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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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【ザナドゥ魔戦記】バビロンの腐霧

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 老竜が塞いでいた道の先、だいぶ走ったその先に麻羅が辿り着いたとき、
ティアマトさん、私の話をどうか聞いて下さい」
 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)ティアマトの眼前に歩み出ていた。
「地上は今、ザナドゥの魔族の侵攻により壊滅の危機に瀕しています。カナンに訪れる『千年に一度の厄災』です」
「戦争への関与はしないよ」
 やはりそう来たか。説得に成功してから切り出すつもりだったが、サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)もこれに加勢した。
「今この時、国家神であるイナンナ様が贄として要求されているのだ」
 国家神である彼女を失えばカナンの地に甚大な被害が出る、そんな事はティアマトであれば当然に分かっているはず。
「不当な要求を突きつけられている、打開するには……より強大な戦力が必要なのだ」
「人間の争いに介入はできない。相手が魔族だろうと同じこと」
「しかしそれでは―――」
「何のための「国家神」なんだい? 何のために彼女に「力」がある、民を導く標となるためだろう?」
「しかしこの戦は彼女が捕らえられれば全てが終わる、だからこそ彼女は動けない、いや、動かすわけにはいかないのだ」
ルシファーの復活か。だとしても、あたしは動かない、理由は同じだよ」
 やはり頑な。しかしここまではあくまで想定内。頃合いと見たクエスティーナが本題を持ちかける。
「無理も勝手も承知です、あなたが力を振るえないことも。ですからせめて、『カナンの偉大な翼』をお貸し頂けないでしょうか」
「偉大な翼?」
「イコン『エレシュキガル』を保管されているとお聞きしました。それをお貸し頂きたいのです」
「ふふ、矛盾しているね」
 イナンナが捕まれば終わり、だから容易には動けない。しかし『エレシュキガル』はイナンナ専用機。
「あくまでイナンナ様仕様に造られた、という事ですよね? イナンナ様でなければ動かせないという訳ではないはずです」
イナンナの代わりに誰かが乗ると?」
「えぇ。………………決まってはいませんが」
「それならここに連れて来るんだね。でなければ話にならない」
「そんな」
 キシュへ戻り、パイロットを選出してからここへ戻る。そんな事をしている間に橋頭堡が墜とされないとも限らない。もとよりそんな余裕はない。
「あ……」
 一行の後方。誰にも聞きとれない程の小さな呟きを、
ニンフ君……?」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が聞き取った。そして気付く、それがティアマトの言葉に応えようとしたものだと。
 ニンフ君……もしかして……
 そこまで考えたリカインは更に気付く。だからこそ彼女は迷っているのだと。
 征服王ネルガルが招いた数々の悲劇。体を乗っ取られていたとはいえ、彼女もその一端を担っていた。それどころかネルガルを裏で操っていたのも彼女だったのだ。
 彼女がそれを悔いている事も、また今はカナン各地の復興支援に全力を注いでいる事も知っている。
 今こそカナンの為に、人々の為に働きたい。たとえそれが戦場に赴くことだとしても、命を落とす可能性のあることだとしても。その想いは真実、しかし同時に「私が「力」を持って良いのだろうか、人々はそれを許すだろうか」という不安もまた真実。
 揺れている。だからこそ躊躇った。
 一体、何と声をかければ良いのだろう。リカインがそう思った時だった。
「あのっ!」
 先程よりも大きな声で。皆の視線が集まると、ニンフは再び俯いてしまったが、それでも彼女は声を上げた、一歩で止まってしまったが、それでも一歩を踏み出せた。
 躊躇い、不安、罪の意識。それらは当然あるだろう。それでも構わないじゃないか。
ニンフ君」
 リカインが出した答え、それは「そっと名を呼び、肩に手を添える」ことだった。
「それで良いと思うよ。ううん、それが良いと思う」
リカインさん……」
 柔らかい心がニンフの背を押す。そうして彼女は、
「私が『エレシュキガル』に乗ります」
 と宣言した。
「お前が? イナンナの代わりに?」
「はい。私にやらせて下さい」
 地上での出来事は把握している、彼女の素性も、犯した罪も。それでも彼女は真っ直ぐに、揺るぎのない瞳でこちらを見つめていた。
「良いよ。ニンフ、お前に貸そう、『エレシュキガル』を」
「ありがとうございます!」
 下がっていろ、という言葉の直後、ティアマトの瞳が蒼色に輝いた。
 地響きと共に右舷の壁がボロボロと崩れて落ちて、そうしてようやくその奥に、イコン『エレシュキガル』の姿が見えてきたのだった。
「ヌハーッ!!! 素晴らしい! これが伝説のイコン『エレシュキガル』!!!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が喚起と興奮で悶えていた。自称、悪の天才科学者であるハデスは、
「いくら伝説のイコン『エレシュキガル』と言えど、千年以上も眠りについていたのでは、ジェネレーターやフレームにガタがきているだろう! だが、安心しろ! 天才科学者たるこの俺の天才的な整備のテクニックによって、『エレシュキガル』をすぐに戦えるように調整してやろうではないか!!」
 その純粋さが評価されたのだろうか、ティアマトもこれに反対はしなかった。
「ヨォシ!! 咲耶! ヘスティア! さっそく取りかかるぞ!!」
「は、はいです」
「かしこまりました、ご主人様……じゃなかったハデス博士」
 猶予はない、それでも動かなくては意味がない。ハデスは『エレシュキガル』の予備パーツを受け取ると、早速修理と整備に取りかかった。
 起動させる事ができるか否か。全ては彼らの技量と情熱に託された。