パラミタホース』に磔にされたまま、ジバルラの意識は軽く天に召されてしまっていた。
「気絶、しちゃってますよね〜?」
「だめかぁ……そうなると次は精神的に攻めるしかないよね☆」
気を失って尚危機は去らず。彼が次に目覚めた時にはトラウマ級の苦行が待ち受けているのだが、それまではとにかく昏睡状態のまま城の瘴気を中和する役割を担うことになるようである。
「さぁて、そろそろ行こうか。ローザ、出すぞ」
「良いのですか? まだゴタゴタしている所もあるみたいですけど」
ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)とは別機体に搭乗する天城 一輝(あまぎ・いっき)も機体を傾けて地上を見つめた。
マルドゥークやセレスティアら、そして今さっきまで大声で騒いでいたジバルラと裁らの姿も一度に見渡せた。がしかし、
「知るか、付き合いきれん」
「………………」
珍しく一輝が苛立っていた。「城への侵入は出来るだけ音を立てずに」というのが全体の決めごとだったはずだが、どうにも誰もが騒がしくしていた。
いや、結果としてそうなっているだけかも知れないが、「その策は派手すぎる」として一時待機を命じられた一輝にしてみれば、それを命じたマルドゥーク本人が派手に斬り舞っていたならば……イラッときても当然だろう。
「予定通り行くぞ、一気に道を切り開く!」
「わかりました。コレット、ユリウス、しっかりと掴まっていて下さい」
『小型飛空艇アルバトロス』に同乗するコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)とユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)の二人に声をかけると、ローザは機体を旋回させて一輝の『小型飛空艇オイレ』の後方に付けた。
剣の棘が行く手を阻むなら、それらを駆逐してしまえばいい。
滑空しながらの狙撃。『弾幕援護』を織り交ぜた『機関銃』による掃射が、横たわる蔓を撃ちちぎってゆく。
「これは……予想以上だ」
一輝の機体を追う後方機、その機上でユリウスは『オートガード』と『ファランクス』による防御態勢をとっていた。
進行方向前方から「爆ぜた剣」が飛び襲ってくる。『機関銃』が蔓を撃ち抜く度にその衝撃で弾けた棘が後方を行くローザの機体に襲いかかるのだ。
「コレット! 今は記録しなくていい!! 下がれ!!」
「平気よ! これだって記録すべき現実なんだから!」
コレットが妙なジャーナリスト魂を燃え上がらせていた。機体に身を隠しながらも顔と『デジタルビデオカメラ』を覗かせて現状の記録に努めている。が、そのすぐ横や上を「弾けて向かい来る剣棘」が飛び過ぎているのだ。
「そこまでして欲しい画でもないだろう!」
「それを決めるのは見る側よ! 記録する側は「ありのままの」「すべて」を記録することに意味があるんだから!」
「あぁもう! わかった!」
「えぇっ! ちょっ―――」
熱くなり過ぎだ。それでもそれを丁寧に沈めている余裕はない。グイとコレットを掴み引いて、自分の股下に押し座らせた。
「動くなよ、動けば安全は保証できない」
「ありがとう、うん、これなら記録もできるわ」
【カナン諜報室】への状況報告。矢のように迫る剣棘を正面から撮ることが出来る、これほど正確で迫力ある事実の画は他には無い。
北カナンキシュの神殿に設置された【カナン諜報室】、そこでカナン、イルミンスール、ザナドゥの情報を集約している、しかしザナドゥで電波の届く範囲は限られている。ここバビロン城は残念ながら圏外、データを送信するには橋頭堡から北東10kmの圏内へ移動する必要がある。だからこそ―――
「全員無事にこの城から帰還させてみせる!」
ユリウスは文字通り「盾」となって弾剣から皆を護る、そして一輝の爆撃は、庭部から城内への真っ直ぐな進道を荒く激しく成らしていったのだった。
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