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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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第二章 衝戦

(1)バビロン城−2

 ゼパルが差し向けた『紫銀の魔鎧』の軍団に出くわした時、最も速く飛び出したのは水上 光(みなかみ・ひかる)だった。
 精気のない瞳のままに宙に跳び、『グレートソード』を振り降ろした。
 紫銀の魔鎧の一体が繰り出したのは『ハルバード』、その槍身での剣を受けるとすぐに弾いては突きを放ってきた。
 体の中心を狙った突きが迫ってくる。
 は素早く手首を返すと、剣の切っ先を自らの左太股を突き立てるように勢いよく振り降ろしては迫りくる槍先の軌道へと滑り込ませた。
 衝突音の後に互いが退いて距離を取る。それでもは地に足が着いた瞬間に再び蹴って飛び出していた。
「ふぅーーーーー」
 息を吐きながらに駆ける事で両手上半身の力も抜けてゆく。
 弾丸のように突進し、しならせた腕を振って『グレートソード』を薙ぎらせる。受ける魔鎧の槍を力で押しているが、それも力任せに剣を打ちつけているからに過ぎない。剛剣といえば聞こえは良いが、
「あのような戦い方……さんではありませんわ」
「んー、そうだねー、がむしゃらって言うのかな?」
「あれは……無謀です」
 防御を気にも止めないの戦い方に、パートナーのモニカ・レントン(もにか・れんとん)ビビ・タムル(びび・たむる)は当然に違和感を覚えた。そしてその原因が『紫銀の魔鎧』であるアバリシア・アロガンシア(あばりしあ・あろがんしあ)を装着したことであることにも。
「あんな戦い方をしていては、いつか斬られてしまいます。さんを止めましょう」
「わかった」
 あんなに怖い目をしたは見たことがない。感じた違和感は強烈な危機感へと直結しているようだった。
? うっ、あぁうっ、???」
 気配で感じているのだろうか。ビビが近づこうとしても、ことごとくが体を入れてそれを阻んでくる。まるで「近づくな!」と背中で警告しているかのように。
? っ! どーしたのさー!!」
「う゛う゛ーーー、う゛おあおう゛ーーーー」
さんっ!!」
「ダメだよモニカ、オラの声も届いてない―――」
「それでも止めるんです!!」
モニカっ!! 危ない!!」
 強引にの視界内へモニカが、そして彼女を追ってビビも飛び込んだ。その瞬間だった―――
 魔鎧を装着した時から精気なく定まらなかったの瞳が二人を捉えると、
「二人は前に出るな!」
 と、いつものの瞳で、いつもよりも荒い声で、いつもよりも張った両肩をして二人に叫びかけた。
「ボクが全部片付ける!! ボクがみんなを……ボクが守る!!」
 自分はもう一人じゃない、みんなと一緒がいい、だから。
さん……」
……」
 守るべき対象が目前に現れたことが彼を助けたか。『紫銀の魔鎧』の力全てに打ち勝ったわけではないが、自我だけは過剰に操られる事なく保持することに成功したようだった。
「ぐっ……」
義也?!!」
 『紫銀の魔鎧』の槍先が五十嵐 義也(いがらし・よしや)の左肩を貫いた―――
「はっ!!」
 立川 絵里(たちかわ・えり)が『大鎌』を振り降ろして魔鎧を跳び退かせた。
義也!!」
「デケェ声出すんじゃねぇ! 大したことねぇよ」
 傷口は完全に肩を貫通している、当然に血も大量に垂れ流れている。
「後で誰に治させる。それより今は奴を倒すのが先だ」
「でも――――――くっ!」
 『ハルバード』が迫っていた。絵里は『大鎌』でこれを受けたが、大きく押されて、そして弾かれた。
「うぅっ」
絵里殿っ!!」
(……義也…………ダメ……)
 『カルスノウト』を手に義也が駆け出そうとしていた。動けば傷口が開く、霧に長く触れればそれだけ腐食も進んでゆく。
「……時間をかけては、いられませんわね……」
 絵里は震える手を握り抑えて、『鬼神力』を発動した。
 みるみるうちに絵里の骨格が変わってゆく。体格は軽く2倍になり、額からは角まで生えている。
絵里殿……『鬼神力』は、まだ……」
 彼女はまだ鬼の力を制御できていない。そんな状態でまともに戦えるわけがない。
「くそっ」
 絵里を守るべく義也は駆け出したが、それらは杞憂だった。
 二倍に膨れた脚で地面を蹴った絵里は、一足で『紫銀の魔鎧』との間合いを詰めると、打ちつけるように『大鎌』を振り降ろした。
 薄皮のように杖がしなり、衝突音は弾薬が爆発したのかと思った。頭上に構えられた『ハルバード』は割ったように折れていて、『紫銀の魔鎧』の脳天に『大鎌』の刃が突き立てられていた。
 剛力による粉砕。それも力の全てを一点集中したからこその成果だったのだろう。目的は一つ、ただそれだけの為に。
 『紫銀の魔鎧』が気を失っている事を確かめると、絵里は急いでその魔鎧を義也の元へと運んだのだった。
「ずいぶんと荒っぽくやってんなぁ」
 輝石 ライス(きせき・らいす)は『紫銀の魔鎧』の突きを避けながらに言った。戦いの最中の「よそ見」だったが、実力的にはライスと魔鎧の力は拮抗している。それでも「よそ見」が出来たのは槍撃を避けては後方へ退く、そしてまた避けては退くをライスが繰り返していたからだった。
「そろそろ良いか」
 十分に戦地から引き離せた。通路脇の岐点には敵軍の『紫銀の魔鎧』が一体とライス、そしてパートナーのミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)だけだ。
ミリシャ
「了解」
 ミリシャは『ウォーハンマー』を野球のスウィングのように振り打ち込んだ。
 『ハルバード』ごと吹き飛んだ魔鎧をライスは跳び追うと、空中で『ルーンの剣』を振り薙った。
 魔鎧の体が床に衝突した直後、跳ね上がるより前に、魔鎧の首筋の皮一枚を裂いて地に剣を突き刺した。
「分かるよな、オレたちの勝ちだ」
 鼻先まで顔を近づけてライスは言った。
「オレと共に来い」
「何?」
「力が欲しい。魔鎧としてのお前の力が」
「敗者の力を求めると?」
「まだまだ、力が足りない。オレは自分の限界を知りたいんだ」
 最低限は目の前の誰かを守れるくらいの力。大嫌いな父親を見返すくらいの力が欲しい。
「お前も駒じゃつまんねーだろ。オレと来い、成長していつか魔族も越えていく面白いもの、見せてやるぜ」
 パートナーのミリシャは顔だけを向けて頷いて見せた。二人の会話に邪魔が入らないよう周囲を警戒をしていたミリシャだったが、ここは意見を求められている場面だと感じ取ったようだ。もちろん、多少の不満はあれどライスの人格を否定するつもりなど毛頭に無い。
「ふん。剣を突き立てられたまま契約を迫られるとはな」
「悪くないだろう?」
 ライスが剣を納めて立ち上がる。
 ライスミリシャの傍らに、新たに一人、『紫銀の魔鎧』が並び立つ事になったようだ。
「冷静に! 話を聞いて下さい!!」
 説得する側が慌てたり焦ったりした様子を見せれば、それだけで説得力は激減する。そう分かっていながらも、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)の表情も体さばきも決して余裕があるとは言えなかった。
「くっ、はあっ、つぅうっ」
 『氷刀【氷孤秋月】(フリーズブレイド)』を盾にして、『紫銀の魔鎧』が放つ「突き」の軌道を逸らしたり、槍身を打ち弾く事で攻撃をいなしてゆく。が、どれも間一髪、一瞬でも判断が遅れれば直撃を喰らうのは必至に思える。
 単純に戦えと言われたならば、霜月にとっては決して難しい事ではない、しかし明確な敵意と殺意を持つ相手を「説得」しようとするならば……交渉を始める状態に至るまでがまず何よりも難しい。
「あなたを傷つけたい訳ではありません! むしろ助けて欲しいのです! 力を貸してはいただけませんか」
 打ち合いの最中にも関わらず霜月は必至に訴えた。城を進むには城の瘴気を中和する力が絶対に必要になってくる。何を目的に襲いかかってくるのかも分からないが、それでも「協力して欲しい」と願い頼む霜月の想いは至って単純、仲間を護りたい、ただそれだけを願って。
「虫のいい事を言っている事は承知しています、それでもあなたにしか頼めないんです! お願いします!!」
 乾いた叫び、それは乾ききったただの妄言。それでも叫び声が相手の胸板にブチ当たる事を信じて。
霜月……」
 優しくも黒いローブとして霜月の全身を包む戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)は、霜月の叫びを聞くほどに不安を募らせていた。
「あんなに必至になって……自分と同じ『魔鎧』のあの人のことを……」
 不安は思考を歪ませる、都合の悪いことは耳からこぼれて落ちる。
「自分が頼りないから……だから霜月は紫銀の人を……」
「これだけ居る対戦者の中で、自分とあなたがなぜ戦っているのです?! 近くに居たから? いいえ違います!」
「………………」
霜月さん? 何を……」
「互いに惹かれたからです! 互いの何かに惹かれ何かを感じ合い、そして相対した、そうして今、刃を交えているのです! これは運命なんです!」
「はぁうっ!! 霜月さん……」
 案ずる事なかれ、今のは朔望の言葉に過ぎない。つい先程に顔を合わせたばかり、しかも敵対する『紫銀の魔鎧』が「運命」なんて歯の浮くような言葉に乗せられるはずが―――
「運命……運命か……」
 二度目の「運命」は「さだめ」と読んでいた。
「なるほど。嫌いじゃないな、その考え方」
「魔鎧さんっ?!!」
 乱戦の中で交えた刃、当人同士にしか分からぬ繋がり。口にしようにも上手くいかない、それだけに。
「えぇっ?! 良いんですか?!! 本当に霜月を選ぶんですか?!!」
朔望……あなたはどちらの味方なんです」
「だ、だって……だってぇ……」
 仲間になると言ったわけではない、まして契約すると公言したわけではない、しかし自分と同じ種族の者がもう一人、自分と共に並び立つことに……。
「はぁぁあぁ……どうしてこんなことに……」
 朔望の苦悩はここから新たに始まったようだ。